表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

再会、追憶、死恋(しれん)、疑念、追跡(ストーカー)、極道(ヤクザ)

再会


人生を大きく左右する出来事とは、唐突に、そして時として残酷にやって来るものである。()(かわ)麗人(れいと)(31歳・仮名)の場合、超ドS女、伊瑠和陣(いるわじん)()(24歳・仮名)との再会と、それにまつわる一連のできごとがそれである。

流川は小・中学生時代を大阪で過ごし、父親の転勤にともない東京の高校へ通うことになる。大学へは進まず、高校卒業後3年間ニート生活を続け、父の死を契機に湯沸かし器の販売会社に就職し、現在に至る。

その日はたわいもない日常の繰り返しで終始するはずであった。いや、流川にとってそうさせるべきであった。しかし、その日に限って普段は足を踏み入れない聖地に一歩踏み出してしまったがために、悲劇を招くことになる。

流川麗人はその日の行動を振り返り、悲劇を招くことになったその行動を反省していた。いつもどおり朝8時に起き、始業5分前に出社し、一通りの挨拶を交わして外回りに出た。ここまでで本日の仕事のほぼ50%が終了だ。そもそも3年間もニート生活を続けた流川が10年間も勤続できた理由は、その仕事の楽さにある。残りの仕事は先日 ()(むね)さんに販売した人気商品、河童のマークで有名なシエロシリーズの代金と取り付け工賃の26万3千600円を回収に行くだけだ。

(営業の仕事は販売ノルマがあり大変だと思われるかもしれないが、弊社の場合、訪問しただけでも業績になる。「○月○日、△丁目の××さん宅訪問、最近湯沸かし器を買い換えたばかりで、当分は販売が見込めそうにない。」とでも日報に書いておけば、査定はプラスになる。実際に訪問したか否かは確認しない。したがって、井棟さん宅へ向かう途中で表札を見て、その近所の人の名前を記憶しておけばよい。)

さて、流川は、表札を見ながら井棟さん宅へ向かい代金を受け取り、26万3千600円を手にした。ここまで流川に何のミスもない。いつもどおりの行動だ。それから流川は回収した代金を軍資金にパチンコ屋へ向かう。これもいつもどおり。流川はいつも、自分の貯金額と照らして、回収代金の方が少ない場合、それを全部つぎ込むつもりでパチンコ屋へ行く。このように流川は勝負師(ギャンブラー)としての一面ももつ。この日は確立変動の嵐、元手が3倍近くに膨れ上がった。ギャンブルは大勝ちするときも大負けするときもある。ここまでは問題ないのだが、この大勝ちした後の行動で流川の人生が大きく狂いだす。いつもならパチンコで大勝ちしても、流川はとりたてて派手な行動に出ない。夜の街に繰り出すでもなく、高級料理を食すでもなく、母親に土産を買っていく程度の贅沢しかしない。流川は意外に孝行息子なのだ。

しかし、この日に限って流川は勇気を振り絞って、ある行動に出た。流川が10年間も今の会社に勤続できたのには、先に挙げた理由に加えて、もうひとつの理由がある。それは、経理の須磨里緒奈(すまりおな)にひそかに恋心を抱いていることだ。流川と里緒奈は同期入社だが、彼女は新卒で入社してきたため、3年間のニート生活がある流川より3歳年下の28歳である。清楚なお嬢様系の女性で、浮いた噂は一切ない。入社後、初めて彼女を見て流川は一目惚れ、今日までその思いを温めてきた。

 流川の会社で外回りに出て、会社に戻る者はまずいない。営業所には事務職はひとりであるから、残っているとすれば里緒奈がひとりで残っていることは間違いない。里緒奈が定時の18時で仕事を終え帰宅していれば、会社には誰もいないはずだ。今の時刻は18時37分だ。当たって砕けろ! 流川は思い切って会社に電話した。

「お電話ありがとうございます。江口商事の須磨がお受け致しております。」

(キター、ヤバイよ、ヤバイよ。頭の中で出川が連呼した。それにしても、何と可憐な声なんだ。俺は里緒奈のためなら死ねる。)

「あっ、流川ですけど、須磨さんまだ残ってたんですね。他に誰かいますか?」

(俺は何て白々しいんだ。みんな外回りだから帰ってこないことを知っていて電話しているというのに。)

「いえ、みなさん外回りに出ていつも直帰されるので・・・。私も戸締りしてそろそろ帰ろうかと・・・。」

「お急ぎのところすいません。携帯電話を置いてきてしまいまして・・・。その辺にありませんか。」

(またまた俺は何と白々しいんだ。わざと机の中に置いてきたというのに。)

あっ、携帯置いてきたのにどうして会社に電話できるのだとお思いの読者のために釈明しておくと、流川の会社では仕事用に一本携帯を支給されるので、事務職以外の全社員が私用の携帯と仕事用の携帯の二本の携帯を持っている。

「いえ、見当たりませんけど・・・。」

「おかしいな。ちょっと今から番号言うから須磨さんかけてみてくれませんか。」

「わかりました。」

「番号は090‐××××‐××××です。お願いします。」

(やった。これで里緒奈の携番ゲットだぜ。里緒奈は事務職だから仕事用の携帯はもっていないはずだ。わざわざ非通知にはしないだろう。)

「はい、ちょっと待っててください。」

「ウィーン、ウィーン。」

机の中からバイブの音がする。里緒奈は机の中から携帯を取り出した。

「ありました。」

「ありがとうございます。須磨さんもう帰るんですよね。よかったら一緒に食事でもどうですか。お礼にごちそうしますので。そのとき、携帯をもってきていただければ・・・。」

(よし。ごく自然に誘えたぞ。)

「あっ、私これから友達と約束がありまして・・・友達も一緒でよろしければ・・・。」

(なんだよ。おじゃま虫もいるのかよ。まさか男じゃないだろうな。)

「ええ、構いませんよ。僕のほうこそおじゃまではありませんか。」

「いえ、そういうの気にしない友人ですから。」

「そうですか。じゃあ、駅前のファミリーマートでお待ちしていますので・・・。」

「わかりました。7時半頃にはうかがえると思います。」

 流川はとりあえずファミリーマートの中に入った。待ち合わせの時間までまだ30分以上ある。流川は店内をうろうろしながら、あれこれと思いを巡らせる。

(おっと、エロ本の前にいるわけにはいかねえな。かといって漫画も心象が良くないだろうし・・・。だいたい友達ってどんな奴だ。とりあえず3人分の飲み物でも買っておくか。)

 7時25分、流川がお茶を3本買おうとレジに並んでいるところへ里緒奈たちが入ってきた。

「あっ、流川さん。」

「ああ、須磨さん、わざわざありがとうございます。」

「とんでもないです。」

(可憐だ。仕事以外のときに里緒奈を見るのは初めてだが、俺の目に狂いはなかった。)

 それに引き換え里緒奈の友達はド派手で厚化粧の女だった。

「どーも、飯おごってくれんでしょ。」

(何様だこいつ。初対面でその物言いはないだろ。まあ男じゃなかっただけ良しとするか。)

「ええ、何を召し上がりますか。洋食、それとも中華?」

「うちさぁ、飲み行きたいんだけど。」

(なんなんだ、こいつは。だいたいお前に聞いてんじゃねぇんだよ。里緒奈に聞いてんだよ。だけど、この女どこかで会ったことあるような気がするんだよな。)

「じゃあ、そうしますか。須磨さんもそれでいいですか。」

「ええ、構いませんよ。」

「じゃあ、行きましょうか。」

 (俺はBAR・Kという静かなバーを選んだ。里緒奈のツレは「居酒屋でよくねぇ。」と言ったのだが、万一大学のサークルの飲み会にでも鉢合わせたら、コイツとそいつらのダブルパンチで「うるせぇ」って俺キレちゃいそうだから。)

 BAR・Kは流川の父親の知り合いがマスターをしている店だった。

「やぁ、麗人くん久しぶりだね。」

「あっ、どーも。ご無沙汰しています。」

(ん、今マスターに名前を呼ばれたとき、里緒奈のツレの女の目がピクンとしたぞ。)

流川たちは店員に個室に案内された。

「お飲み物のご注文を承ります。」

「僕は生ビールで。お二人はどうします。」

「キャラメルマロンミルク2つ」

厚化粧のでしゃばり女が里緒奈の分まで注文した。

(こいつ、なんで里緒奈の分まで勝手に決めんだよ。っていうよりなんだその甘ったるそうな名前のカクテルは。)

「そういえば、お名前聞いてなかったですね。僕は流川麗人。」

「お前、もしかしてトイレ?」

(俺をその呼び名で呼ぶのは、小・中学校のときの知り合いだ。こいつどこかで見たことあると思っていたが、伊瑠和陣華だ。最悪だ。なんでよりによって里緒奈をせっかく誘ったときにこいつと出くわすんだ。ってよりなんで里緒奈がこんな奴と友達なんだ。

《「感じ悪い」そう伊瑠和陣華は逆から読むと「カンジワルイ」、俺は「トイレワカル」だ。》



   追憶


東京での生活に浸り、忘れかけていた記憶が蘇ってきた。それは、流川が小学校6年生のときの5月の徒歩遠足でのできごとである。流川が通っていた小学校では、小学1年生と6年生、2年生と5年生、3年生と4年生がそれぞれ一緒に徒歩遠足へ行く。とりわけ1年生は勝手が分からず、迷子になったり、トイレを我慢できずお漏らししたりするため、6年生が引率する。そう、トイレを我慢できずお漏らししたりするのである。

流川たちの小学校では、1年生でも読めるよう、この遠足用にすべてひらがなで書かれた名札が用意される。この遠足で流川は、陣華を引率することになった。流川は名札を見れば分かると思い、敢えて自己紹介をしなかった。これが悲劇の始まりである。

遠足の行き先は大阪城公園であった。流川たちの学校から大阪城公園までは小学生の足で3時間程かかる。1時間半ばかり歩いた時点で、陣華はトイレに行きたくなった。ふと見上げると「といれ」と書いてある。そのといれにまたがり、陣華はおしっこをし始めたのだ。もうお分かりだろう。ひらがなで書かれた流川の名前を逆から呼んだのである。不幸なことにその名札は横書き、しかも陣華は流川の左側を歩いていたのだ。順に読んでいけばトイレになる。

「先生、陣華ちゃんがおしっこしはった。」

流川のクラスで最もおせっかいな女、伊藤(いとう)新子(にいこ)が大声で叫んだ。その声に反応して陣華の担任の小池(こいけ)景子(けいこ)がやってきた。

「陣華ちゃん、どこでおしっこしとるん。」

「陣華ちゃんとトイレでしたで。ここにトイレって書いてあるやんか。」

陣華は流川の胸を指差して言った。

「6年生のお兄さんやろ。トイレとちゃうで。」

「ほなら、何でトイレ書くんや。こいつアホか。」

この騒動で周りに人が集まっていた。こいつアホかという陣華の言葉に周囲は爆笑の渦。それ以来、流川はトイレ、便所、便器など散々な呼ばれようであった。

(いくら俺の名前が逆から読むとトイレだからって小学1年生にもなれば、便所と人間の違いくらい分かる分別はあるはずだ。こいつ俺を陥れるためにわざとやりやがったんだ。)

「アホちゃうやろ。悪いのはあんたやで。お兄さんに謝り。」

担任の小池景子は陣華にきつく言った。陣華は泣き出し、流川はまるで悪者のようであった。

「先生、もう、ええですわ。」

流川のその言葉でその場は収まったが、流川は小便くさいシャツで1日を過ごす羽目になった。

 その後も、流川はこの陣華に苦しめられ続けることになる。すべて挙げるとキリがないので、代表的なできごとのみにとどめておこう。

 流川は下校途中に、学校の近くの公園で女子3人が話をしているのを見かける。その中には流川が小学校の6年間思い続けてきた坂小説家になろう坂田樹(さかたいつき)がいる。流川は3人が何を話しているのか聞き耳を立てながらさりげなくそこを通り過ぎようと近づいていった。そのとき、流川の背後から突然陣華がやってきて、何と、樹のスカートをめくったのである。

