葬儀
葬儀
昨日もあいかわらず流川はソファーで寝た。今日は里緒奈の通夜だから眠れない。
(ああ、こんな生活が続いたら俺は死ぬな。)
里緒奈の葬儀のことは会社の人間にしか伝えていない。陣華も里緒奈の知り合いに心当たりがないらしい。受付は陣華、亜由、瑠香の三人がやることになった。案内人は会社の人間が引き受けてくれたが、おそらく会社の人間以外に参列者はいないだろう。喪主は流川である。
「三人とも今日はよろしく頼むな。」
流川の言葉に陣華、亜由、瑠香の三人は声を出さずに頷いた。
「そういえば陣華。昨日お前に確認し忘れたことがあるんだけど、BAR・Kから帰った後、里緒奈どこかへ出かけたか。」
「例のおしっこのせいで、私30分くらいお風呂に入ってたから絶対とは言い切れないけど、出かけてないと思うよ。お風呂から出たときには居たし・・・。」
「そうだよな。あれから出かけるはずないよな。陣華は結構酔ってたし・・・、っていっても酔ったフリだったらしいけど・・・、その陣華を置いて里緒奈が出ていくとは考えにくいよな。」
「でも、どうしてそんなこと聞くの。」
「昨日、伊古瀬がその時間に里緒奈がワインを買いに行ったということは確認がとれてるって言うから。」
「嘘丸出しじゃん。」
「おっしゃるとおり。」
(いや~、あいかわらずわかりやすい嘘ぶっこいてくれますなぁ~、伊古瀬は。でもどんな意図があって嘘をついているのかがわからない。里緒奈の葬儀が終わってからゆっくり考えるか。今は里緒奈の葬儀に集中しないと。
参列者がちらほらと来始めた。そこには社長の江口の姿があった。
「あっ、社長。わざわざご足労いただき、ありがとうございます。」
「ああ、流川君。このたびは大変だったね。君たちがそんな仲だったなんて全然知らなかったよ。」
「いえ、そんな仲になったばかりでして・・・。ところで、社長。須磨さんの雇用契約書の身元保証人ってご両親ではないと思うのですが、どなたかわかりますか。」
「いや、会社に戻って確認してみんとわからんな。」
「そうですか。では、後日教えていただけませんか。」
「わかった。じゃあ、明後日連絡するよ。」
「お願いします。」
読経まではまだ時間があったので、流川は江口に控え室で待ってもらうことにした。
次に流川が目にしたのは、会社の女子社員たちだ。といっても、彼女たちは各営業所勤務で、本社勤務の流川や里緒奈とは研修以外で顔を合わすことはない。向かって右から池袋営業所の古畑入香、新宿営業所の定岡美姫、渋谷営業所の紀伊麻奈と並んでいる。
(この三人が一緒にやって来たということは連絡を取り合って来たんだろうな。それぞれ違う営業所だし・・・。こういう風に何かあった場合、こいつら里緒奈にも連絡取ってたのかな。でも、里緒奈の携帯にこいつらの番号メモリしてなかったし・・・。まあ会社に電話すれば連絡取れるけど・・・。)
流川がそんなことを考えていると、
「このたびは・・・。」
新宿営業所の定岡美姫だ。流川は声を出さずに会釈した。
「須磨さんとは昨年の研修以来で・・・。まさかこんなことになるなんて・・・。」
定岡の目には涙が浮かんでいる。
「里緒奈は定岡さんとは親しくさせていただいてたんですか。」
流川は一応聞いてみた。
「ええ、ここのところご無沙汰してましたが、以前はよく一緒に買い物にいったり、飲みに行ったりしてました。」
(フェイクだ。里緒奈の携帯にこいつの連絡先がなかったこともそうだが、研修で里緒奈とこいつが一緒にいるのを見たことがない。研修のとき、里緒奈はいつも一人で食事してた。仲が良かったら普通一緒に食うだろ。まあ、その点は陣華に聞けばはっきりするだろう。問題は、こいつがなぜ里緒奈と仲が良かったフリをする必要があるかだ。まさかこいつ俺らから何か情報を引っ張り出そうとしているのか。そうだとしたら誰の差し金だ。ああっ、葬儀に集中できない。)
「古畑さんや紀伊さんもですか。」
