おバカ、現る!
まずは、ぷよぷよしたスライムから!
と、言いたいところですが、ユロロラさんがどうしてもドラゴン級のモンスターを討伐したいらしく、それを止めるのに必死です。
だって、わたしたちパーティーの戦力では、最強種族のドラゴンではまだレベル的に無理。命がいくつあっても足りません。これがユロロラさんの悪い癖。
でも、連携技でも開発すれば、ドラゴンだって敵ではないとそう感じます。
それが理想。
仲間と協調する、なんて素晴らしいことなのでしょう。
わたしの身勝手な戯言かもしれませんが……。
「だ~か~ら! 大金狙うんなら、ドラゴンが最適だろ?」
「あのー、ご自身をお大事になさって下さいますか?」
「確かにエリザさんの言う通りだと思います。ここでパーティーが全滅してしまったら、魔王討伐だって……それに掲げた目標だって達成できません」
「ったく、うっせー連中だな。ってーか、パウナ? おめー、ホントは勇者に逢いたいとか、腹ん中で思ってんじゃねーのか? うまくエリザに合わせてる感じするぞ?」
言うまでもなく図星です。
何故わかったのでしょう。
これが女の勘?
でも、ユロロラさんなんて、どちらかと言うと男性的な女性なので、繊細な乙女のひらめき=女の勘とは、まったく無縁だと感じますが……
「そ、そんなことないですよ……ワーズのことなんて」
「あら? でも、占いはワーズ譲りですわよね。簡単には忘れられないはず。だって、わたくしも彼のことは今でも気に掛けているもの。そ、それに……パパにだって、お会いしていたわけですから……」
「パウナ? 何そわそわしてんだ」
「そわそわなんて……し、してませんよ」
と、言った矢先、わたしはその場に落ちている石ころにつまずき、豪快に転びました。
「パウナちゃん、動揺してらっしゃる」
「ってーか、あたいもエリザの親父の件で気になってたから、わざわざパウナに振ったんだぜ? お前、それ完全に自爆じゃねー?」
「ち、違います! ホントです! もうその話は止めましょう! ほら、お腹も空いてしまいますよ。早くモンスターを討伐して、腹ごしらえしましょう」
バレバレでしたが、そこは何とか切り抜けました。
これからもワーズへの想いを隠し、彼女たちと接して行くつもりです。
せっかくパーティーがひとつになったのに、わたしがワーズに会いたいがために旅を続けていることを知ったら、エリザさんに合わせる顔がありません。
だから、この想いは墓場まで……って、言ってしまいそうな勢いですが、わたしがワーズと再び顔を合わせることになったら、きっとバレバレの展開になるでしょうね。残念ですが、これは避けられない現実です。
まっ、それはそれとして……。
それにしても、ハンターガイから相当歩いた気がします。足の太股もパンパン状態。疲労で参ってしまいそうですが、幸運にも本日はポカポカ陽気です。
出現するモンスターも、ほのぼのした小動物系ばかりで、ホントの小銭稼ぎという状態です。これぐらいの稼ぎなら、ようやく骨つき肉を2本食べられる程度でしょうか。
わたしのおちょぼ口では、かぶりつきにくそうですが……、
そんな中、先頭を歩いていたユロロラさんが何かに気づきました。
いったい、どうしたというのでしょうか?
深森の手前で立ち止まったまま、ピクリとも動きません。
ただ風で揺れるのは金髪の長髪ヘアだけ。
耳を澄まして、何か聞き耳を立てています。
「ユロロラ、どうしたんですの?」
「しっ! お前らには聞えねーのか?」
「聞えないって? ユロロラさんには何か聞えるのですか?」
「あぁ、極めて獰猛なモンスターの唸り声がな」
舌なめずりをするユロロラさん。
たぶん、それは本能でしょう。
その直ぐ目の前に得体の知れないモンスターが、自身と対峙して、一戦交える想像を巡らせ、きっとワクワクしているのでしょう。
見たこともないレアモンスターだったら、あの女戦士が乗り出さないわけには行きません。
「わたくしも聞えましたわ。どうやら、ホントのようですわね」
「たりめーだろ! あたいが嘘言うかよっ!」
「確かに聞こえます。二人ともお静かに……そんなに大声を出したら、気づかれてしまいます。不意打ちだけには注意しましょう。無駄にHPを減らすわけには行きませんから……」
ちゃっかりタロットカード一枚引き、ワンオラクルで隠者のカードを引きました。老人が暗闇でランプを照らし、その光で進むべき道を思案している絵柄です。老人は知恵ある賢者。
つまり、この場合はわたしがその老人と解釈し、持ち合わせている知恵を駆使して、その問題を解決すると読むことができます。
そう、それは既にわかり切っていました。
「間違いないですね。あれは獣王さんです」
「な、なんだって! パウナ、それホントか? 噂には聞いてたけどさ。あれだろ、レアモンスターだろ?」
「そうですわね。わたくしも幼い頃、王国の図書館にあるモンスター図鑑で拝見したことがありますわ。出会った者は、無残にも身体中を食い千切られ、後腐れなく骨だけになってしまうって……」
「あたい興奮して来た! このロングソードで会心の一撃をお見舞いしてやるぜ」
「しっ、声が大き過ぎます」
ユロロラさんの闘争心と叫び声に反応したのか、その獣王さんは深森の奥から、その姿を現しました。
それにしてもデカイ!