(GOOD JOB! よくやったぞ。)流川は一瞬そう思った。樹のパンチラが拝めたのだから。しかしその後、事態は一変する。

「何しよるの、この子。」

一緒にいたおせっかい女、伊藤新子がまたまたしゃしゃり出てきた。樹は両手で顔を隠し、しゃがみ込んでいる。

「といれに頼まれたんや。」

(はぁ、何言ってんだこいつ。っていうよりまずいぞこの状況は。俺はどうしたらいいんだ。)

「便器、自分何さらすんじゃい。」

伊藤の刺々しい声が響いた。

「いや、俺そんなこと頼んどらんで。」

すると、陣華は急に泣き出し、

「さっき、やらんとどつく言うたやないか。」

と金切り声をあげた。樹はまだ塞ぎ込んでいる。

「便器、お前最低や。女子の敵や。ろくな死に方せえへんで。」

伊藤が流川に罵声を浴びせる。

(陣華は一体俺になんの恨みがあるというんだ。よりによって樹の前で。)

樹がようやく顔を上げた。そして軽蔑の視線が流川に注がれた。

「流川、もううちらの半径1メートル以内に近寄らんといて。」

伊藤がそう捨て台詞をはき、3人は去っていった。

 「ハッハッハッ。嫌われてもうたな。」

陣華は流川を嘲笑うかのように言った。

「お前俺に何か恨みでもあるんか。」

「べつにあらへんで。ただあんたからかうのがおもろいんや。」

そう。陣華はただサディスティックな感情だけで流川を陥れているだけなのだ。

(こいつどついたろか。)

流川は思ったが、周囲に人がいたのでこらえた。

「お前、もう俺に近づかんといてくれ。」

そういって流川はその場を去った。

 それからしばらく、流川と陣華は顔を合わさなかったが、もうすぐ冬休みに入ろうかという雪の日にまた事件は起こった。その冬初めての積雪ということもあり、子どもたちは雪だるまをつくったり、雪合戦をしたりして遊んでいた。流川は、スカートめくりの一件以来、女子には嫌われていたが、男子には人気があった。流川はその仲間たちと雪合戦をしていた。流川たちは、雪合戦で体が火照ってきて、マフラーをはずしたり、ニット帽を脱いだりして、それを隅に置いて雪合戦に熱中していた。

 陣華はそのマフラーやニット帽を雪に埋め、隠した。雪合戦を終え、流川たちが戻ってくると、置いたはずの場所にマフラーやニット帽がない。

 20分ほど探していただろうか。

「うち、どこにあるか知っとるで。」

陣華は白々しく言った。

「さっき、といれが隠すところ見てたんや。」

流川も流石に堪忍の緒が切れた。流川は陣華の頭を思いっきりどついてしまった。

(「わりぃ、シャレで隠してもうた。」とでも言っておけばよかったのに。)

流川の仲間たちは引いてしまった。小6の男子が小1の女子の頭を思いっきりどついたのだから、当然の反応であろう。それ以来流川は、男子とも疎遠となってしまった。

 最悪の小学校生活を送った流川ももうすぐ卒業である。中学生になれば奴と顔を合わせなくて済む。そう思い、卒業式の日までカウントダウンを始めた矢先のできごとである。何と、陣華から告白されたのである。

「うちな、あんたのこと好きやねん。うちな、あんたにかまってほしくていろいろやったんや。もうすぐお別れやろ。うちさびしいねん。中学生になってもたまに会ってくれへん。」

(よく考えたら素直でかわいい子じゃないか。たまに会うくらいなら、まぁ、いいか。)

「ええで。ほなたまに小学校へ遊びにくるわ。」

「ダメや。うちが中学校へ遊びに行くんや。」

このやりとりが流川の中学校生活も台無しにしてしまうことになる。

 流川の近くに女子がいれば、

「うちの彼氏に手出さんといて。」

近くに男子がいれば、

「うちのがいつもお世話になっとります。」

といった始末。

(こいつほんとに小2か。っていうよりいつから俺はお前の彼氏になったんだ。ただ、たまに会うといっただけだぞ。)

その後も陣華とはいろいろあり、中学を卒業する頃には、流川のあだ名はロリロリ大王となっていた。

 前述したように、父親の転勤で東京へ引っ越すことになり、流川のこの悲惨な学生生活に転機が訪れる。流川はギリギリまで東京へ引っ越すことは周囲に話さず、逃げるようにして東京へ引っ越した。



   ()(れん)


 話はBAR・Kでの経緯(いきさつ)に戻る。

「超久しぶりじゃん。元気してた?」

(久しぶりというよりも、俺はお前から逃げたんだよ。あれ、なんでこいつ標準語しゃべってんだ。そうか、関西弁じゃないから気づかなかったんだ。しかし、逃げたことがバレるとまずそうだから、適当にごまかさないと。)

「急に父の転勤が決まって、みんなに挨拶をする間もなく引っ越さなくちゃなんなくてね。」

「そういえばあたし、あんたと付き合ってたんだよね。」

(付き合ってねぇし。っていうか里緒奈の前で何を言い出すんだ。)

「付き合ってたというより幼馴染みみたいなもんで・・・。」

流川は里緒奈に言い訳するように言った。

(ヤバイ。里緒奈が話しについてこられず、沈黙を保っている。)

「須磨さんはどうやって陣・・・伊瑠和さんと知り合ったんですか。」

「はぁ、何が伊瑠和さんだよ。キモ! いつも陣華って呼んでただろ。」

(てめぇに話してんじゃねぇんだよ。里緒奈に話してんだよ。バカ。)

「いや、久々に会ってちょっと緊張してるのかな。陣華はなんで須磨さんと知り合いなの。」

「里緒奈が財布落として電車に乗れなくて困ってたから、金貸してやって、お金お返ししますからって言うから携番交換して、それからちょくちょく会ううちに仲良くなったんや。」

(本当か? 里緒奈の弱みでも握ってんじゃねぇのか。それならその弱み俺にも教えろよ。って、あれ。仲良くなったんや。こいつ関西弁しゃべったぞ。なんかいやな予感がする。

「あっ、お姉さん、ヒル・ディビジョン。」

「はい?」

「だから、おかわり。」

(バカかこいつ。おかわりをhill division(丘割り)なんて言ったって分かるわけねぇだろ。にしてもこいつペース速ぇな。)

「んで、里緒奈は逆から読むと、《なおります》なわけだ。何がなおるんですか?とか思って。」

(こいつよくしゃべるな。)

「まぁ、《感じ悪い》とか《トイレ分かる》よりマシだけど・・・。」

「あっ、店員さん、ヒル・ディビジョン」

(こいつよく飲むな。大丈夫か。)

陣華は急速なペースで飲み続け、2時間足らずで酔いつぶれた。

(よし、これで里緒奈とゆっくり話せる。)

「あっ、そういえばまだ携帯いただいてなかったですね。せわしくて忘れていました。」

「ああ、そうでしたね。私も忘れていました。ごめんなさい。」

里緒奈はバッグの中から携帯を取り出し、流川に携帯を差し出した。

「どうもありがとうございます。」

「いえ。流川さんて、関西のご出身だったんですね。」

「ええ。」

「関西弁話されないから全然気づきませんでした。」

「関西にはあまり良い思い出がなくて・・・。東京に来て須磨さんと出会えたことだけが救いですよ。」

(何言ってんだ俺は。酔ったのか? まだ3杯しか飲んでないぞ。)

「そんなぁ。」

里緒奈は照れくさそうに言った。

「ありがとうございます。私も流川さんと出会えてよかったです。」

(ん?これはイケるのか?決めた。今日中に告白するぞ。)

「入社してから10年になりますけど、須磨さんとこうして二人で話すの初めてですね。いつも会社で事務的な話ばかりで・・・。」

(告白へもっていくきっかけが欲しい。しかし、眠っているとはいえ、邪魔者が一人。)

「そうですね。こうして流川さんとお話できてうれしいです。」

(何! もしかして俺からの告白待ってる? イッちゃうか。)

「こちらこそ、仕事以外でこうして須磨さんと、ご一緒できて・・・。これからもたまにご一緒しませんか。」

「ええ、ぜひ。」

(よし、イケる。あとはどのタイミングで切り出すかだ。ああ、それとこの爆睡している邪魔者をどうするかだ。)

「もう遅いですし、そろそろ出ましょうか。陣華は起きないようでしたら、マスターに頼んで部屋を用意してもらいますよ。」

(よし、これで邪魔者を消せるぞ。)

「お気づかいありがたいのですが、陣華さん今日は私の家に泊まる予定でしたので・・・。」

「そうですか。」

(結局俺は昔から陣華には苦しめられる性分にあるんだ。)

「じゃあ、送りますよ。」

「ありがとうございます。」

陣華は何をしても起きなかったので、流川がおぶって連れて行く羽目になった。

(それにしてもこいつ重いな。)

「流川さん、ご迷惑おかけします。」

里緒奈は流川を気づかった。

「大丈夫ですよ。今日はとても楽しかったです。」

流川のテンションが上がってきた。背中の邪魔者は、今では単なる物体にしか思えない。

「私も楽しかったです。」

流川は思いを伝えたいという衝動を抑えられなかった。

「須磨さん、僕はあなたを初めて見たときから10年間ずっと思い続けてきました。よろしければ僕とお付き合いしていただけませんか。」

(言ってしまった。)

「うれしい。喜んでお受けします。」

その瞬間、流川は背中に、生あたたかいものを感じた。そう。陣華が必殺おしっこの刑に処したのである。しかし流川はそんなことまったく気にならなかった。今は幸せの絶頂である。

「陣華がおしっこしてしまったみたいです。早く帰って着替えさせてあげないと。」

小中学校のころの流川には決して言えない一言である。里緒奈も、流川のやさしさに包まれ幸せであった。

「流川さんも家でシャワーを浴びていってください。」

「いえ、里緒奈さんとお付き合いすることになったのですから、他の女性が一緒にいる部屋へあがるわけにはいきません。」

しかし、この選択が流川を不幸のどん底に落としいれることになろうとは、このとき神ならぬ身の流川には、知る由もなかった。

「じゃあ、また明日会社で。明日は二人きりで食事しましょう。」

「はい、おやすみなさい。」

流川は有頂天だった。10年越しの恋が実ったのである。流川は明日の行動計画を、いや、明日というより里緒奈との将来の計画を立てながら家路についた。

以下、流川のくだらない妄想が続く。読者の皆様には大変申し訳ないが、我慢いただき、少しだけお付き合いいただこう。

俺、帰り際「里緒奈さん」って初めてファースト・ネームで呼んだよな。でも、「さん」が邪魔だな。明日からは「里緒奈」って呼び捨てにするか。待てよ。もう付き合うことになったわけだし、思い切って「リッちゃん」とか呼んじゃおうかな。でも会社で噂になったらまずいか?いや、むしろこの際、結婚式にご招待することも見越して会社の皆様に知っていただいて既成事実をつくるってのもありだな。あ~っ、どうしよう、困ったな。(いや、困ることねぇだろ。注:作者のツッコミ)

あっ、そうだ、「明日は二人きりで食事しましょう。」とも言っちゃたな。高級料理ってのもありだけど、将来のことも考えて貯金を崩すのもな・・・。(おいおい先走りすぎだボケ。)

