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ぐっちゃんのカノジョ。  作者: 高野かんな
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出会いの春(1)

 人間は学習する生き物だ。

 以前の過ちを反省し、日々成長する動物だ。

 ただし。失敗を繰り返すのも人間だって事実を、私はすっぽり忘れていた。


「のんちゃん!」

「希美ちゃん!?」


 目の前ががくんと揺れた。あっと思った時には遅かった。ひっくり返ったカエルみたいな体勢で落ちて、尻もちをつく。うう、痛い。ひと月前にも同じことがあったなあ……。あの日はスカートだったし屋外だったし、何より受験当日だったからとんでもなく恥ずかしかった。いや、今日もすごく恥ずかしいんだけど。


「大丈夫だった? 怪我はしてない?」

「ん……、平気」

「そう、良かった。痛かったのに頑張ったね」


 しのだちゃんが心配そうな顔で左手を差し出したかと思えば、


「もー、ちゃんと足元見とかんと! のんちゃん一人にしとったらうちらが知らへんところでも色々やらかしそうで心配やわ!」


 少し離れたところに立っていたちばっちはお腹を抱えて大笑い。しのだちゃんの手を借りて起き上がると、遠巻きにこっちを見ていた男子と目が合った。今回みたいにまともにガチンコした時は目をそらされるより、ちょっと笑ってくれるくらいの方がありがたいんだよね。思いが通じたのか、彼は気まずげに微笑んだ。こっちもへらりと苦笑すると、軽い会釈で去っていく。よかった、いい人だった……。


「いまの子、知り合い?」

「ううん。ぜんぜん」


 しのだちゃんは私と手をつないだまま首を傾げる。


「あのでっかい子やったら経済の生徒やよ。山口……下関……なんかそのへんやったと思う」


 私としのだちゃんの視線を追ったちばっちが男子の情報をあっさり教えてくれる。そうか、あの子も山口くんなのか。彼も好青年っぽかったけど、私は山口くんの方が好みだな。しょう油顔がひときわ際立つ一重まぶたとか、シャーペンを握る骨ばった指とか、落ち着いた雰囲気が山口くんはすごく魅力的なのだ。こっちの山口くんはがっちり体格でいかにも好青年そうで、って、どっちも山口くんだとややこしいな。


「『こっちの山口くんもまあまあだけど私は地元に残してきた山口くんの方が好きで好きでたまらないのよね』って顔やな」


 ぎくっ。ちばっち、勘が鋭い……。と思ったら、ちばっちはしのだちゃんの方を向いてにやりとした。


「こうせーへん? のんちゃんの彼氏はヤン坊で、さっきのあの子はマー坊。なっ。ほしたらうちらも間違わんし、しのだちゃんかて話しやすいやろ?」

「えっ、しのだちゃん、まさか」

「ち、違うよ、いいカラダしてるなって思っただけ! いい仕事してるヒラメ筋を褒めたくなっただけなの!」


 ぽぽぽっと頬を赤くして顔をそらすしのだちゃん。相変わらずの着眼点にちばっちと二人、「やれやれ」と顔を見合わせた。


 私がしのだちゃん、ちばっちの二人と出会ったのは今月の上旬、オリエンテーション日でのことだ。

 引っ越しも無事に終わり、慣れないヒールに足元を気にしてばかりだった入学式を終え、一人きりで初めて入ったキャンパス。家族の懸念が当たって迷っていた私に声をかけてくれたのがしのだちゃんと、既にしのだちゃんと仲良くなっていたちばっちだった。

 私を助けてくれたしのだちゃんにはとても感謝している。さっき転んだ時と同じように微笑むしのだちゃんは女神にすら見えた。ただ、私は自己紹介を終えた彼女の第一声をどうしても忘れられない。


『ねえ、すごく素敵な肩甲骨だよね! もしかして水泳部だったの?』

『……え』

『ごめんなー、この子体型フェチらしいんよ。悪気はないねん、許したって」


 戸惑う私に追い打ちをかけたのが関西弁全開のちばっちだ。地元の方言もケンカ腰というか、柄が悪く聞こえることでそこそこ有名なんだけど、地元でもない土地で堂々と方言を使うちばっちに私は思いっきりびびってしまった。

 もっとも、近畿地方を中心に西日本のあちこちに住んだ経験から、色々な方言が中途半端に混ざったエセ関西弁だと後から教えてもらったのだけど。

 とにかく、片や筋肉フェチ、片やばりばりの関西弁。あれから何人もの同級生と知り合って方言を使う子は珍しくないとわかったからいいとしても、しのだちゃんってちょっと変わってると思う。


「しのだちゃんはほんまにブレへんよなー。のんちゃんに初めて会うた時も『さっきからあそこに立っとる女の子の肩がやばい』とか言うてうるさかったもんなー」

「のんちゃんの肩が好みだなとは思ったけど、そんなにうるさくなかったはずなのに……!」


 しのだちゃん絶賛の私の肩はふつうの女子より広い。おそろしいことに、しのだちゃんの見立てはばっちり合っている。部活らしい部活がなかった高校時代を除いて、水泳はけっこうちゃんとやっていた私。おかげで女子なのに逆三角に近い上半身をしてて、百六十五センチの身長もあいまって上の服はいつも袖が足りなかった。七分そでのカーディガンを着ている今なら目立たなくて済むから、ひそかにほっとしている。


「や……ヤン坊、マー坊ってあれだよね」


 いたずら好きのちばっちにちくちく言われ続けたしのだちゃんがわざとらしく話題を変えて、軽やかに口ずさむ。耳慣れたメロディーはディーゼル機器で有名な某企業のCMソングのものだ。私も最後の方は一緒になって歌いながら、ちばっちのセンスに思わず感心してしまう。


「そー。どうせどっちの山口とも大して仲良うはならんやろうけど、のんちゃんのヤン坊やってわかりやすくてええやん。山口よりヤン坊の方が親しみ籠もっとるーって感じするやろ?」

「言われてみれば、確かにそうかも」


 ヤン坊、ヤン坊と何度か繰り返してみる。

 ヤン坊か……。大人っぽい顔立ちの山口くんには到底つかなさそうなあだ名だけど、これもこっちに来たからこそだよね。


「山ぐ……ヤン坊と来年は一緒に通えるといいね」

「ほんまやったらのんちゃんより合格の可能性高かったんやろ? 運が悪いっちゅうか、間が悪いっちゅうか」

「うん……みんなびっくりしてた」


 一度は間違えそうになってしのだちゃん。こっくり頷きながら、私は合格発表日のことを思い返していた。

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