と流川が尋ねると、
「いえ、私はほんの挨拶程度の会話しかしたことがなくて・・・。」
と古畑が答え、
「私もです。」
と紀伊が続いた。
(そうだよな。こいつら三人が一緒にいるのはよく目にしたけど、その輪の中に里緒奈が入っていくのは見たことがない。やっぱり定岡の発言はおかしい。要注意だ。)
「三人とも本日はありがとうございます。里緒奈もきっと喜んでいることと思います。まだ時間がありますので、控え室でお待ちください。」
そう言って流川が三人を控え室に案内しようとしているところへ、伊古瀬がやって来た。
(何で伊古瀬がここへ来るんだ。こんなことがあるたびに刑事が葬儀に参列してたらキリがないだろ。)
伊古瀬は会釈したが、その視線は流川に向いていなかった。伊古瀬の視線の先を追うと、定岡が軽く会釈する姿が見えた。
(なにぃ~っ、こいつら知り合いなのか。どういう関係なんだ。ここは探りを入れていかないと。)
「あれ、お二人はお知り合いなんですか。」
「ええ、須磨さんの会社での様子をうかがいたくて、一度お会いしてますので。」
(もう伊古瀬にはうんざりだ。怒りを通り越してあきれる。こいつに話を聞くだけ時間の無駄だ。会社での様子を聞くなら違う営業所の人間に聞いてもしようがないだろ。もし本気でそんなことをしたなら刑事を辞めた方がいい。バカかこいつ。)
「へぇ~、そうなんですか。刑事さんも大変ですね。こんなことがあるたび葬儀に顔を出すんですか。」
「いや、たまたま近くを通りかかったもんで、焼香させていただこうと思いまして・・・。」
「そうですか。わざわざありがとうございます。まだ少し時間がありますので、控え室でおまちください。」
そう言って流川は四人を控え室へ案内した。
(定岡と伊古瀬が繋がっていた。また調べなくちゃなんないことが増えた。これじゃあ、葬儀に集中できない。喪主のあいさつとかちゃんとできるかな。)
30分後坊主がやって来て読経が始まり、流川の心配をよそに通夜は無事に終わった。あとは来訪者に備えて待機しているだけだ。
「三人ともご苦労様。受付はお袋に任せて、中で休んでて。母さん、よろしく頼むね。」
「ええ。三人は少し眠りなさい。麗人はダメよ。誰か来るかもしれないから。」
「はいはい。」
(あ~っ、俺も少し眠りてぇよ。陣華のせいであまり寝てねぇし・・・。)
こうして三人は控え室で仮眠をとった。
結局その後、焼香をしに来た者はなかったが、思わぬ客人が流川を訪ねてきた。定岡と一緒にいた紀伊麻奈である。彼女は、生意気だから、と定岡に良く思われていないらしい。これから話すことは、万一定岡に聞かれたらマズイと紀伊が言うので、流川は控え室の三人と代わってもらい、紀伊を控え室に招きいれた。
(もう夜中だし、定岡が来ることはないだろうけど、一応用心して、あとこの部屋に盗聴器がないかも確かめておくか。)
「何してるんですか。」
紀伊が流川に尋ねた。
「聞かれたらマズイこと話すんだろ。一応盗聴器がないか確認しておかないと。」
流川のこの用心深さに安心して、紀伊は一切のことを流川に話そうと決意した。
「盗聴器はないみたいです。で、僕に話したいことって何ですか。」
「私、さっき流川さんとお会いしたとき、里緒奈とあまり親しくなかったと言ったんですが、実は入社してからしばらくは、里緒奈とすごく仲が良かったんです。でも・・・」
紀伊は急に泣き出した。
「すいません。取り乱してしまって・・・。」
「いえ、構いませんよ。落ち着いてから話してください。」
しばらくして紀伊は続けた。
「でも、ある日美姫が、あの子まじめぶってて気に入らないから、みんなでシカトしろって言い出したんです。」
「じゃあ定岡さんが里緒奈と親しかったというのは嘘ですね。」
「そうです。私、里緒奈をシカトするなんて嫌だって美姫に言ったんです。そうしたら、私の彼氏はヤクザだよ。どうなるかわかってんのって脅されたんです。」