 そうだ。まともに話すの今日が初めてだし、俺、里緒奈のこと何も知らないし明日はどこか落ち着けるところで食事して、いろいろ聞いてみよう。そういえば、里緒奈ひとり暮らしみたいだったけど、家族はどうしてるのかな。いずれはきちんと挨拶に行かないとな。

 そんな妄想をしていたら、もう朝になっていた。早朝5時28分、里緒奈の携帯から着信があった。

(何だ、こんな朝っぱらから。俺の声を聞きたいってかぁ。ったくこれだから女って奴はしょうがねぇな。)

「はい、もしもし。」

流川は興奮して一睡もしていなかったが、いかにも寝起きですと言わんばかりに電話に出た。

「もしもし、流川麗人さんでよろしいですか。」

(はぁ?何で里緒奈の携帯使っておっさんが俺に電話かけてくるんだ。もしかして、お父様。おいおい、気が早すぎるぜ、里緒奈。俺、まだお父様にご挨拶する心の準備できてねぇよ。)

「ええ、そうですが・・・。」

「私、警視庁の()古瀬(こせ)と申しますが、昨夜、須磨里著奈さんとお会いしていますよね。」

(えっ、警視庁、伊古瀬。)

「はい、会いましたけど。・・・。」

「彼女、お亡くなりになりました。」

流川は頭の中が真っ白になった。その後、伊古瀬が何を尋ねたのか、それに自分がどう受け答えをしたのか、流川はまったく覚えていない。数分後、流川は我に返った。

「今からこちらまで来ていただけますか。」

「えっ、こちらって。」

「須磨さんのマンションです。ご存知ですよね。」

「あっ、はい。今からうかがいます。」

流川の家から里緒奈のマンションまでは徒歩で40分、電車を使って10分程度、車なら5分で着く。流川はとにかく急がなければと思い、車で向かった。

 里緒奈のマンションに流川が着いたのは、ちょうど里緒奈の遺体が運び出されるときであった。流川はそこへ駆け寄ったが、どうすることもできず、ただぼんやりと立っていた。

 そこへ伊古瀬がやってきた。

「流川さんですか。」

「はい。」

「署までご同行いただいて、ご遺体の確認後、昨夜の事情をうかがいたいのですが・・・。」

(えっ、ご遺体の確認って。普通そういうの家族がやるんじゃ・・・。だいたい、陣華はどうしたんだ?)

「えっ、ご家族の方は? 伊瑠和さんという女性の方が一緒にいたはずなのですが・・・。」

「伊瑠和さんは重要参考人として署で事情をうかがっています。須磨さん、ご両親は他界されていて、ごきょうだいもいらっしゃらないようですので・・・。」

それを聞いて初めて流川は涙を流した。物心がついてから初めて流す涙である。父親が死んだときも、小中学校のときにどんなに酷い目にあっても決して流したことのない涙である。31年分の涙がその一瞬に溢れ出たのである。遺体の確認の間もその涙は止まることはなかった。その後、警察の事情聴取が始まりやっと流川は冷静さを取り戻すのである。



疑念


 里緒奈のマンションから警察署までは車で15分程度であったが、涙が滲んで視界が悪くなり、流川は何度も車をぶつけそうになった。やっとの思いで警察署に着いた。駐車場に車を止め、入り口へ向かうと伊古瀬が待っていて、まず、一階の霊安室へ案内され、遺体を確認した。里緒奈の遺体は傷ひとつなくきれいな死に様で、健やかに眠っているようにさえ感じられた。その後、流川は3階の部屋へ案内された。

「須磨さんはどうして亡くなられたんですか。」

部屋へ入るなり流川は、即座に尋ねた。

「薬・毒物の摂取による中毒死です。薬・毒物の種類は詳しく調べてみないと分かりませんが、おそらく植物毒だと思われます。今のところ自殺とも他殺とも申し上げられません。」

(昨日の様子から察するに、里緒奈は楽しそうだった。自殺はおそらくあり得ない。俺と付き合うことになった翌日に、万一里緒奈が自殺したとなったら、俺も命を絶つ。)

「伊瑠和さんはどうしていますか。お会いできますか。」

(そうだよ。陣華に詳しい事情を聞かなくては・・・。)

「今、お会いいただくわけにはいきません。」

(はぁ?何言ってんだコイツ。自殺とも他殺ともってことは、まだ事件かどうかも分かっていないはずだ。容疑者でもない陣華に会えないというのはおかしい。この伊古瀬とかいう奴、うさんくさい。どうもあやしい。)

「なぜ会えないのですか。自殺か他殺か不明ということは、まだ事件になっていないはずです。任意の聴取のはずでしょう。」

「ちょっとお待ちください。」

伊古瀬は席をはずし、5分ほどして戻ってきた。

「流川さん。我々としてはお会いいただきたいところなのですが、、伊瑠和さんがあなたとの面会を拒否されていまして・・・。」

(ぬぁにぃ~。それは100%嘘だ。あいつは追い詰められたとき、必ず俺のせいにする。それを会いたくないだぁ~。この伊古瀬、やはり曲者だ。何を隠してやがるんだ。だいたい会わせられないと言ったあと、こちらがおかしいといったら、何で返事をする前に席をはずすんだ。陣華に聞きにいく為に席をはずしたなら分かるが、その前にコイツは会わせられないと言った。つじつまが合わない。)

流川はだんだんムカついてきた。

「ところで、昨夜のことをうかがいたいのですが・・・。」

伊古瀬は陣華のことから話をそらせたいとみられる。

「陣華と会えるまで、何も話しませんよ。だいたいあんたの行動おかしいじゃねえか。今から陣華に電話して確かめるからちょっと待ってろ。」

流川はそう言って伊古瀬を遮り、陣華に電話した。

 陣華は別の刑事から取り調べを受けていた。突然携帯が鳴り、それが流川からだと分かると陣華はHOTした。

「出てもいいですか。」

「構いませんが、口裏を合わせるような会話をするとあなたが不利になりますよ。」

取調べをしていた刑事はまるで陣華を犯人扱いだ。

「もしもし。」

「あっ、陣華。俺だけど・・・。」

「助けて、麗人。このままじゃ私犯人にされちゃうよ。」

陣華は流川を初めて麗人と呼んだ(いつもトイレだったのに・・・)。

「待ってろ。今すぐそこへ行くから。」

そういって流川は電話を切った。そして流川は、

「どういうことだ。お前ら陣華をどうするつもりだ。」

と言って伊古瀬の胸座をつかんだ。伊古瀬はそれを振り払いながら、

「伊瑠和さんは須磨さんとずっと一緒にいらっしゃたんですよ。もし他殺の場合、最も疑わしいのは伊瑠和さんでしょ。」

と言った。

何か隠している。流川の直感はそう告げていた。もし陣華が疑わしいのであれば、初めの段階で、自殺とも他殺とも判断し兼ねるが、他殺の可能性が高いと言うはずだ。

「おい、これって違法捜査だろ。だいたい陣華が会いたくないと言っているというのは嘘だったじゃないか。お前らに陣華を拘束する権利はない。今すぐ陣華に会わせろ。さもなくば出るところに出るぞ。」

流川はだんだん興奮してきた。伊古瀬は陣華に会わせることをしぶしぶ承知した。

 陣華は流川が聴取を受けていた部屋と同じ階の一番南側の部屋で取り調べを受けていた。もうすぐ9時になろうかというのに、薄暗い部屋だった。部屋に入っての流川の第一声は

「ブラインドを上げろ。」

であった。日が差し込んできて、流川の顔がはっきり見えると、陣華は涙を流しながら

「麗人。」

とすがるような目で流川を呼んだ。これまで流川は自分を陥れる陣華の涙は何度も見てきたが、自分に何かを訴えかけるような陣華の涙は初めてであった。意外にもその涙は流川を冷静にさせた。

「大丈夫だ。安心しろ、陣華。」

「うん。」

これまでの陣華からは想像もつかないような、しとやかな声で陣華は答えた。そこには、昨日のド派手で厚化粧の陣華はなかった。かなり控えめな化粧で服装もかなり地味だ。おそらく昨日の《おしっこ事件》で濡れてしまったので、里緒奈の服を借りて着替えたのだろう。

(とにかく陣華を連れてここから出なくては。)

「どういうことでしょうか。自殺か他殺か分からないとうかがっていますが。なぜ陣華が犯人扱いされているのですか。」

流川は陣華を取り調べていた刑事にそう言った。しかし陣華を取り調べていた刑事はそれに応じず、

「伊古瀬さん、あとはお願いします。」

といってその場を去った。

「先ほど申しましたように、現段階では自殺か他殺か分かっておりませんので、万一他殺の場合、一晩中一緒にいらした伊瑠和さんが第一容疑者となります。その場合、逃亡の恐れがありますので拘束させていただきました。」

伊古瀬は陣華を拘束した理由をそのように説明した。

「ちょっと待て。だとすると遺体を見つけたのは陣華か。陣華以外に誰も部屋に入っていないのか。」

「いえ、遺体を見つけたのは、お隣にお住まいの三井瑠(みついる)()さんです。」

(何だそいつ。だったらそいつも今警察にいるのか。)

「じゃあ、その人も拘束されているのか。」

「いえ、彼女は死亡推定時刻にアリバイがありますので・・・。」

(アリバイだ。だいたい死亡推定時刻って何時だよ。どうせ明け方だろ。その時間にアリバイがある方があやしいじゃないか。普通その時間は家で寝てるだろ。)

「死亡推定時刻って何時だ。」

「今朝3時から4時半の間です。」

「俺に電話があったのは5時半頃だから。死亡して間もなくその人が遺体を発見したってことか。」

「そうです」

「おかしいだろ。」

「何がです。」

「だってその人、そんなに朝早く須磨さんの家に何しに行ったんだ。だいたいその時間にアリバイがあるほうがおかしいだろ。」

「彼女は駐車違反で本署に出頭していました。その帰りに須磨さんの部屋に明かりがついていたので立ち寄ったところ遺体を発見したとのことです。」

流川は陣華を連れてとっととここを出るつもりでいたが、釈然としないので、ここを出るわけにはいかないと感じ始めていた。

「ってことは、その三井さんって人を陣華が出迎えたのか。」

「いえ、呼んでも出てこなかったそうなので、おかしいと思いドアを開けたところ、鍵がかかっておらず、玄関から覗き込んだら須磨さんが倒れていて110番通報したとのことです。」

「何で110番なんだ。寝ていたのかもしれないし、万一倒れていたとしても119番だろ。それに近くに陣華もいたんだろ。おかしいじゃねぇか。」

「いずれ三井さんにはもう一度話をうかがいますよ。詳しいことは遺体を司法解剖してみないと・・・。もうお二人ともお引取りいただいて結構ですよ。」

《司法解剖》この言葉が再び流川に冷静さを失わさせた。里緒奈を失って傷ついた流川の心にこの言葉が追いうちをかける。

(里緒奈の身体にメスが入れられる。)

そう思うと遣る瀬無く、流川の目から再び涙が流れた。

「とにかくこの警察署はひどすぎる。さっき陣華を取り調べていた奴もそうだ。いずれ正式に抗議するから覚悟しておけ。」

流川はそう言い捨てて、陣華と一緒に警察署を出た。

 時刻はもうすぐ昼になろうかという頃であった。

「やべぇ。会社に電話してねぇや。ちょっと待っててくれ、陣華。」

そういって流川は陣華を待たせ、会社に連絡し、一切の事情を話した。社長は初めは驚いていたが、少し置いて冷静になり、聴取等で大変だろうから、落ち着くまで会社を休んで構わないとのことだった。流川は電話を切り、すぐに陣華のところへ戻った。

