再会1
少女は成長し18歳になった。
彼女の名前はリサ・スレイン。髪は赤茶のショートで目は大きく、顔立ちも良くおそらく10人中9人が美人だと言うだろう。そんな彼女はつい先日、見習い騎士から神殿騎士へと認められたばかりの新人である。
しかし、王都にある騎士養成学校を首席で卒業し文武ともに優れたものがあった。
リサの家―――スレイン家は代々神殿騎士、神官を排出している家系である。
父は神殿騎士団の団長を務め、長兄は王親衛隊の一員であり、次兄は聖職者としての道を望み神官となった。そういった家柄のためリサが神殿騎士になるのは自然の流れであった。
ノックがあり入室を許すと執事が入ってきた。
「お嬢様。夜も更けてまいりました。もうお休みになられては・・・」
自室のソファーで本を読んでいたリサに声をかけたのは長年スレイン家に勤めている執事のバルバスである。
「ありがとう。バルバス」
リサはバルバスに優しく微笑み返す。
「そう言ってくれるのはあなただけよ」
「旦那様や御兄弟の方々はお城での御勤めが大変忙しいようでございます」
「仕方がないわよ」
スレイン家は国の要職に就いている者が歴代多く父も兄も同様であった。
最近、神殿騎士になったリサも将来的には要職につくかもしれない。しかしながら事情は不明だが今だ配属すら決まっておらず、自宅待機をしているのである。
だがここ数日、父や兄が帰って来ない日が続いた。仕事が忙しいのだろう。
「何を読んでいらしたのですか?」
家族の話はよそうと思い話題を変えるバルバス。
「ふふふ。これはね『不死のアリーシャ』について書かれた本よ」
『不死のアリーシャ』の話は有名話の一つである。
「お嬢様もお好きですね」
バルバスもその本のことは知っていた。リサが根っからの『アリーシャ』好きだとも―――
「もう何回も読んだわ。でも、この本に書かれていることは本当かしら?民を扇動して国を滅ぼそうとしたこと、コロシアムで大量虐殺をしようとしたこと―――疑問だわ。勇者の残した書物も何かを隠そうとする作為的なモノを感じるわ」
リサは10年前に一度『アリーシャ』の顔を見たことがあった。
その顔はとても穏やかで優しさを感じられた。
その後、騎士養成学校に入ったため『アリーシャ』が封じられてる地『封印の地』には行ってはいない。
だが、学校にある図書館で『アリーシャ』の事を調べていたりした。
「お嬢様。そのようなことが旦那様や兄上様たちのお耳に入ったら・・・」
聖王国に仕える者があろうことか勇者の書いた書物に疑いを向けるのは大問題である。ましてや『魔王の娘』が好きだとは口が裂けても言えない。
「わかってるわ。これは私とバルバスだけの秘密よ?」
「かしこまりました」
「さてと・・・もう夜もおそいから休むとするわ。あなたも早く休みなさい」
「お休みなさいませ」
リサはバルバスを下がらせるとふと一つの思いが浮かんだ。
(そうだわ。しばらく時間もありそうだし、久しぶりに『アリーシャ』を見にいくのもいいわね・・・楽しみね。今夜眠れるかしら・・・)
思わず笑みがこぼれる。
(早く会いたいな・・・)
まるで恋人に会いにいくようだ。そしてベットにもぐりこむ。
(変な私・・・ふふふ)
今夜はなかなか寝付けないだろう―――リサはそう思いながら目を閉じた。
ルーブ聖王国は約500年前に勇者であった、ゲイル・ヴァン・ルーブの名前が付けられた国である。現国王はセイレン・ルーブ。勇者の血を引くものであるが年々その血は薄くなっている。勇者の力としてもゲイルから比べると10分の1ぐらいになっている。
王国は数日前からある脅威にさらされていた。隣国との争いや種族間の抗争でもなかった。それは王国の北部に突如として出現した【闇の領域〈ダークテリトリー〉】が原因である。【闇の領域〈ダークテリトリー〉】は古代から存在しており、一見、霧や靄のようなもので、その中を進と未知の遺跡や希少アイテムが入手できたりするため冒険者や国にとってはありがたいものであった。今回も王国は調査隊を冒険者ギルドと協力して50名の調査隊を派遣した。だが帰って来たのは調査隊の隊長のみであった。しかも、隊長は何者かに操られていた。目は虚ろで表情は人形のように無表情であった。まるで悪魔が使う『魅了の魔眼』によって操られているかのようだった。
謁見の間に連れてこられた隊長はあるメッセージを持って帰っていた。
「我は【闇の領域〈ダークテリトリー〉】の主。【魔貴族〈デモン・ノーブレス〉】の一人。イグナスである。なんびとも我が領域に侵入はさせない。だがお前たちは無断で我が領域に入った。我が怒りにふれた。死して詫びるがよい」
そういうと隊長の体が風船のようにパンパンに膨らみ―――限界に達したかのようにパンッ!と弾け肉塊が飛び散った。
このような事が起こり、王宮内は騒然となった。連日、国の首脳陣、冒険者ギルドのギルドマスターが集まり対策を練っていた。
対策室の一室に国王、大臣、騎士団長、司祭長、ギルドマスター、各専門分野の専門家が唸るような顔を突き合わせ論議していた。過去の文献を調べ、【魔貴族】、【闇の領域】について更なる情報がないか、兵の強化や武器の強化、敵の戦力、隣国への救援要請・・・殆ど寝る暇もなく議論を繰り返していた。