「ヤクザ。そのヤクザの名前わかりますか。」
「いえ、名前はわかりません。でも近藤組の人だって言ってました。」
(繋がった。おそらく岡が手を出したっていう白馬の女は定岡だ。それなら伊古瀬が定岡に面識があってもおかしくない。)
「流川さん。私、里緒奈は自殺なんかしないと思うんです。あの子いつもすごく前向きで、美姫に目をつけられたときも、私に気をつかって、自分は大丈夫だからって・・・。」
紀伊の目にまた涙が溢れ出した。
「紀伊さん。話してくれてありがとう。」
流川も涙目になっている。
(俺にこのことを話したということが定岡や伊古瀬に知られたら、この子が危険だ。いや、待てよ。万一この子が定岡の差し金だったらどうする。俺が伊古瀬を疑っていることをこの子に話すのはマズイか。でもこの子の涙はリアルすぎる。とても演技とは思えない。どうする。伊古瀬が通夜に顔を出したことも気になる。亜由がホストクラブに潜入したことが、岡から伊古瀬に伝わったんだとしたら・・・。とりあえず、伊古瀬のことは伏せておこう。)
「紀伊さん。明日の告別式の予定はどうなっています。定岡さんたちと来る予定ですか。」
「はい。そう美姫と約束しています。」
「じゃあ、長居して明日寝坊して、定岡さんに勘づかれたらまずいですから、今日のところはお帰りいただいて、話の続きは後日ということにしましょう。一応僕の携番教えておきますから、何かあったら連絡ください。」
流川はそう言って紀伊を帰した。
翌日の告別式に紀伊の姿はなかった。
(まさか、殺されたんじゃないだろうな。でももしそうなら、定岡や古畑がここに居るはずないか。くそっ、定岡たちに話を聞きたいが、喪主っていうのは仕事が多すぎる。)
出棺が終わり、火葬場へ着くと、やっと定岡たちに話しを聞く機会が訪れた。遺体を焼くのに1時間半ほどかかる。その時間を使って流川は定岡たちに話を聞いた。
「あっ、どうも定岡さん。紀伊さんは今日どうされたんですか。」
「なんか、あの子階段から落ちて怪我したらしくて、今日は来られないって・・・。」
「えっ、大丈夫なんですか、紀伊さん。」
「足を骨折して歩けないみたいだけど、しばらく安静にしていれば大丈夫だって。」
「入院されてるんですか。」
「みたいよ。」
「どちらの病院だかわかりますか。」
「板橋の津瀬岩病院だって。」
「そうですか。ありがとうございます。式が終わったら、お見舞いに行ってみます。定岡さんたちは行かれないんですか。」
「私たちも行くつもりですけど。」
「じゃあ、一緒に行きましょう。」
「ええ、いいですよ。」
「じゃあ、礼服のままってわけにはいきませんし、告別式は15時には終わりますから、着替えて駅まで迎えにいきますよ。どちらの駅がよろしいですか。」
「私は新宿だけど、入香が池袋だから、池袋にしましょ。そのほうが病院に近いし。」
「じゃあ、西口のほうが車止めやすいので、西口でいいですか。」
「ええ。」
「じゃあ、16時半ごろお迎えにあがります。」
「はい、よろしくお願いします。」
(古畑は一言もしゃべんなかったな。定岡に口止めでもされてんのか。まあ、定岡たちと一緒に行けるのはこちらとしては好都合だ。俺一人で行ったり、陣華たちと行ったりしたら、昨日紀伊麻奈と接触しましたって言っているようなもんだ。バレてるかもしんないけど、一応用心したほうがいい。定岡たちと行けば、昨日通夜に来ていただいた矢先に怪我されたなんてお見舞い申し上げますって感じが出る。)
告別式が終わって、流川は陣華たち三人にその旨を話した。そのとき、陣華の携帯電話が鳴った。FROMパパだ。用件は先の今潮哲也の件だった。この電話で貴重な情報が得られた。今潮が近藤組の組員であったことである。新聞では組の名前が伏せられていた。なぜ伏せられていたか定かではないが、おそらく警察がマスコミに圧力をかけたのだろう。そう考えればすべてのつじつまが合う。とにかくこれで一通りの情報が繋がった。