「陣華、何か食べるか。」

「いらない。あまり食欲ないから。」

「そっか。お前にしては警察署でずいぶんおとなしかったじゃんか。」

「ずっと犯人扱いされて、このままじゃ逮捕されると思うと、怖くて怖くて。助けてくれてありがと、麗人。」

「いや、それより陣華、取り調べで奴らに何を聴かれた。」

「里緒奈とはどういう関係だとか、里緒奈と何かトラブルはなかったかとか・・・。いずれわかることだ。隠すんじゃないぞって。」

「そうか。あっ、俺、駐車場に車止めてあるから、送っていくよ。あと、大事な話があるから、車の中で・・・。」

 車に乗り込むと流川はダッシュボードの中から電波傍受機を取り出し、電源を入れダイヤルをひねった。

「よし、車に盗聴器はしかけられていないみたいだ。陣華、携帯はずっと肌身離さずもってたか。」

「うん。」

「他に持ち物は。」

「財布と鍵だけ。」

「それもずっと持ってたか。」

「うん。」

そう確認して流川は先の大事な話を始めた。

「なぁ、陣華。さっきの警察の奴ら何か隠してるぞ。」

「えっ。」

「たぶん間違いない。おかしな点がいくつもある。おそらく自殺で片付けようとして、万一他殺である証拠があがったら、陣華を犯人にしようとしてたんだと思う。」

「どういうこと。」

「たぶん里緒奈は殺された。それで、犯人はおそらく警察関係者だ。俺、犯人見つけ出して、里緒奈の仇とるから。」

「あぶないんじゃないの。私、里緒奈を失って、その上麗人まで失ったら生きていけないよ。」

「えっ。だって昨日久々に会っただけじゃんか。16年ぶりに会ったんだぞ。」

「私、何で東京に住んでると思う。ずっと麗人を探してたんだよ。」

「えっ。だって昨日そんなこと言ってなかったじゃん。」

「麗人が里緒奈に気があるって分かったから。里緒奈になら麗人を取られてもいいと思ったから黙ってたんだけど、さすがに告白のときは耐えられなくて、おしっこを与えたんだよ。」

「なにぃ。じゃあ、あのときお前起きてたのかよ。」

「あのときじゃなくて、バーに居たときからずっと。麗人の背中気持ちよかった。」

「俺、ちょー恥ずかしいんだけど。」

「ふふっ、ごめんね。」

(よく考えれば、陣華は性格が悪いだけで、ルックスはいいんだよな。昨日の厚化粧はいただけないけど・・・。でも今日の陣華はおしとやかすぎる。性格の悪さが微塵も感じられない。何か裏があるんじゃないか。おっと、こんなこと考えてる場合じゃない。今は里緒奈のことだ。)

「ありがとう、陣華。お前の気持ちはうれしいけど、今は里緒奈のことで頭がいっぱいだ。」

(本当は余計なこと考えてたけど・・・。)

「うん、わかってる。」

「ごめんな。」

陣華はうつむいてしまった。この後しばらく沈黙が続いた。このような会話の後、お互いを意識せずにいられるはずがない。その沈黙を破ったのは、流川の次の一言である。

「ところでさぁ、陣華、仕事はないの。暇だったら家に来ないか。」

「私さぁ、ニートだから暇だけはあるんだよね。」

(なんか陣華さっきより元気が出たみたいだ。よかった。)

「じゃあ、寄ってけよ。さっき話した警察のこと詳しく話すから。」

 流川は母親に何も告げず家を出ていた。まあそんなこと日常茶飯事なので、母親もさして心配していなかった。

「ただいま。」

「あらぁ、麗人、会社に行ったんじゃなかったの?」

「うん。いろいろあって。詳しいことは後で話すから。あっ、こちら伊瑠和陣華さん。」

「麗人が女の子連れてくるなんて初めてね。彼女?」

「違うよ。同じ小学校だった子。昨日偶然会って・・・。」

「あっ初めまして。伊瑠和と申します。麗人ってお姉さんがいたんですね。」

「あらっ、うれしい。陣華ちゃんっていい子ね。」

「バカッ。陣華、よく見ろ。20歳以上も離れたきょうだいがいるはずねぇだろ。母親だよ。」

「えっ、お若いですね。私てっきり・・・。」

「本当に陣華ちゃんっていい子。ゆっくりしていってね。」

(いつから陣華はお世辞なんか言うようになったんだ。こいつ俺の母親に取り入ろうってんじゃねぇだろうな。)

 陣華と麗人は2階の麗人の部屋に上がった。

「陣華、うちの母親になにお世辞なんか使ってんだよ。」

「お世辞じゃないよ。お母さん本当に若く見えるよ。」

「まあいいや。それより本題に入ろうぜ。」

流川はそう言って机の中からノートとペンを取り出した。そして警察のおかしな点をメモしながら陣華に説明した。

「陣華、警察に連れていかれる前に俺のこと警察に話したか。」

「話してないよ。警察で麗人から電話があってビックリしたもん。」

「だとしたら、俺に警察から電話が来るのが早すぎる。警察はどうやって俺のことを知ったかだが、会社の名簿とかを見たなら、俺じゃなく社長に連絡するはずだし、実際には里緒奈の携帯の履歴からかけたんだと思うが、俺への履歴は一軒だけのはずだ。親しい知人を探すなら適任が他にいたはずだ。なのに、伊古瀬とかいう刑事は里緒奈に身寄りがないからといって俺に遺体の確認を要求してきた。考えてみれば第一発見者の三井とかいう隣人に確認してもらえば、身元は里緒奈だとわかるはずだ。なぁ、陣華。里緒奈、日記か何か書いてなかったか。」

「わかんない。でも昨日帰ってから机に向かって何か書いてたよ。」

「それだ。おそらくそれを見て奴らは俺と里緒奈の関係を知ったんだ。だとすると、昨日里緒奈が書いていたものは奴らに処分されてるな。」

「麗人なんか刑事みたい。」

「バカッ、あんな野蛮な奴らと一緒にすんじゃねぇよ。それより次の疑問点だけど、奴らの口ぶりからすると、遺体の引き取り手は俺らだ。普通遺体の確認ってご家族がやるんじゃないかと俺が聞いたら、身寄りがないものでと答えた。もし俺を家族代わりと考えているなら司法解剖の許可を俺から取るはずだ。なのに奴らは司法解剖の件においては俺らを他人扱いした。この点はつじつまが合わない。」

「麗人、頭いいね。中学ん時はバカだったのにね。」

「お前、俺と学年が違うから、俺が勉強できたか、そうじゃないか知らないだろ。」

「でも行動がバカだった。」

「それはお前のせいだろ。」

「ハッハッハッ。ごめん。」

(よかった。陣華はすっかり元気になったみたいだ。でもまた警察が陣華を連れ出したらウザいな。)

「陣華はさぁ、ご家族と一緒に暮らしてるの。」

「一人暮らしだよ。」

「お前、ニートで一人暮らしって、ゴージャスだな。」

「へへっ」

「じゃあさ、お袋には俺から話すけど、しばらくうちに泊まらないか。俺も落ち着くまで会社に来なくていいって言われたし、陣華にいろいろ事情聴きたいし、何より陣華が警察に連れていかれたら困るし・・・。」

「えっ、それって同棲。」

「ちがうよ。ただの長期お泊り、もしくは同居。」

「是非、是非。」

 流川は一切の事情を母親に話した。

「陣華ちゃん。ちょっとの間なんて言わないで、いっそのこと麗人と結婚してうちの子になっちゃいなさいよ。」

「はい。お母様。是非。」

「何二人で盛り上がってんだよ。いくぞ、陣華。」

「行くってどこへ。」

「しばらくうちに泊まるんだろ。着替えとかの必要なもの取りに行かねぇと。」

 流川の家から陣華のマンションまでは車で約30分。そこで再び警察への疑惑の話が始まった。流川は、伊古瀬が嘘までついて流川を陣華に会わせようとしなかったこと。他殺という証拠もないのに陣華を容疑者扱いして取り調べたこと、里緒奈の隣人の不可解な行動、一度は陣華を拘束したのに、流川と二人になったらあっさり釈放したことなど、流川の合点のいかないことを列挙した。



 追跡(ストーカー)


 32分後、陣華のマンションに着いた。ニートが住むマンションとは思えないほど豪華なマンションであった。

「なぁ、陣華、お前ん家って、もしかして金持ち。」

「何で?別に普通だと思うよ。」

「だってここの家賃いくらだよ。」

「えっ、家賃なんてないよ。パパに東京に住みたいって言ったら、心配だからセキュリティーのしっかりしたマンションじゃないとダメだって言って買ったみたいだから。」

(こいつ昨日「メシおごってくれんでしょ」とか言ってたけど、実は資産家のご令嬢だったのか。おごった俺が惨めに思えてきた。)

「何か別世界に来てしまった。」

「何わけわかんないこと言ってんの。さあ入ろ。」

オートロックを開け、さらに玄関は二重鍵。さすがセキュリティーがしっかりしている。鍵を開けて玄関に入るなり、

「誰か入った。」

突然陣華がそう言いだした。

「どういうことだよ。何で玄関に入っただけで誰かが入ったってわかるんだよ。」

流川は自分でなかなか目聡いと自負しているが、今回の件に関しては、なぜ陣華が誰かに侵入されたと言っているのかさっぱり見当がつかなかった。

「そこに河童の置物があるでしょ。」

陣華は向かって左手の方向を指差して言った。

「その河童が何だって言うんだよ。」

河童と聞いても侵入の根拠を見抜けない自分に流川はイラッときていた。

「河童の脳天の皿の一部がちょっと欠けてるでしょ。」

「たしかに。」

流川はDAIGO風に言った。

「あと壁紙に継ぎ目があるでしょ。」

「たしかに。」

流川はまたまたDAIGO風に言った。

「いつもその皿の欠けた部分と、壁紙の継ぎ目が重なるようにその河童を置いて、出かけるときと、帰ってきたとき必ず確認してるんだけど、今日はずれてるから。」

「お前なかなかやるな。ってよりなんで河童なんだよ。普通女の子ならうさぎとかだろ。」

「河童が好きなんでございます。文句ありますか。」

陣華はちょっとキレ気味に言った。

(陣華を怒らせると自分はひどい目に遭う。)流川は本能でそう感じ取った。

「いや、考えてみれば、河童って結構かわいいよね。」

「でしょ。」

(よかった。陣華の機嫌が直ったみたいだ。)

「それより、誰かに侵入されたことは間違いなさそうだな。その河童は盗聴器がしかけられているかもしれないから後で調べてみよう。」

ここまで話して流川は(しまった。)と思った。

「俺としたことが失言だ。もしその河童に盗聴器がしかけられていたら、さっきの俺たちの会話は犯人に筒抜けだ。さらに、そこに盗聴器がしかけられていたら、部屋の中には盗撮カメラが取り付けられている可能性が高い。着替えとか必要なものは買うことにして、その河童だけを持ってここを出よう。河童に盗聴器がしかけられていないことを祈るしかない。」