長身は二メートルぐらいでしょうか。
さらに全身は古来から伝わる聖獣のように白き剛毛で覆われ、どんな固いものでも噛み砕く鋭い牙を持ち、鋼のように鍛え抜かれた筋肉で、圧倒的な貫禄を見せつけてきました。
もちろん、獣王さんは雄叫びをあげます。もう耳の鼓膜が破れそう……と思いましたが――
「だもんよー……だもんよー……」
これが獣王さんの雄たけび? なんでしょうか。
ユロロラさんが、最初に耳にした唸り声。
ちょっぴり、挫折感いっぱいの溜息にも聞えます。
わたしたちパーティーは、全員きょとんとしてしまいました。
「だ、だもんよーって……な、なんだもんよー?」
「ユロロラもそう思ったんですの?」
「あっ、わたしも二人と同じ気持ちです。だもんよーって、その雄たけび。何だか拍子抜けです」
「ったく、なんだよー。こいつホントに獣王か?」
「でも、言葉はわかるみたいですから、パウナちゃん。出番よ」
「なるほど、隠者のカード。これはわたしが動物とお話をするように、獣王さんに交渉するってことなんですね」
「パウナ! 交渉って、なんだよ?」
「獣王と言われるようなレアモンスターなら、ジュエルというレアアイテムを持っているはずなんですよ」
「そうか! それを頂ちゃえば、あたいら助かるんだ。ジュエルを売れば金になるからな」
「そう言えば、モンスター図鑑にも書いてありましたわ。獣王は確か、チカラの宝玉タイガーアイ」
ここからはわたしの腕の見せどころです。
「皆さん、ここはわたしに任せて下さい」
断わっておきますが、エリザさんとユロロラさんは、この獣王さんの雄たけびである「だもんよー」しか耳にすることができません。
その一方でわたしは、生まれてからずっと身についている動物や植物と話せる特種能力を持ち合わせているので、人と同じく会話を成立させることができるわけです。
元々、この獣王さんも魔王の魔力に支配されていなければ、普通に国民の皆さんの前で活躍できるようなサーカスライオンだったと思います。
そして、わたしは問いかけます。
「あのー、あなた様は……もしかしなくても、獣王さんですよね?」
「だもんよー、そうだもんよー、あんたらは何もんだい?」
「わたしたちは旅の者です。今は勇者様が不在なんですけどね……」
この獣王さんを見ていると、何だか戦意が喪失してしまいます。
まっ、もちろん戦闘する気はありませんが……ちょっとは獣王らしく振舞ってみて欲しいものです。
折角のレアモンスターという肩書きも、これではただの低級モンスターと、なんら変わりません。
「勇者! 勇者はどこにいるもんよー!」
「えっ?」
あっ、この人……!
わたしはその一言とオドオドしている様子から、即座に察知しました。
天然って言うならまだカワイイもんですが、ちょっとおバカさんのニオイがプンプン漂っている……そんな感覚に襲われました。
「あのー、勇者が不在ってこと……なんですけど? 居ないってことですよ」
「ホントかもんよー! あんたら、勇者かもんよー!」
「だから、そうじゃなくてですね……」
マズイです!
ドツボにハマる勢い!
でも、この場はわたしだけしか乗り越えることのできない壁です。
あとの二人は蚊帳の外。
通訳賢者の帰りを待っているのです。
思わぬプレッシャー。
しかも前代未聞のおバカモンスター。
ということで、わたしピンチです……。
「おい! パウナどうした?」
「パウナちゃん、そのレアモンスターから、何か情報は聞き出せましたの?」
「き、聞いてるんですけど……あのー、そのー……」
「はっ? もう手っ取り早くジュエルゲットして、とっととずらかろうぜ!」
「ここはわたくしもユロロラに賛成です。ほら、もう夕日も沈みかけて来ましたわ」
おバカモンスターに気をとられ、すっかり日が暮れるのも忘れてしまいます。
早くしないと、さらにマズイことになりそうです。
夜になると、ここらのモンスターは凶暴化します。
この大陸全土では、そんなに珍しくない話です。
ただでさえ、未だに空腹状態。
それに重要なことを忘れていました。
ハンターガイに戻るわけですが、わたしたちはあの町の物価がどのぐらいなのかを把握してません。
今日の稼ぎは期待できなかったので、ちょっと心配になってきました。質素な夕食会ですら、不可能かもしれません。
八方塞り……否、それでもわたしがこのおバカモンスターをうまく交渉して、ジュエルさえ頂いてしまえば、このピンチを薔薇色の晩餐会に変えることは容易かもしれません。
さらに夜はふかふかのお布団が待っている。
そうだ、この獣王さんのおバカをうまく利用してしまえば……。