勇者様のこと
それは約五年も前のこと。
わたしがまだ魔法使いとして活躍していた初代パーティー時代。
そこで出会った勇者様に憧れ、天にも昇る心地で魔王軍と戦闘する日々を過ごしていました。
勇者様は一度も教会のお世話になったことがありません。
黄泉の国、一歩手前の気絶状態になったことがないのです。
だから、HPが0になる所なんて未だに想像もできません。
完全無欠の救世主なのです。
勇者様の名前はワーズ。
透き通るような色白の肌に、魔物だって魅了できるハスキーなボイス。
聖剣を翳し、ドラゴンメイルがよく似合う、短髪イケメンのさわやか男子。
それがワーズでした。
戦闘中、援護のことなんて忘れてしまうぐらい、ホント申し分ない人だったんです。
彼が謎の失踪を遂げると、残されたのはわたしとエリザさんでした。
この頃はまだユロロラさんとは出会ってなくて、パーティーの戦闘力も半減でした。
あと一名の仲間枠が、なかなか決まらなかった呪われた四人目。
ワーズはその問題も放棄して、わたしたちを見捨てたのです。
でも、その前夜のこと。
わたしたちパーティーが立ち寄った、とある町の宿屋での出来事。旅の疲れを癒していると突然、わたしの部屋にワーズが訪ねてきました。
「パウナちゃん? 疲れているところ、申し訳ないんだけど……ちょっと、外へ出られないかな?」
「あっ、は……はい!」
ポーっと赤くなりました。
もう言うまでもありませんね。
わたし嬉しくて、どう表現したらいいのかわからなくて、舞い上がっちゃって……。
その場で大量のファイアーボールの魔法を放ち続けるところでしたよ。まさに愛の炎の如く。
で、実はその頃、今とは違い、わたしの戦闘力も高かったんです。
やはり恋のチカラは強いのか。
今ではそんな風に思っています。
そうして、わたしはワーズに連れられて町の中心にある噴水広場へとやって来ました。
満天に輝きを放っている夜空の星たち。
流れ星だって安易に確認できる一等星の夜空でした。
舞台は整い、ロマンチックな気分です。
心の準備ができていませんでしたが、そこはなるようになれです。
それにしても、いったい何をするんでしょうか。
もしかして愛の告白。
なんだか、お顔がにやけてしまいます。
目がハートになってしまいそうです。
だけど、桃色恋愛妄想が脳裏を過ぎったのも束の間。
わたしはワーズにカードの束を手渡されます。
そう、それがタロットカードとの出会い。
「いいかい、パウナちゃん? もし君が進むべき道に迷ったら、このタロットカードを使って、その答えを導き出すんだ」
「タロットカード?」
「そう、これを使って占うんだ。今後、魔王城までの道のりは今よりもさらに険しくなる。そんなとき、どうすればいいかって仲間たちが迷ったら……その答えを冷静に導き出せる者はパウナちゃん! 君しかいないと思うんだ」
「ワーズ……」
なんて感動的なのでしょう。
でも、わたしかエリザさんか、どちらか一人という選択。二者択一なんですけど……。まっ、言ってしまえばエリザさんはおてんばな性格だから、たぶん即却下されるって脳内で想像できたんでしょうけど……でも、嬉しかった。ワーズがわたしを頼って白羽の矢を放ってくれたのですよ。
さらにわたしは夜空の星を眺めながら西洋占星術を学び。
星の動きを読んで、明日の魔王城までの行く末を占ったのです。
あっ、ごめんなさい。正確にはこれから占うんでしたね。
「星は何でも知っている。そうボクたちの未来もだよ。パウナちゃん」
「えっ?」
ポーっと赤くなりました。
お顔から湯気が吹き出してしまいます。
これを恋と呼ぶのでしょう。
全身の細胞が一つ一つピンク色に染まり、わたしは恋愛モード全開となります。
でも、それは次の言葉で掻き消されました。
「ねぇ、パウナちゃん? もしボクが居なくなったら、どうする?」
「そ、そんな……いきなり、何を言い出すんですか」
「ボクはどうやら、目覚めてしまったみたいなんだ」
「目覚めた? 急に何をどうしたんですか」
「ごめん、これ以上は何も言えない……」
ワーズの意味深な発言。
目覚めた……果たして、何に目覚めたのか。
同性愛に目覚めたとか。
と、まあ変な取り方もできますが……そんな薔薇的展開ができる相手の男性もいないわけですって、わたし何を言ってしまっているんでしょうか。
だけど、今思い返せば、朝焼けに向って歩き出す彼の背中はどこか寂しかった。それがまさか失踪につながるとは……。
勇者ワーズとその仲間たち。
勇者不在になった、あの日。
それから、わたしは今でもこの占術を手放さない。
彼が戻ってくる、その日を信じて……。