と流川は耳打ちした。

陣華も状況を察して声を出さずに頷いて、二人は陣華の家を出た。

 二人は流川の車に戻り、例の電波傍受機を使って河童を調べたが、盗聴器はしかけられていないようだった。

「よかった。とりあえず大丈夫だろう。なあ陣華なんかムカついてきたから、この河童ぶっ壊していいか。」

「ダメ。」

「じゃあ新しいカッパグッズ買ってやるから。」

「じゃあいいよ。」

流川はおもいっきり河童を地面にたたきつけた。それは瀬戸物であったため、割れてしまった。しかし流川はそれだけでは物足りず、さらに踏んづけて粉々にした。

「あ~っ、すっきりした。」

流川がそう言うと、陣華は

「私カッパの着ぐるみが欲しい。今日は麗人の家でそれ着て寝る。」

と大事なカッパを壊されてしまったのに意外とアッサリしていた。

 二人はそのまま買い物に向かった。河童に盗聴器がしかけられていなかったことで、二人は安心しきっていた。

「とりあえず、管理人に警察が来なかったか聞いてみるんだな。今日の伊古瀬たちの勢いからすると、家宅捜索をし兼ねない感じだったから。」

「うん、わかった。」

「あと、管理人以外で合鍵を持っている人は?」

「里緒奈。」

「だとすると、警察の可能性が高いな。」

「そうかな。」

「そうかなって、だって里緒奈が死んで、部屋に入れたのは警察だけだろ。」

「もう一人いるんだな。陣華の推理聞いてみる?」

「まぢっすか。是非聞かせてください。」

「犯人はズバリ第一発見者の三井瑠香。」

「だってそいつは、玄関から覗き込んだだけで、部屋の中には入ってないんだろ。」

「うん。でもこの小説の作者根っからのバカじゃん。三井瑠香は逆から読むとカルイツミ、つまり軽い罪ってことでしょ。殺人と住居不法侵入と比べたら住居不法侵入のほうが罪軽いでしょ。里緒奈を殺害した犯人は別にいて、今回はその人が犯人なんじゃないの。」

「まあ確かにこの小説の作者は浅知恵だけど、そこまでバカじゃないだろ。っていうかそれ推理じゃないし。」

(おい、お前ら俺をバカにしすぎだ。注:作者のツッコミ)

「でも陣華がそう言うなら、後で三井瑠香に話聞いてみるか。」

「うん。」

「ところでさぁ、カッパの着ぐるみってどこで売ってるの?」

「この間、ドンキホーテで売ってるの見た。」

「じゃあ、ドンキ行ってみるか。」

「うん。」

 二人はドンキでカッパの着ぐるみ、歯ブラシ、3日分の服、下着、陣華のド派手化粧グッズを買って三井瑠香の家へ向かった。

 《ピンポーン》

「はい、どちら様でしょうか。」

インターホン越しに瑠香が応えた。

「あっ、私お隣の須磨さんの友人で、今朝須磨さんがお亡くなりになった件でちょっとお話をうかがいたくて・・・。」

「あっ、でも今来客中なので・・・。」

瑠香がそう応えると、

「うちならかまへんで。」

インターホン越しでも流川たちに聞こえるほど大きな声で、瑠香の友人、古瀬(ふるせ)亜由(あゆ)が遮った。

(関西弁?それにしてもでかい声だ。)

流川はそう思った。

「聞こえました? 今出ますのでお待ちください。」

「あっ、はい。」

《ガチャ》

瑠香が出てきた。

「今朝はどうも。」

陣華は感じ悪く言った。

「あ~、今朝須磨さんの部屋にいらした・・・。二人ともどうぞお上がりください。」

流川と陣華は瑠香にそう言われ、部屋に入った。すると、中で待ち受けていた古瀬亜由が、

「久しぶりやな、陣華ちゃん。」

と言って陣華を出迎えた。

「何、知り合い?」

流川がそう尋ねると、陣華は、

「知り合いやけど、友達やないで。」

と答えた。

(まずい。陣華が関西弁をしゃべっている。おそらく関西弁のときの陣華は感じ悪い方の陣華だ。そうか。こいつ二重人格だったのか。)

「亜由、お前何しに東京へ来たんや。」

「つれないこと言わんといて、陣華ちゃん。あんたに会いに来たにきまっとるやないか。」

「アホ。うちはあんたと離れるために東京へ来たんや。」

(えっ、俺を探すために東京へ来たって言ってたじゃん。)

「亜由、もううちにつきまとわんといて。」

 説明しよう。陣華と亜由は幼稚園から大学までずっと一緒。陣華は亜由に付きまとわれるのが嫌で私立中学を受験し、私立の中学校へ通ったが、どういうわけか亜由が教室にいる。どこで聞きつけたかは分からないが、亜由は陣華の受験校を知り、後を追ってきたのである。そして、その私立中学は中高一貫校で、自動的に高等部へ進めるが、高校生活を亜由と共にしたくない陣華はこっそり公立高校を受験した。しかし、また入学式で亜由と出くわす。そこで陣華は策を練った。周囲には東京の大学を受験すると言い回り、実際には大阪の大学を受験したのであるが、これまたどこで知ったか亜由が同じ大学に在籍しているのである。つまり、亜由は陣華のいわゆるストーカーである。

「あのさぁ、陣華。」

流川は陣華と亜由がどういう関係なのか聞こうとした。

「うっさい。あんたは黙っとき。」

陣華はキレ始めた。

(こぇ~。でもここで怯んだら、一生陣華の奴隷にされそうな気がする。)

「二人はどういう関係なの。」

流川は勇気を振り絞って陣華に尋ねた。

陣華はしぶしぶ以上の経緯を話した。

(この亜由とかいう奴の情報収集力は使える。)

と流川は思った。どうやって仲間に引き込もうか流川は考えていた。もしかしたら・・・。一か八か賭けてみよう。

「ねぇ、古瀬さん。あなた陣華のマンションに不法侵入しましたよね。証拠はあります(本当はない)。警察に届けてもいいのですが、そうなるとしばらく陣華に会えなくなりますよ。」

流川は鎌を掛けてみた。

「亜由、お前やったんか。」

陣華はすごい形相で亜由を睨みつけた。

「堪忍や、陣華ちゃん。うち陣華ちゃん家つきとめて、うれしゅうて、うれしゅうてつい・・・。」

(よし、俺の勘が当たった。あとは弱みにつけ込んで・・・。)

「お前、警察に突き出したるわ。」

陣華は相当怒っている。

「陣華、警察なんてろくな人間じゃない。今朝の取り調べで分かっただろ。あそこに古瀬さんを突き出すのはかわいそう過ぎる。そこで、物は相談なんだけど・・・。」

流川は話をいったん切り、続きのことばを陣華に耳打ちした。陣華は流川の提案に同意した。

「古瀬さん、さっきインターホン越しに聞かれたかと思いますが、今朝、陣華の親友が亡くなりました。今のところ警察は自殺とも他殺とも判断できないとしていますが、我々は何者かが殺害したと思っています。今朝、警察は陣華を疑って犯人扱いしました。僕は陣華の疑いを晴らすために動いています。そこで、不法侵入のことは不問にしますから、我々に力を貸していただけませんか。」

「そんなん当然OKに決まっとるやんか。陣華ちゃんが人殺すはずないやろ。うち陣華ちゃんの為ならなんでもするで。」

「じゃあ、早速ですが、中・高・大とどうやって陣華の受験校を知ったのかということと、今日どうやってあのセキュリティーのかたいマンションに侵入できたのか教えていただけますか。」

「そんなん、陣華ちゃんの友達が死んだのと関係ないやんか。」

流川は陣華に眴せした。

「教えんやったら、警察いこか。」

「わかったわ。まず陣華ちゃん家に忍び込むことができた件やけど、それはここにおる瑠香のおかげや。陣華ちゃんが里緒奈って子と仲良うしてんの知って、里緒奈って子追跡しているうちに、あの子が陣華ちゃん家の合鍵持ってるってわかったんや。初めは里緒奈って子に近づこうとしたんやけど、あの子ガードがかたくて隙見せへんねん。ほんで、里緒奈って子の部屋の隣にこの瑠香が引っ越してきたと知って、ターゲットを変えたんや。瑠香のほうは、叩けばたくさん埃が出てきたで。男に貢ぐために会社の金横領したり、すぐそこのコンビニで万引きしたり・・・。ほんでお隣ってことで、里緒奈って子の部屋に挨拶に行かせて、茶入れとるうちに鍵の型とってこさせたんや。このマンションの鍵はみんな一緒やから、それ以外すべてとってこいってな。」

(そんな簡単なカラクリだったか。セキュリティが堅くても、結構危険なんだな。)

「アホ。亜由それ恐喝いう立派な犯罪やで。悪さしてもかまへんけど、していいことと悪いことくらいわかれや。」

(いつも悪さしてた陣華が言うと説得力があるな。っていうより陣華ん家に勝手に入ったのも犯罪だろ。いや、それよりも、陣華は小・中学生のとき、してはいけないことを俺にしていたような気がするのだが・・・。)

「陣華ちゃんがうちに振り向いてくれるんやったらいつでもやめるで。」

「まあ、考えとくわ。うち、ここにおる麗人と結婚するんやけど、式には呼んだってもええで。」

陣華がそういうと、亜由は麗人を睨みつけた。

(なんか陣華と同様にこいつもこわいな。)

「冗談だ。安心しろ。結婚なんかしない。」

流川がそう言うと、陣華は、

「冗談じゃないよ。陣華は本気だよ。だって麗人のお母さんに麗人と結婚して、うちの子になりなさいって言われたもん。」

(だから、それが冗談だって言ってんだよ。)

「あ~っ、陣華ちゃん東京弁しゃべっとる。やっぱ本当なんや。」

亜由は目に涙を浮かべている。

(ああ、面倒くさいことになってきた。陣華の受験校のこと聞きたかったが、うっとうしいから、この二人は無視しておこう。)

 「ところで、三井さん。」

「はい。」

「我々がここへ来たのは、あなたにお話を伺うためです。古瀬さんは偶然居合わせただけで・・・。」

「ええ。」

「でも、おかげで貴重な情報が得られました。横領や万引きのことを会社や警察に告発するようなことはしません。ですから、今朝のことを正直に話していただけませんか。警察が言っていたあなたの証言にはいくつか納得できない点がありますので・・・。」

「わかりました。」

「では、まず、あなたが駐車違反で警察に出頭した時間ですが、今朝3時から4時半の間で間違いないですか。」

「それが、よく覚えていないんです。違反切符に捺印したときは、伊古瀬さんっていう刑事の方が、時計を見せて、3時35分ですといって違反切符に時間を書いていたのですが、私、時計を持っていませんでしたし、警察署には時計がありませんでしたし、なにより酔っていましたし・・・。」

(警察署に時計がないって言うのもおかしいし、交通課の刑事でもない伊古瀬が違反切符を切るのもおかしい。)

「酔っていたのに、車を運転して出頭されたんですか。」

「いえ、運転していたのはホストです。そもそも駐車違反をしたのは彼なんです。彼はその日出勤していなかったのですが、私、彼の店で飲んでいて、そうしたら彼から代わりに警察に出頭して来いと電話があって・・・。」

(こいつ古瀬亜由が言うようにどうしようもない女だ。いくらでも弱味につけ込まれそうだ。)

「三井さんが警察に出頭したとき、彼は何をしていたんですか。」

「車の中で待っていました。駐禁のわっかをはずしてもらうときに、伊古瀬さんという刑事と車に行ったら、彼、寝ていました。」

(出頭させたのがそのホストってことになると、伊古瀬と口裏を合わせてその時間だったと思い込ませているのかもしれないな。)

「三井さんは時計以外に時間を確認できるもの、たとえば、携帯電話とか持っていなかったんですか。」

「携帯は車の中に置きっぱなしでした。彼に言われるまで気づきませんでした。」

(伊古瀬とそのホストがつながっているか確認したいが、どうするか・・・。おいおい考えるか。)

「伊古瀬って刑事は、ホストに名前を名乗りましたか。」

「いいえ、彼寝ぼけていたし、どーもとくらいしか会話していません。」

「三井さんは、そのホストのことが好きなの。」

「よくわかりません。彼、初めのうちはすごくやさしくて、困っていたら助けてくれたし、落ち込んでいたら慰めてくれたし・・・。そのときは彼のためなら何でもしようと思って会社のお金を横領したんですけど、彼、そのことを知ると急に私に命令するようになって、断ると横領のことバラすって脅すようになって・・・。」

