パーティーの決意
コケーラ王国。
エリザさんの父親、フェーノ・デザイヤスが納める強国。
スバラシア大陸、中央部を縄張りとし、国のシンボルである鉄壁のお城は人民たちの生活と暮らしを見守り安定を保障している、そんな頼もしい地域であると耳にしたことがあります。
エリザさん本人の口から聞かなくても、一般市民に浸透するほど王国は発展し続けているのです。
レッドドラゴンやブルードラゴンも、イエロードラゴンだって寄せつけないのだとか。
さらに商業地区では武具の生産が盛んで、レンガ造りの家ではよく煙突から煙が立ち上り、多くの武器や防具を生み出しているんだそうです。
なので、きっと住宅地区の多くは職人さんたちの家族が一緒に暮らしているのだと思われます。
おてんばで捻くれ者のエリザさんは幼少の頃から父親が勧める剣や鎧を拒み、それらのチカラに頼ることのない武術のチカラを会得しました。
よっぽどの英才教育を叩き込まれたんだと思います。
それがトラウマ。
そう言えば、彼女は家を飛び出してから山に篭もり、修行の日々に明け暮れている仙人さんに、その武術のノウハウを伝授してもらったと聞きました。
その仙人さんは、たぶん魔王軍と対等にバトルできるほどの戦闘力をもっているのだと思います。エリザさんの闘いっぷりを見れば一目瞭然です。
そんなエリザさんの故郷であるコケーラ王国を前にして、わたしたち三人は呆気にとられました。
まるで夢を見ているかのよう。
妖精さんが不思議の国に連れて行ってくれるようなメルヘンチックなものだったら、どんなに救われたことでしょう。
「ど、どういうこと……」
エリザさんはその場で呆然と立ち尽くします。
それもそのはず。
だって、あの鉄壁のお城が無残な姿となって崩れ落ちていたのです。
同時にそれはドラゴン以上の強敵を彷彿させる。
さらに商業地区も住宅地区も焼き払われ、その形は最早原形を留めておらず、焼け野原と化していました。
その精神的ショックは大きかった……。
わたし以上にエリザさんは開いた口が塞がりません。
やがて、足元から崩れ落ちる彼女を横目で見つめながら、わたしはどうすることもできない自分に腹が立ちました。
抱き締めて上げたり、優しい言葉をかけて上げたり、何かできたんじゃないでしょうか。
しかし、その沈黙をユロロラさんが破り――
「エリザの国って、こんなに脆いのか……こんなになるって相当だろ?」
「そ、そんなはず……そんなはずないですわ! だって、ここはわたくしのパパが治める鉄壁の王国ですのよ……」
「でも、こんな形になってんだろ? いったい、誰がやったんだ……どんな奴が?」
「あっ、そうだ! パパやママ、それに弟も……探さなきゃ、会わなきゃ!」
「まっ、待って下さい! エリザさん!」
行ってしまいました。
もちろん、わたしはエリザさんの後を追います。
必死です!
もう大体の予想はついているのですが、微かな期待を胸に走り出しました。
やがて、城の門まで辿り着くと、そこには頑丈な鎧を纏った兵士の方が二人、無残な姿でうつ伏せとなって倒れています。
「大丈夫ですか! しっかりして下さい!」
わたしは必死になって、叩き起こそうとします。
よく見てみると、額からは生々しい鮮血が流れ、その身体は氷のように冷たく、ピクリとも動きません。
認めたくはないのですが、もう死んでいるのでしょう。
そんな中、仕方ない……と言った様子で、わたしの後を追いかけてきたユロロラさんも何とも言えない深刻な面持ちで、何度も首を横に振ります。
もうわたしに同意するしかないわけです。
それよりも、早くエリザさんの後を追わなければ……。そんな彼らを尻目に、既に開いている城門の大扉へと向かい、王様が居るであろう玉座へと急ぎます。
言うまでもないかもしれませんが、非常に立派なお城です。
どれもが他国に匹敵するほどのゴージャスな様式。
ピカピカのフロアで、一瞬たじろいでしまいそうです。
なんと言っても、カラーバリエーションが豊富です。
それは、まるで虹色の世界。
それにしてもです。
このような高級な家柄で生まれ育った王国のお姫様が、まさかわたしと共にパーティーメンバーとして、まるで家族のように同行しているなんて……。
ホント夢のような話です。
神様のイタズラなんでしょうか。
言い忘れていましたが、実はわたしブルーゼリーという辺境な農村で生まれ育った、ただの田舎娘なんですよ。
今にも倒壊しそうな藁葺き屋根の家屋に住み、魔法使いのおじいちゃんの下で、毎日修行していたような最下層の人種なんです。
朝昼晩、野山を駆け回り、様々な呪文を覚えました。
と言っても、大半はわたしの能力が追いつかず、断念した魔法もいくつかありますが……。
ちなみにその頃からよく転びます……。
でも、野鳥や植物には詳しいんです。
心の声を聞いたり、話したりもできます。
今はもう魔王の策略によって、森の住人たちの大半はモンスター化されてしまいましたが、心と心が通じ合えば、元に戻るような気がします。
そうであると信じたいです。