その中で判明したことがあった。
古代の文献に書かれていたものだ。
・【魔貴族】古代より存在する悪魔であり通常は魔界にいる。
・【闇の領域】は魔界と現世との繋がりである。
・過去に【魔貴族】と接触した事例がある。詳しいことは不明。
・決して【魔貴族】の機嫌を損ねてはいけない。
「我々は触れてはいけないものに触れてしまっていたのか・・・」
国王は疲れた表情で周りにいる者を見渡しながら言った。
「今までこのようなことは建国以来ありませんでした・・・」
大臣も憔悴しきっていた。
「嘆いていては何もはじまりません。使者が帰ってこなかった以上戦いの準備をするしかありません」
そういったのは騎士団長であるゲオルグ・スレインである。王国は派遣隊長が破裂して死んだあと、和平の使者を【闇の領域】に派遣していた。しかし、その使者は帰ってこなかった。
誰もが戦いを覚悟するしかなかった。
解決の糸口も見えずただ混迷するしかなかった。
昼を過ぎたころ、リサは外出の準備を整えると『封印の地』に向けて出発した。『封印の地』はかつてあったコロシアムの跡地にある。『封印の地』は街から離れた場所にあるわけではない。街の中に当然のようにあるのである。昔は街から離れた場所にあったが、国の人口が増え街の開発が進むと『封印の地』の周りにも施設や住居、露店などが建てられたのである。ちなみに『封印の地』の隣には新しいコロシアムが建てられており今でも冒険者や騎士といった腕に覚えのある者たちが己の実力を計るためにトーナメント戦や猛獣や魔獣との対戦を行っている。年に一度ある王国主催の大会では莫大な賞金や希少アイテムなどが賞品でだされ、多くの者が参加する。この大会で名を上げ、某国の剣術指南役に付くものや賞金を元手に新しく商売を始める者もいた。一部の者にとっては大会での優勝はまさに一攫千金に値するものであった。
「いい天気ね~」
リサは雲ひとつない空を見上げつぶやく。久しぶりに晴れた気がする。数日前までは雨雲も多くどよんだ天気だったがそれがウソだったのではないかと思われるほど晴れていた。
「もしかして・・・リサ?」
不意に声をかけられリサは少し慌てたように声をかけてきた男に眼をうつす。
(誰だろう・・・?)
歳はリサと同じ位だろうか。端正な顔立ちで人懐っこさも感じられる。革鎧を着ており、腰には2本の短剣を差している。おそらくは冒険者だろう。手には剣を使ってできるマメも出来ておりただずまいからも、何度か修羅場を潜っていたと思われる。
(見たことない人ね・・・。でも声に聞きおぼえがあるようなないような・・・)
「オレだよ!オレ!ジーク!」
「え!?ジーク」
10年まえ一緒に遊んだ幼馴染のことをようやく思い出す。
「そうそう!あ、わすれてたな~まぁ10年ぶりだし仕方がないか」
「ごめんごめん」
リサは両手をあわせジークに謝る。
「でも、久しぶりね。ジークは今何をしてるの?やっぱりその姿からすると冒険者かな?」
「そうそう。一応盗賊してるよ。まだまだ新人だけどな」
「リサは神殿騎士なるっていってなかったか?」
「先日、見習い騎士から神殿騎士になったよ。でもまだ配属が決まってなくて待機中なの」
「ふむ・・・なるほどな・・・」
何か思うことでもあるのだろうか一人考えごとにふけるジーク。
「どうしたの?」
「いや・・・実はある噂を聞いてるんだ」
「噂?」
「うん・・・普通はさ見習い期間が終わるころにはだいたい配属先が決まっているものだろ?それがまだ決まってないのが気になってさ。今からする話は関係があるかわからないが・・・実は数日前に王国領内で【闇の領域〈ダークテリトリー〉】が発生したらしい」
「それが何か問題なの?」
「うん。詳しい内容は不明だけど実は冒険者ギルドと王国で調査隊を派遣したらしい・・・でも調査隊は帰ってこなかったんだ・・・一人を除いて。帰って来たのは調査隊長一人で残りは帰って来なかったらしいおそらく死んだってことだ」
「何がおきてるの?」
「わからない。ただこれが本当なら大変なことになるかもしれない。この件でギルドや王国は大騒ぎだ。今、ギルド命令で【闇の領域〈ダークテリトリー〉】付近には近づくなって言われている。おそらく王宮のほうでも同じことだろう」
父や兄が城から帰ってこないのはこの件の影響だろう。
「まぁ、あとはお偉い方が何とかしてくれるだろう。ここは勇者の国でもあるしな、なんとかなるさ」
「だといいけど・・・」
父や兄が戻ってきたらこの件について聞いてみるのもいいかもしれない。あとで王立図書館で調べてみよう。
「ところでリサはどこに向かっていたんだい?」
「『封印の地』よ」
「『不死のアリーシャ』か・・・相変わらず好きだな」
ジークは少しあきれ顔で言った。幼かった頃、毎日のようにリサがジークに『アリーシャ』のことを聞かされていたからだ。
「私のオアシスよ!」
「リサらしいな・・・ハハハ。じゃぁ俺はギルドに今回のことについてもう一度情報を集めてみるよ。何かわかったらリサに教えるよ」
「うん。ありがとう」
そういうとジークは手を振りながらギルドに向かって行った。
「さてと。気を取り直して『アリーシャ』に会いにいきますか」