(こいつ、どうしようもないっていうより、かわいそうな女だな。しょうがないから、助けてやるか。)

「横領のことは僕が何とかしてもいいですよ。まあ万引きの件は現行犯が原則ですから心配ないと思います。ただ、彼を敵にまわすことになると思いますが、彼を裏切って我々に協力する覚悟はありますか。」

「できるんですか?横領のこと何とかするなんて・・・。」

「おそらく。」

「でも、もし彼が警察か会社に言ったら・・・。」

「彼だけでなく、我々にも横領のことは知られてしまっているんです。彼のことが好きだというのなら別ですけど、そうでないなら、我々の側につくほうが得だと思いますよ。」

「わかりました。」

「では、横領が絶対にバレないように手を打ちましょう。横領の手口、額などできるだけ詳しく教えてもらえますか。」

「額は300万円くらいだと思います。」

「使い道は。」

「ホストクラブに通うのと、さっき話した彼の売上補填と彼へのプレゼントでほとんど使いました。」

「なぜそのお金が横領したお金だと彼に気づかれたんですか。」

「お前普通のOLなのにずいぶん金持ってるなって言われて・・・。追及されているうちにバレちゃって・・・。」

「じゃあ、その300万円は今後、もし追及されたら、実はそこに居る古瀬亜由さんから借りたことにしてください。」

「はぁ、何でうちやねん。だいたいうち、300万も持ってへんで。」

「あなたは陣華に頼んで用意してもらったと言えばいい。ずっと同級生だった二人なら接点があってもおかしくない。しかも陣華ん家はお金持ちだから300万円くらい雀の涙だ。」

「なんでうちを横領事件に巻き込むんや。そんなん知らんで。」

あいかわらず陣華は関西弁だ。

「陣華ならパパに300万円欲しいんだけどぉ~とか言えば、パパが用意してくれるだろ。金の出所としては自然だ。」

「知るか、アホ。」

陣華はあいかわらずご機嫌斜めだ。

「なあ、陣華。この事件が片づいたら、二人の将来のこと落ち着いて話そうぜ。」

「本当に。じゃあ協力する。」

(よかった。標準語に戻った。でもやばいこと言っちゃたな。)

流川がそう思っていると、背後に殺気を感じた。振り向くと古瀬亜由が流川の首を絞めようとしていた。

「陣華、こいつどうする。非協力的だから不法侵入で警察に売るか。」

「せやったら、うちも瑠香を横領で警察に売るで。」

「亜由、友達になったるから、協力してや。」

陣華がそう言うと、

「うん。陣華ちゃんの言う通りにする。」

と亜由は応えた。

(今度は古瀬亜由が標準語をしゃべったぞ。でもまあ何とか納まりそうだ。)

「じゃあ、話の続きだけど、金の出所はそれでいいとして、次は横領の証拠消しですが、三井さん、横領の手口を詳しく教えてもらえますか。」

「はい。私、輸入高級家具の販売店に勤めているんですけど、うちの家具って販売価格が一定じゃなくて、従業員価格と同額までの値引きが認められているんです。従業員価格はだいたい定価の半額ですから、定価が30万円の商品の場合、15万円程度になります。高額の商品を定価で、しかも現金で買ったお客さんの売上をいったん削除して、従業員価格で売上を立て直せば、差額を着服できます。そうやって何件もそれを繰り返して・・・。」

「ということは、売上の削除の証拠を消せば何とかなるか。いや、客に渡った領収書の金額もなんとかしないとならないのか・・・。」

流川は独り言のように呟いた。

「この手口を例のホストは知っているんですか。」

「いえ、話していないので知らないはずです。」

「会社は紙ベースで売上伝票を保存していますか。」

「いえ、お客さんに渡すものをプリントアウトするだけです。」

「じゃあ、これからお宅の会社のコンピュータに侵入して売上削除の証拠を消します。問題は客の持っている領収書ですね。保証期間内の修理って結構ありますか。」

「いえ、ほとんどありません。」

「メンバーカードとかがあって、どこの誰に売ったという情報は会社にあったりしますか。」

「いえ、ありません。」

(こいつの手口は、客が領収書を持って返品、修理に来たら一発でバレる。バレなかったということは、これまでに一軒もなかったということか。まあ家電製品と違って修理は来ないだろうけど返品にきたらピンチだ。)

「陣華。パパに頼んでほしいことがある。この子が横領に使った家具と同じものをすべて定価で買い取ってもらってほしいんだけど。そうすれば、あとはコンピュータに侵入して今日の売上金額をこの子の横領した日の売上にまわして、今日の売上を値引きしたというように売上記録を改ざんすれば帳尻が合う。」

「頼めるわけないじゃん。だいたいそんな家具どうするんだって言われるよ。」

「婚礼の家具だって言え。いずれ俺もお父さんに挨拶に行かないとな。」

「わかった。パパに頼んでみる。」

(陣華も扱いやすくなったな。でも、追い詰められたらどうするか。結婚するしかないか。)

しかし、陣華の父親は二つ返事で訳も聞かずOKした。

「パパ、早くしないと銀行閉まっちゃう。急いでお金送って。」

「わかった、わかった。」

こうして、夕方までにコンピュータの処理も含めてすべてが片づいた。

 「さあ、これであなたの横領の証拠はすべて消えました。警察や会社に追及されても白を切り通せば大丈夫です。」

「ありがとうございます。」

三井瑠香は目に涙を浮かべて流川に礼を言った。

「あとは、友達に借りたのに、なぜ横領したと嘘をついたのかを例のホストにどう説明するかですが、〈私、あなたを試したの。私があなたのためにそこまでしたらあなたがどうするか。でもあなたは私の弱味につけ込んで私を脅した。最低。もう二度と私の前に現れないで〉とでも言って縁を切ってきてください。」

「わかりました。」

「ああ、肝心なことを忘れていました。そのホストは伊古瀬の名を知らないはずでしたよね。」

「はい。」

「じゃあ、〈そういえば、駐禁のわっか外しに来た警察の人何ていう人だっけ〉と聞いてみてください。僕の勘が正しければ、伊古瀬の名が彼の口から出てくるはずです。」

「あの、ここまでしていただいて身勝手なお願いなんですが、彼と会うとき一緒に来ていただけませんか。」

流川は正直どうするか迷った。というのは伊古瀬と繋がっている可能性のあるそのホストに自分の顔を知られれば、今後動きにくくなると考えたからである。

(どうせいずれバレるだろうし、まあいいか。)

「わかりました。いつそのホストと会いますか。」

「彼、今晩8時に出勤なので、その前なら会えると思います。」

「じゃあ、彼に連絡して7時に会う約束をとりつけてください。」

「わかりました。」

三井瑠香はホストに連絡し、ホストクラブのすぐ近くの喫茶店で7時に会う約束をした。今時刻は17時39分である。三井瑠香のマンションから約束の喫茶店までは15分もあれば着く。流川はまだ時間に余裕があるので、三井瑠香に納得のいかない点を尋ねた。

「三井さん7時までまだ時間がありますので、もう数点お話をうかがってもよろしいですか。」

「はい。」

「須磨さんの遺体を発見したとき、なぜ救急車を呼ばず、警察を呼んだのですか。」

「何度かインターホンで呼んだのですが、応答がなくて、何かあると思ってドアを開けたら里緒奈さんが倒れていて・・・。私、気が動転してしまって・・・。それに警察から帰ってきたばかりでしたし・・・。とっさに思いついたのが警察でした。」

「インターホンで何度も呼んだのは間違いないよ。」

陣華が横から口を挟んだ。

「ピンポン、ピンポンうるさくて目が覚めて、ウザイな~って思ったんだけどシカトしてたら、ガチャッってドアが開く音がして、里緒奈が出たんだと思ったら、この子の悲鳴が聞こえて・・・。」

「悲鳴? 何であの里緒奈の姿を見て悲鳴を上げるんだ。」

「何でって、目と口は開いたままだったし、口からは血が流れていたし、ワイングラスが割れて床に飛び散ってたし・・・。」

陣華はそのときの様子を流川に説明した。

「警察はそんなこと俺に一言も言わなかったぞ。血は拭き取ってもルミノール反応が出るだろうし、ワインも死んだ後は消化・吸収されないから検出されるだろうし、警察は善意でそうしたのか? まあ三井さん、あなたの行動に合点がいきました。最後にもう一点だけおうかがいしてよろしいですか。」

「はい。」

「そもそもあなたは、なんでそんな朝早く須磨さんを訪ねたのですか。」

「それは里緒奈って子の家に陣華ちゃんが来ているの知って、うちが行かせたんや。」

今度は古瀬亜由が横から口を挟んだ。

「なるほど。じゃあお前に聞くけど、お前のことだからずっと里緒奈の部屋を見張ってたんだろ。どこで見張ってた。」

「マンションの入口付近や。」

「人の出入りはあったか。」

「時間が時間やしなかったで。」

「里緒奈は昨日俺が帰るとき間違いなく玄関の鍵を閉めた。でも三井さんが訪ねたときは開いていた。陣華も開けてないだろ。」

「うん。開けてないよ。」

「だとすれば、犯人の侵入経路はベランダ側ということになる。さらに犯人はわざわざ鍵を開けて玄関かベランダから逃走したことになる。三井さん、例のホストってあなたの部屋の合鍵持ってたりします。」

「はい、持っています。」

「じゃあ彼ならあなたの部屋のベランダから里緒奈の部屋のベランダに渡れますね。ベランダの窓の鍵が開いていたら簡単に侵入できる。しかも彼は昨日仕事を休んでいる。三井さんのアリバイはそのまま彼のアリバイを立証することになりますが、あなたは時間を確認したわけではない。なんとなく見えてきましたね。そろそろ時間です。彼に会いに行きますか。」

 待ち合わせ場所の喫茶店は駅から歩いて2、3分のところにある。4人は車でそこへ向かい、駅前のコインパーキングに車を止めた。

「じゃあ、俺、三井さんと一緒に行って来るから、陣華と亜由は車の中で待ってて。」

「嫌だよ。陣華も一緒に行く。」

「ええやん。陣華ちゃん二人で懐かしい話でもしようや。」

「そうや、陣華。さっき友達になったる言うたやないか。」

流川は超久しぶりに関西弁をしゃべった。陣華はしぶしぶ承知した。

「じゃあ、行きましょうか。」

「はい。」

 流川と三井瑠香は喫茶店へ向かった。

「そういえば、ホストの名前聞いてなかったですね。」

「RYU。」

「それは源氏名でしょ。本名は?」

(おか)(たけし)。彼、この名前気に入ってないみたいだから。」

「だろうな。」

 二人は19時ちょうどに喫茶店に着いた。岡はまだ来ていないようだ。

「お客様二名様ですか。」

「いや、後からもう一人来るんだけど。」

「かしこまりました。こちらへどうぞ。」

二人は窓側の席に案内された。瑠香は流川の向かいではなく隣に座った。

 3分程して岡がやって来た。

「誰コイツ。」

岡は流川を見て言った。

「新しい彼。あなたとは別れようと思って・・・。」

(何言ってんだこいつ。打ち合わせと違うじゃねぇか。まあとりあえず話を合わせるか。)

「まあ、そういうことなんで・・・。」

流川は岡を小バカにするように言った。

「瑠香。いいのか、俺はお前の弱味握ってんだぞ。」

(いやあ、こいつ想像通りの奴だな。期待を裏切らない!)