少しお話が脱線してしまいましたが、既にエリザさんの姿は見えなくなり、その気配すら感じません。
「エリザの奴、もう見えなくなったぞ。足音だって聞こえやしねーな……」
ユロロラさんも感じていたのでしょう。
やはり、エリザさんは武闘家だけあって、素早さが高く、脚力が鍛えられているんですね。
どうやら、脱兎の如く城内を駆け巡ったようです。
そこは脱帽です。
先程、述べたように育ちの違いってところで、もう感じてはいたのですが……やはり、このパーティーメンバーの中で、足を引っ張っているのは、このわたしであると認めざるを得ませんね。
まったく残念なことです。
そう感じながら、エリザさんの背中を目指して、先を急ぎます。
転ばないように注意して、ローブの裾を両手で掴んで、全力疾走を心がけます。
あのユロロラさんだって、鋼鉄の鎧からカシャカシャと音を出しながら、必死になっているんですもの、わたしだけが置いてけぼりをくうわけには行きません。
「パパー! パパー! しっかりしてー!」
その悲痛な叫びは、城内の奥である王の間からのものでしょう。
エリザさんの悲鳴にも似た絶叫が、わたしたちの耳元を刺激します。
そして、わたしたちがやってくると、まず目に飛び込んできたのは……王であろう父を抱きかかえるエリザさんの姿でした。
何とも言えない表情で号泣する彼女。
その声も届くことなく、父である王は微動だにしません。
主の象徴でもある王冠。
蓄えられた自慢のヒゲ。
それらはもう機能しないのです。
「エリザさん……」
こんなとき、奇跡が起きるのなら……。
わたしはそう願います。
もちろん、エリザさんだって、その気持ちでいっぱいのはず。
生きていて欲しい。
いくら喧嘩して、家を飛び出した彼女でも、たった一人の父親なのだから、必死になって黄泉の国から呼び戻すのです。
その願いが伝わったのか、奇跡が起きます。
苦しみながらも、ゆっくりと目を開き始める王。
「パ、パパー!」
「エ、エリザ……」
「パパ、しっかりして!」
「エリザ……よく戻ってきてくれたね……でもね、パパはもうダメみたいだ……」
「そんな弱音を吐かないで!」
「あぁ、すまないね……せっかく、こうして逢えたのに……ホント残念無念だ……でもね、これだけはお前に伝えなければならない」
「何? 何よ、パパ!」
「これは確かに魔王軍の仕業……でもね、驚かないでおくれよ。実は……」
「実は? 実は何よ、パパ!」
「エリザ……勇者様にはお会いしたかい?」
「勇者? ワーズのこと?」
「……ワーズ! そうか……あの男か……うっ! く、苦し……」
「パパ、しっかりして!」
王の渾身の言霊。
それが今、放たれようとしたそのときです。
おそらく、死の宣告の呪いをかけられていたのでしょう。
突然に口から大量の泡を吹き出すと、王はそのまま帰らぬ人になってしまいました。
しかも、最愛の娘であるエリザさんの前で……。
さらに気がかりなのはワーズのこと。
あの人がこの場に来ていた。
いったい、何のために?
わたしは気になって仕方がありませんでしたが、エリザさんの手前、王を叩き起こして聞くなんていう、理不尽な行動は起こせません。
「パパーーー!」
次第に冷たくなって行く王の額に、自身の額を重ね、大量の涙を流すエリザさん。カウントされたであろう死の宣告は、なんだか最後の言霊を遮るように計算されて、死に至らしめた。そんな風に感じました。
すーっと、立ち上がると、エリザさんは決意します。
「パウナちゃん! ユロロラ!」
「なんだよ、エリザ?」
「エリザさん……」
彼女は意を決した様相で、わたしたちの前に向き直ります。
唇を噛み締め、そこからは微かに鮮血が流れ落ち、その悔しさを物語っているようでした。
「わたくし、魔王軍が赦せません! パパも、みんな居なくなっちゃって……血塗られたコケーラ王国のためにも、必ずや悪しき根源を討伐致します!」
まるで勇者を彷彿させるエリザさんの渾身の言霊は、城内に徘徊している報われない魂たちに、確実に行き届いている……わたしはそんな風に感じました。
「わーってるよ……エリザ! あたいはこう見えて、情には弱いのさ。それがライバルだったら、尚更! 地獄の果てまで付き合ってやるぜ」
「そうです。エリザさん! ずっとこれからも、わたしたちは戦友であり、良き理解者です。だから、安心して下さい」
「み、みんな……」
わたしたち、パーティーがひとつになりました。
おそらく、これが初めてです。
勇者ワーズが同行していたときには感じられなかった、友愛のような感覚。
こんな状態なら、連携技のひとつでも発動しそうです。
もしかしたら、勇者が居なくても、わたしたちだけで魔王を討伐できるのでは? と思ってしまうぐらいに、絶対的な自信を手に入れたんだと実感せずにはいられませんでした。
それでも、わたしはワーズに逢いたい!
心の中で、そう呟く自分。
だって、彼はこの場に来ていたんですもの。
でも、この一瞬だけは、それを感じさせないほど、ホントに素晴らしいメンバーに巡り合えたことに感謝するのでした。