姉妹
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翌日の朝、江口から流川に電話があった。
「ああ、流川君。先日の須磨君の保証人の件だけど、岡石沙耶さんという女性の方だね。」
「そうですか。ありがとうございます。里緒奈が亡くなったことを知らせてあげたいので、連絡先を教えていただきたいのですが、やっぱ個人情報だからマズイっすか。」
「まあ、事情が事情だし、仕方ないだろ。」
江口はそう言って里緒奈の身元保証人の住所と電話番号を教えてくれた。
流川は早速教わった番号に電話をかけ、岡石沙耶に里緒奈に関する一切の事情を話し、〈ご挨拶にうかがう〉と言って約束を取りつけた。
流川は陣華たち5人にそのことを話し、
「美姫お嬢様に一緒に来ていただきたいのですが・・・。」
と言った。
「何で美姫なの。私も行きたいんだけど。」
と陣華は定岡が指名されたことを不満に思っているらしい。
(そういえば、昨日から定岡と陣華はずっとファーストネームで呼び合ってるな。そんで、今は〈さん〉がとれてる。二人は仲良しになったのかな。それより昨日からの陣華との勝負、俺の勝ちだな。)
「いや、陣華は当然里緒奈の親友として一緒に来てもらうよ。ただ、入社の際に里緒奈の身元保証人を引き受けてくれた人に会いに行くわけだから、会社の同僚の一人や二人連れて行ったほうがいいだろ。本当は紀伊さんに一緒に来てほしいんだけど、歩けないから・・・。二番煎じってやつだな。陣華、油断大敵だ。勝負の最中にほかの事で熱くなったら勝負には勝てねぇよ。昨日からの勝負、俺の勝ちだな。どうやら負けグセがついたのはお前の方だったみたいだな。」
「あ~っ、忘れてた。」
陣華は悔しそうな顔をしている。だが、この勝負何か賭かっていたわけではない。お互いのプライドを賭けての勝負である。
(くそぉ、何か賭けておけばよかった。)
流川がそう思っていると、定岡が、
「ところで麗人くん。麻奈の代わりに仕方なく私を連れて行くってどういうこと。」
と言い出した。
(また面倒クセぇ奴がほざき出したよ。面倒クセぇのは陣華だけで十分だって。それにしても定岡の奴昨日の陣華と瑠香のやりとりを知ってるだろうに・・・。俺のこと〈麗人くん〉なんて呼んだら、陣華が黙ってないぞ。まったく火に油を注いでくれる奴だ。)
流川はそう思って陣華を見ると、別に怒っている様子はない。まだ悔しそうな顔をしている。勝負に負けたことがよほど応えたのだろうか。
「いや、別に仕方なくっていう訳じゃないですよ、美姫お嬢様。ただ、里緒奈のことで先方に突っ込まれたら、よく知りませんって訳にはいかないでしょ。」
「そんなのスーパーお嬢様の陣華が一緒にいれば大丈夫に決まってるじゃない。」
定岡が訳のわからないことを言い出した。
(こいつ何を訳のわからないこと言ってるんだ。お嬢様がいるとどう解決に結びつくっていうんだ。こいつイカれてる。相手にしても時間の無駄だ。それより、こいつ陣華がお嬢様はお嬢様でもヤクザのお嬢様だと知ったらどんな反応するんだろ。いずれわかることだろうし、ちょっと楽しみ。)
「わかりました。じゃあ、期待してますよ。美姫お嬢様、陣華お嬢様。」
こうして三人は岡石沙耶の家へ向かった。
岡石沙耶の家は世田谷区の一等地、高級住宅街にあった。その中でも一際目立つ大きな家が岡石家であった。それは、陣華のマンションが霞んでしまうほどの超立派な大豪邸であった。
(里緒奈がお嬢様っぽく見えたのは、この家の人たちの影響だろうか。陣華と親友だったっていうのもそうだけど、里緒奈には金持ちと知り合いになる才能があったのかもしれないな。金に対する欲がないから金持ちに好まれたんだろうな。)
岡石家はフルコートのサッカーができるほど、いや、飛行機の滑走路として使えるほどの大きな敷地であった。流川たちはその豪邸を見つけてから、正面の門に回るまでに小一時間かかった。表札には岡石沙耶、岡石和葉、岡石加央、岡石麻耶、岡石伊央と五人の名前が刻まれている。名前から察するに、いずれも女性のようである。
流川はインターホンを押した。
「はい、どちら様でしょうか。」
「午前中に沙耶さんにお電話差し上げた流川と申します。14時にお会いする約束をしているのですが、沙耶さんはご在宅でしょうか。」
「確認いたしますので少々お待ちください。」
5分ほどして、メイドさんらしき人が流川たちを出迎えた。
「どうぞ中へお入りください。」
「おじゃまします。」
三人は正面の門をくぐった。そこから玄関までは100mほどある。
(これ歩くのか。1時間歩いて、やっと着いたと思ったら、こういう仕打ちが待ってるわけね。)
1分半ほどかけてやっと玄関まで辿り着いた流川たちは、一緒に歩いてきたメイドに客間へ案内された。
「ただいま沙耶様をお呼びしますので、そちらへお掛けになってお待ちください。」
そう言ってメイドは客間を出て行った。高そうな革張りのソファーである。瑠香の店で売っている家具など比べものにならないほど高そうな家具が並んでいる。
(瑠香の店は「高級輸入家具店」っていう看板から「高級」の文字を外さないとダメだな。ここに並んでいるものに比べたら、あの店で売っているものはガラクタだ。それとも、ここにあるものが超高級すぎるのか。いずれにしても格差がありすぎる。)
流川がこんなアホなことを考えていると、岡石沙耶が客間へやってきた。
「いらっしゃい。よく来てくださったわ、流川さん。こちらのお二方は?」
「あっ、初めまして。お忙しいところわざわざお時間をつくっていただき、ありがとうございます。こちら、里緒奈さんの親友の伊瑠和陣華さんと、会社の同僚の定岡美姫さんです。」
定岡が不満そうな顔をしている。
(バカか、こいつ。岡石沙耶さんの前でもお前を〈美姫お嬢様〉と呼べとでも言いたいのか。)
「初めまして。伊瑠和陣華と申します。お会いできて光栄です。」
陣華が先に岡石沙耶に挨拶した。
「初めまして。定岡美姫と申します。お会いできて光栄です。」
定岡は陣華の言い回しやしぐさをそのまま真似て挨拶した。
(さすがお嬢様パワー。定岡の不満そうな顔が一変したぞ。だが定岡、陣華は手本にするようなお嬢様じゃないぞ。)
「二人ともよく来てくださったわ。今日はゆっくりしていらしてね。」
岡石沙耶は上品で綺麗なおば様といった感じだ。齢の頃は四十代半ばといったところだろうか。人当たりがよく、優しい顔をしている。
「それにしても、すごいお屋敷ですね。」
来ていきなり本題に入るのはマズイと思った流川は、こんなところから話を切りだした。
「世間話をしにいらしたんじゃないんでしょ、流川さん。里緒奈さんのことを聞きにいらしたのよね。何から話したらいいかしらねぇ・・・。」
(このおばさん話がわかるぜ。早速いろいろ聞いてみるか。)
「では、まずあなたが里緒奈の身元保証人をなさることになった経緯を聞かせていただけますか。」
「それは、父の遺言なんです。私どもは5人姉妹なんですが、我々5人が父の遺産を相続する条件として、ある三人の方の生活を保障することが明記されていたんです。」