それから瑠香は流川の筋書き通りの台詞を岡に突きつけた。横領のことはごまかせたし、伊古瀬との繋がりも確認できた。ただ瑠香と別れることには納得がいかないようだ。

「お前さ、ホストなんだから金づる女はたくさん居るんだろ。一人くらいどうってことないじゃん。しけたかおすんなよ。」

流川は挑戦的に言った。

「瑠香、こんな奴のどこがいいんだよ。」

(お前そんなこと言うか。性格は間違いなくお前よりいい。顔だって俺のほうがいいんじゃないか。俺、お前みたいにしけたかおしてないし・・・。)

「彼、世界一優しい。女の弱みにつけ込むあんたとは大違い。それに顔だってあんたの100倍かっこいい。あんた不細工だからもうホスト辞めたほうがいいんじゃないの。」

(よく言った、瑠香。)

この瑠香のことばが岡にとどめをさし、岡は引き下がった。

 岡はそのまま仕事へ向かい、流川と瑠香は喫茶店に残り話していた。

「俺が彼氏役やるなんて打ち合わせになかったじゃんか。」

「私の願望。麗人が彼氏だったらいいなって思って。」

(おい、いきなり呼び捨てかよ。助けてやった俺に恩を感じてるのかね~。)

「今朝死んだ里緒奈は俺の彼女だった。陣華にも言ったけど、しばらくはそんな気になれない。」

「今日の皆さんの様子をうかがっていて、里緒奈さんが流川さんの彼女だってわかっていました。」

(おい、今度は流川さんかよ。)

「だから私の願望だって言ったでしょ。本当にいろいろとありがとうございました。」

「これからどうする。俺らの犯人探しに付き合うか。」

「本当ですか。是非協力させてください。」

こうして三井瑠香は正式に流川たちの仲間になった。

 車に戻ると陣華は眠っていた。

(まあ今日はいろいろあったし、疲れてるんだな。)

亜由はその眠っている陣華にいたずらしようとしていた。

(こいつもあいかわらずだな。)

車のドアを開けると、亜由はビックリして、

「うち、なんもしてへんで。」

と言った。

「帰るぞ。」

流川もいろいろあって疲れていた。伊古瀬と岡が繋がっていることがわかった今、瑠香をマンションに帰すのは危険だと思った流川は、

「亜由、お前どこに住んでるんだ。瑠香さんを泊めてあげてほしいんだけど・・・。」

と亜由に頼んだ。

「うち、東京では家なき子や。インターネットカフェとか健康ランドで仮眠しとる。」

「そうか。じゃあ、今日は3人ともうちに泊めるか。」

流川のこの言葉で陣華は目を覚まし、

「ダメ、今日は私と麗人の新婚初夜なんだから、二人とも邪魔しないで。」

(やばい。いろいろ言ったからこいつすっかりその気でいる。今日は何が何でもお二人にお泊りいただかないと・・・。)

「でも、例のホストは瑠香さんの部屋の合鍵持っているわけだし、伊古瀬と繋がっていることがわかったから、部屋に帰るのは危険だと思うし・・・。」

流川の言葉は歯切れが悪かった。

「じゃあ、安全な場所があればいいんでしょ。」

陣華は安全な場所に心当たりがありそうだ。

「今からホテルとるのも大変だし、亜由はともかく、瑠香さんはインターネットカフェってわけにはいかないだろ。」

「私のマンションがあるでしょ。侵入したのは亜由だったわけだし、あそこなら伊古瀬やそのホストは侵入できないでしょ。」

(そうだった。陣華のマンションに侵入したのは、伊古瀬たちじゃなかったんだ。どうするか。)

「私、今から管理人さんに電話して警察が家宅捜索に来たか聞いてみるから、もし来てなかったら、二人にはあそこに泊まってもらお。明日、今日買った家具も届くことになってるしちょうどいいじゃん。」

(やばい。打つ手がない、どうしよう。)

「亜由、陣華と一緒にうちに泊まるほうがいいよな。」

「いや、うちは陣華ちゃんの香りがする陣華ちゃんの部屋のベッドで寝るほうがええ。」

(こいつ女のクセにド変態だ。もう観念するしかないか。)

仕方なく流川は二人を陣華のマンションで降ろし、陣華を連れて家へ帰った。

「ただいま。」

「おかえり、麗人。ずいぶん遅かったのね。」

「うん。いろいろあって・・・。今日はもう疲れたから明日話すわ。あっ母さん、陣華に部屋を用意してあげて。」

「あっ、結構ですお母様。私、麗人と一緒に寝ますから。まだ結婚前ですが、今日麗人に正式にプロポーズされましたので・・・。」

(え~っ、あれってプロポーズなの?)

「あら、そうなの麗人。おめでとう、母さんうれしいわ。」

(里緒奈とつき合うことになって、その翌日に里緒奈が死んで、さらに里緒奈が死んだその日に婚約? 俺の人生どうなってしまうのだろう。)

 陣華は疲れていたらしく、風呂から上がると例のカッパの着ぐるみを着て、

「麗人早くお風呂入ってきて。一緒に寝よ。」

とかいっているうちに一人でさっさと寝てしまった。

 結局、流川はリビングのソファーで寝る羽目になった。



   極道(ヤクザ)


 翌日、伊古瀬から流川に連絡が入った。

「昨日の件ですが、遺体を解剖し、厳正に判断を重ねた結果、我々警察は自殺と断定しました。」

流川の予想通り警察は自殺で片づけたいとみえる。

(何が厳正に判断を重ねた結果だバカ。こっちは厳正に判断を重ねた結果、他殺という結論に至ってるんだ。)

「なぜ自殺か他殺か判断できなかったか。自殺と判断した決め手は何なのか教えてもらえますか。」

流川は冷静に尋ねた。

「テーブルにはワインボトルが封を切って置かれており、遺体発見時にワイングラスは割れてワインが床にこぼれていました。」

(それは、お前らじゃなく、陣華と瑠香から聞いたよ。)

「おそらくそのワインに薬毒物を混入して飲まれたのだと思うのですが、ワインボトルからもワイングラスからも須磨さんの指紋しか検出されませんでしたので、自殺と判断しました。何者かが混入させた場合、須磨さんは抵抗すると思われます。気づかれないようにこっそり混入させるとしたら、それをできたのは伊瑠和さんだけですが、毒薬物を保管して持ち歩いた痕跡が伊瑠和さんには見当たりませんので・・・。」

(それくらいのことなら昨日の時点でわかるだろ。わざわざ遺体を解剖した成果とは思えない。)

「それくらいのことなら昨日の時点でわかっていたのではないですか。それにボトルに須磨さんの指紋だけっておかしくないですか。買うときに店員さんの指紋とかがつくんじゃないんですか。」

「ええ、わかっていたのですが、薬毒物の種類を特定したくて解剖に回しました。毒薬物はトリカブトの毒でした。」

(トリカブトってサスペンスドラマでよく出てくるやつか。後で調べてみないと。)

「ボトルの指紋に関しては、昨夜0時20分ごろ近くのスーパーでワインを購入したことがわかっているのですが、店員さんが棚からワインを取り出し、渡す前に埃を拭き取ったそうで、須磨さんがそのまま袋に入れず裸で持っていかれたそうです。」

(昨日、里緒奈と別れたのは0時ちょっと前だ。あそこから歩いて20分程度でいけるスーパーはないぞ。バスはその時間にもうないだろうし、酒を飲んでいたから車を運転するはずもない。おかしい。)

もはや流川は伊古瀬をまったく信用していない。聞いてもしようがないだろうと思い、別のことを尋ねた。

「そうですか。最後に一つだけいいですか。」

「どうぞ。」

「そのワインって高価なものですか。」

(まあ、スーパーじゃたいした物はないだろうが、一応聞いてみるか。)

「いえ、チリ産の1000円程度のものです。」

「そうですか。」

(やっぱり。死ぬ前に高価なものをというなら頷けるが、わざわざ安物のワイン買いに行くのはおかしい。)

「ところで、遺体の件なんですが・・・。」

流川の予想通りだ。

「うちで引き取りますよ。」

流川は里緒奈が無縁仏になってはかわいそうだと思い、予めこの件は母親に話してあった。

流川は伊古瀬からの電話を推理を巡らした。

(一番の問題はなぜ里緒奈が殺されなければならなかったかだ。あの里緒奈に限って人に怨まれるようなことは絶対にない。江口商事はちっぽけな会社だ。そこの経理が殺されるような秘密を業務上知り得るとは考えにくい。プライベートで何か殺されなければならないほどの秘密を知ったのだろうか。俺は里緒奈のプライベートをまったく知らない。くそっ、これからってときに・・・。)

流川の目には涙が滲んできた。

(伊古瀬は間違いなくこの事件に咬んでいる。岡というホストも伊古瀬と繋がっているようだから多かれ少なかれ咬んでいるだろう。陣華を取り調べていた刑事も陣華を犯人扱いしたくらいだから、この事件に咬んでいる。問題はこの二人だけが咬んでいるのかそれとも、あの警察署全体がかかわっているかだ。いずれにせよ里緒奈は伊古瀬たちの秘密を知ってしまったのだろう。しかし、里緒奈が殺されるほどの秘密を知ってしまったのなら、一昨日俺に話すはずだ。ということは無意識のうちに何かを知り、そしてそれが殺されるほどの秘密であることを里緒奈は知らなかったんだ。考えられるのは偶然何かを拾ってしまった。あるいは無意識のうちに何かを目撃してしまった。それくらいだろうか。陣華の言っていた、里緒奈が机に向かって書いていたもの、それが手に入れば・・・。くそっ、とにかくいろいろ調べてみるしかない。)

 流川がこんなことを考えていると、陣華が起きてきた。

「おはよ、麗人。」

「おはようっていうのは、昼前に使う言葉だ。今何時だと思ってるんだ。」

「だって、麗人がお目覚めのチューしてくれないから、お姫様は目を覚まさなかったんだよ。」

「はぁ? バカなこと言ってないで行くぞ。準備しろ。」

「行くってどこへ。」

「お前のマンションに決まってるだろ。」

「あっ、そうか。婚礼の家具が届くんだった。」

(こいつまだそんなこと言うか。)

「あら、陣華ちゃんおはよう。昨日は大変だったわね。麗人から聞いたわよ。そのカッパさんかわいいわね。」

「でしょ、お母様。昨日麗人に買ってもらったんですぅ~。」

(この二人気が合うな。このまま二人を置いて放浪の旅にでも出ようかな。)

「母さん、俺ら出かけなくちゃなんないんだけど。」

「じゃあ、お昼作ったから食べていきなさい。」

「わかった。あっ、母さん葬儀屋の手配しておいてくれない。」

「もうしてあるわよ。明日が通夜で、明後日が告別式だって。」

「ありがとう。さすが母さん。」

「はい、はい。じゃあ食事にしましょう。」

 三人は食卓に着いた。

「陣華ちゃん遠慮しないでたくさん食べてね。」

「はい、いただきます。」

陣華はテーブル中央のきんぴらごぼうに手を伸ばした。

「お母様、このきんぴらごぼうすごくおいしいです。今度作り方教えてください。麗人にはお袋の味が一番だろうから。」

「いいわよ。こんな素敵な子、麗人にはもったいないわね。」

「とんでもないですぅ~、お母様。」

(話がどんどん進んでいく。こいつら、非常に短い間だったけど、俺と里緒奈が付きあってたこと忘れてんじゃねぇだろうな。あっ、そうか。陣華と里緒奈は合鍵を渡すほどの仲だ。ということは俺の知らない里緒奈のプライベートを、陣華はよく知っているはずだ。さらにその陣華には亜由というストーカーがいた。亜由も里緒奈についての情報を持っているはずだ。よし、道が拓けてきたぞ。)

「陣華、里緒奈っていつも仕事が終わった後どうしてた。」

「どうしてたって、お互い一人で食事するの寂しいからって、たいていうちか里緒奈ん家で夕食食べて、そのあとレンタルショップでDVD借りてきて映画観たりして時間つぶして、泊まることもあれば、お互い家に帰ることもあった。」

「BAR・Kに行った日は里緒奈の家に泊まっただろ。その前の日は?」

「うちで食事して、里緒奈は9時半頃帰った。」

「決まって二人が会わない曜日とかはあった?」

「火曜日。里緒奈、火曜日はピアノのレッスンがあるって。それ以外はほとんど会ってたよ。」

「そっか。里緒奈ピアノやってたんだ。おっ、もう1時半だ。そろそろ行くか。」

「でも、片づけないと。」

「いいわよ陣華ちゃん、そのままにしておいて。」

「でも・・・。」

「いいって言ってるんだから、そのままにしておけよ。いくぞ。」

「本当にいいのよ、陣華ちゃん。」

「すみません。じゃあ、お言葉に甘えて・・・。よろしくお願いします。」

「はい、行ってらっしゃい。」

 流川と陣華が陣華のマンションに着いたのは、家具を運んできた業者が荷物を部屋の中に運び込もうとしているときだった。2tトラック1台分の量である。陣華の部屋は1LDKだが、ホテルのスウィートルーム並みに広い。リビング30畳、ダイニング10畳、キッチン6畳、ベッドルーム20畳、それでもこの家具の量は多い。食器棚、サイドボード、チェスト、ソファー、ベッドなど合わせて15点。とりあえず業者にはリビングにまとめて置いてもらい、配置等は後で考えることにした。

部屋を見るなり流川は思った。

(都内にこんなマンションあったんだね~。いくらするんだ。数十億ってところか。部屋の中に螺旋階段まであるぞ。)

「陣華、この螺旋階段上っていくと何があるんだよ。」

「何もないよ。」

「何もないのにわざわざ階段付けねえだろ。」

「ただ床が広がってるだけ。」

「上っていい。」

「いいよ。」

上っていくと、そこには畳70畳ほどのフローリングがあり、そのちょうど中央に螺旋階段の下り口がある。

(何なんだこの部屋は。キャッチボールでもするために作ったのか。金持ちの考えることはわからん。)

「何に使うんだこの部屋。」

「使ってない。里緒奈も初めてここに来たとき同じこと言ってたよ。」

(無駄なスペースってわけか。)

「亜由も瑠香さんも、昨日ここへきて驚いたでしょ。」

「うちは前にも来とるから、知っとたで。でも瑠香は驚いとったな。」

「そりゃあ普通驚くでしょ。でもうちの家具をこれだけの数あっさり買ってしまうくらいですから、相当なお金持ちだとは思っていましたけど・・・。陣華さん本当にありがとうございました。」

「気にすることないよ。どうせパパのお金だし。それより、瑠香さんどうするの。鍵替えるの、それとも引っ越すの。」

「岡に家を知られているので引っ越そうと思います。」

「じゃあ部屋が見つかるまでここに居ていいよ。私はずっと麗人の家に居るから。亜由も泊まるとこないならここに居ていいよ。」

「ありがとうございます。」

「おおきに。」

(俺はずっと居ていいって言ってねぇよ。しばらくとは言ったけど、警察は自殺と断定したわけだし、もうお引取りいただきたいのですが。)

「陣華。警察は自殺と断定したわけだから、もう連れて行かれることもないだろう。だからここへ帰ってきてもいいぞ。」

「ああ、それはもう関係ないの。お母様がずっと居なさいっておっしゃるから。」

「あっそ。」

(くそっ、俺は自分のベッドで熟睡してぇよ。)

「そんなことより、亜由。調べてほしいことがあるんだけど。」

「何を調べてほしいんや。」

「昨日、瑠香さんが別れてきたホストが刑事の伊古瀬という奴に弱みを握られていなかったかを何とか調べられないか。」

「いつまでにや。」

「早ければ早いほどいい。俺と瑠香さんは岡に面が割れているから、動けるのは陣華と亜由の二人。でも陣華は伊古瀬に面が割れている。昨日、伊古瀬と岡が繋がっていることがわかったわけだから、俺のことは伊古瀬に伝わっている可能性がある。そうなると陣華も当然・・・。だから動けるのはお前だけなんだ。」

「わかった。早速今晩から動くわ。ところで陣華ちゃん。うち男嫌やねんけど、しゃあないからホストクラブ行ってくるわ。せやから、金貸してくれへん。」

「わかった。ねえ瑠香さん。ホストクラブ行くのにどれくらい用意すればいいの。」

「遊び方にもよるけど、派手にやらなければ数万円もあれば足りるわ。」

「ほら。」

陣華は亜由に10万円渡した。

「おおきに、陣華ちゃん。」

(亜由は適任だ。男に興味がないから、ホストクラブでバカみたいに金使うこともないだろうし、それにコイツの情報収集力ならすぐにネタをつかんできてくれるだろう。)

「よろしく頼むな、亜由。期待してるぞ。」

「まかしとき。」

「ああ、それと亜由に聞きたいことがあったんだ。」

「なんやねん。」

「昨日、里緒奈の弱みを握ろうとして追跡してたことがあるって言ってたよな。」

「ああ、しとったで。」

「そのとき、里緒奈が何かを拾ったり、誰かと接触したり、何かを目撃したりするのを見なかったか。あのとき里緒奈の部屋には、陣華も居たのに、殺されたのは里緒奈だけだ。だから、里緒奈が一人でいたときの行動を知りたい。」

「う~ん、そないなこといわれてもな・・・。あっ、一つだけあったで。交通事故で人だかりができとったんやけど、里緒奈ちゃんはチラッと様子を見ただけで進んでいったんや。ほんで、その交通事故現場の交差点を左に曲がったコインパーキングの入り口に紙袋が落ちとった。里緒奈ちゃん、それを拾って交番に届けてたわ。」

「その紙袋の中身はわかるか。」

「全部はわからんけど、財布と茶封筒が入っとたのはわかったわ。財布は里緒奈ちゃんが取り出して中身見て持ち主確認しとったし、茶封筒は交番で中身確認しとったときはっきり見えたからな。封筒の中身まではわからんかった。あとはよう見えんかった。

「里緒奈が紙袋を拾う前にあった事故ってどんな事故だったかわかるか。」

「わかるわけないやろ。里緒奈ちゃんの尾行で精一杯やったわ。」

「じゃあ、それいつのことだかわかるか。」

「よう覚えとらん。ただ、あの日は里緒奈ちゃん、交番を出て、そのまま自分ん家帰って、それから陣華ちゃんが家に来はって、その後二人して陣華ちゃん家に行きよった。」

「それなら3月14日だ

陣華が会話に割って入ってきた。

「何でその日が3月14日だってわかるんだよ。」

「その日は里緒奈の誕生日だから。私ん家にサプライズが用意してあって、里緒奈には、誕生日の日は里緒奈ん家行くねって言っておいて、その後私ん家に連れ出したんだ。」

「なるほど。陣華、ちょっとパソコン貸してくれ。」

「いいけど、何に使うの。」

「警視庁のホームページか新聞記事探索で3月14日のその事故のことを調べる。」

「何でそんなの調べんの。」

「里緒奈の拾った落し物とその交通事故、関連があるかどうか知りたい。」

「ないでしょ。」

「なんでないって言い切れる。」

「なんとなく。」

「じゃあなんとなく関係ありそうとも言えるだろ。可能性がゼロでない限り調べてみないと・・・。」

「麗人さんって恋人を亡くされたのに、前向きですね。」

瑠香が流川を切ない目で見つめてそう言った。陣華はよからぬ気配を感じていた。

「アンタ、いつから麗人を名字じゃなく名前で呼ぶようになったんだよ。」

陣華は喧嘩腰に言った。

「昨日ホストの岡と別れに行ったとき、麗人さんに仲間にならないかって言われて・・・。仲間だったら名前で呼んだって構わないでしょ。」

瑠香も挑戦的だ。

(やばい。バトルが始まる。)

「二人とも静かにしてくれ。呼び方なんてどうだっていいだろ。」

「ごめんなさい。」

瑠香は素直に謝った。しかし、陣華は、

「よくないでしょ。麗人は私の旦那になるんだよ。普通、人の旦那ファーストネームで呼ばないでしょ。麗人だって私が他の男にファーストネームで呼ばれたら嫌でしょ。」

「いや、別に構わないけど。」

「亜由ゥ~。麗人がいじめるゥ~。」

(いつから陣華はこんなキャラになったんだ。)

「せやから、いつもうちが言っとるやないか。男なんてろくなもんやない。女で手打っとき。」

「本当にちょっと静かにしてくれ。」

流川は真剣になった。3月14日の事故の情報が見つかったからだ。事故はダンプが歩行者を下敷きにしたもので、被害者は即死。亡くなったのは暴力団構成員、(いま)(しお)哲也(てつや)(38歳)。事故原因は歩行者の急な飛び出しとある。

「死んだのはヤクザ屋さんかぁ。亜由。事故のあった通りって相当大きな通りで交通量も相当多いよな。そのときはどうだった。」

「ブンブン走っとたで。」

「その通りに飛び出すとしたら相当度胸がいるよな。」

「自殺でもする気なら別やけど、そんなアホおらんやろ。」

「だよなぁ。じゃあこの今潮って奴は誰かに追われていた可能性が高いな。しかも逃げてきたとしたら、その方向は里緒奈が紙袋を拾ったコインパーキングがある方向だ。くさいな。プンプンにおう。」

「ほんまか。すまん。すまん。屁こいてしもうた。」

「亜由。そっちのにおうじゃないんだけど・・・。」

「えっ。」

陣華と瑠香は笑っている。

(お二人さん。ご機嫌が直ってなによりです。)

「交番へ行って里緒奈が拾った紙袋の持ち主を知りたいが、個人情報だから教えてくれないだろうな。俺の勘が正しければ、その紙袋の持ち主は今潮哲也なんだけど、確認する術がない。」

「ヤクザを動かせばええんや。」

「どうやって。」

「そこに置いて逃走したということは、追ってた奴らの狙いはその紙袋やろ。せやったら、今潮からもし自分が死んだらこのことを組に伝えてくれと頼まれてた言えばええんや。そうすればヤクザは動く。ただそれ伝えてくれ言われただけで詳しいことは知らんとでも言えば危ないこともないやろ。」

「その役誰がやるんだよ。」

「なんや、ヤクザにびびっとるんか。」

「陣華ちゃん、やってくれんか。」

「陣華にそんな危ないことやらせられるわけないだろ。」

「なんや、陣華ちゃん。こいつ知らんのか陣華ちゃんが組長の娘やってこと。」

(なにぃ~。資産家のご令嬢じゃなくて、組長さんのご令嬢だったのか。あ~、俺の人生終わった。もう陣華からは逃れられない。)

「ヤクザは嫌いだし、麗人にうちの家業を継がせる気はないから。」

(あたりまえだバカ。ヤクザ屋さんになんかなれるか。)

「でもさっきの件ならパパに頼んであげる。」

 陣華の父親の協力のおかげで、里緒奈が拾った落し物の持ち主が今潮だということがわかった。だが現物は警視庁が保管しているらしく、中身がなんであったかまでは突き止めることができなかった。その落し物を巡ってヤクザが動いたということはただならぬものだという見当はつく。また、里緒奈がそれを見てただならぬものだと気づかなかったということは、覚せい剤や拳銃といった一般的にヤクザが取引するものではなく、書類やUSBメモリーなどの情報・データであろうことも見当がついた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