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ボクの競馬放浪記

作者: 中尾秀樹

 『競馬放浪記』といえば寺山修司の小説が有名である。ボクも競馬に係るようになり、彼のような小説を書いてみたいと常々思っていた。この小説の中に、女に逃げられた悲しい男の話が出てくるのであるが、実をいうとボクにもこれとよく似た話しがあるのである。

 寺山の小説では女の名前は「美代」(みよ)といい、男はその美代に会いたいがため美代の馬券、3-4(みよ)ばかりを買い続けるのである。しかしそんな馬券は当たるはずもなく男は逃げた美代を思って競馬場の片隅で泣き崩れるのである。哀切極まる小説であったが、ボクの話しは哀切漂う話ではなく、詐欺にあったというお粗末なものである。

 いまから20年ほど前のこと。世の中にこれほど面白い推理ゲームはないと競馬の魅力にすっかり嵌ってしまった頃の話しである。

 その日、ボクは朝五時に起きて京都競馬場へと向かったのである。当然開門はされていないが指定席券を求めるファンがそこには大勢並んでいたのである。ボクは眠い目をこ擦りながら待つこと3時間、初めてこうして指定席券を手に入れることができた。

 競馬のレースというのは、朝の10時から最終の12レースまでほぼ30分間隔で行われる。途中12時から1時間の昼食休憩が入る。

 この日のボクは第一レースから絶好調。眠い目を擦りながら指定席券を手に入れた根性が報われたのか予想はことごとく当たるのであった。その日の午前中だけでかなりの儲けを上げることができ財布はことのほか膨らんだのである。

 12時の昼食ということになり、ボクは6階指定席の隣にある豪華なレストランで食事をすることにした。いつもなら1階のファーストフードであるが、このように儲けた日は豪華レストランも悪くはない。

 中に入ってみるとレストランの内装はシャレており窓からの眺望も素晴らしかった。競馬場全体が青い空の下にくっきりと見渡せたのである。馬主たちはいつもこのような景色を見ながら昼食を食べているのかと思いボクも馬主気分に浸ることができた。

 ステーキなどを食べデザートのコーヒーを飲んでいる時であった。年輩の紳士がボクに近づいてきた。グレーのスーツに濃紺のネクタイをキリッと締めている。人品卑しからぬ風体である。

 「おにいさん。今日の成績はいかがですか?」

 おもむろにボクにそう尋ねてきたのである。

 元来お調子者でなかなか人に嘘をつくようなことができない真正直なボクは委細かまわずベラベラと喋ったのである。

 「いやあー、それがね。今日は開門前から並んだせいか、指定席をゲットしましてね。それで運が良かったのか絶好調なんですよ。予想するレース、レース。ことごとくよく当たるんです。もう笑いが止まりません。いまボクは競馬の神様ではないかと思っています。おかげさまで、午前中だけでしこたま儲けました」

 見ず知らずの人にこんなことを喋るバカは何処にもいないと思うが、ボクはペラペラ喋ってしまったのである。

 「そりゃあ、凄いですねえ。おにいさんは、凄い。しかし、ワシはもうあかんのや。あきまへん」

 おじさんはそういって、ガックリと肩を落としてテーブルの隣に座ったのである。ボクは項垂れて白いテーブルを見つめているおじさんに尋ねた。

 「おじさんは、よっぽど、負けたんですか?」

 「まあ、負けは負けたんですけどな。それだけやありまへんのや・・・・・」

 「それだけでないというと、何かあったんですか。どういう経緯いきさつが」

 ボクはおじさんの身の上が気になってきた。

 「ワシな、女に逃げられたんですわ」

 「なるほど。それと競馬と、なんか関係が?」

 「あります。ワシな、その逃げた女、今でも好きですねん。女の名前は、睦美むつみといいます。睦美はワシと30年連れ添った女なんですわ」

 「じゃあ、奥さんですか」

 「いや、籍は入っておまへん。まあ、同棲っていいますか」

 「その睦美さんと、オジサンの競馬とどういう関係が?」

 「睦美にワシは謝りたいネン。そしてもう一度、一緒に暮らせんもんかなと思ってな」

 「はい、お気の毒なお話で」

 「ワシな、6-3の馬券しか買うてないんです。睦美ムツミやから、6-3です」

 「なるほど、それで競馬ですか。今日は6-3はまったく来ていませんせん。睦美さんの6-3が来ていないから、オジサンもうあかんと云ってるの」

 「そうなんです。こう、6-3来たら、もう一度、睦美と一緒に暮らせるような気がして。その馬券で巻き返したら、もう一度睦美と暮らすアパートの敷金ぐらいにはなるかと思ってな」

 「なるほど、そんな訳が・・・・・。でも、オジサン。見た目は小奇麗にされているようですが。アパート暮しには見えないですよ。一戸建ちぐらいには住んでいるように見えますが」

 「小さな貿易商やってましてん。そやけど、会社、倒産しましてん。家は抵当に入っていて借金のかたに取られました。実はな、睦美が出ていった理由もこれですねん。会社の倒産ですわ。金の切れ目が縁の切れ目と云いますか、30年も連れ添ったのに、会社潰れたくらいどうということもないと思いますけど、女は借金抱えた男には用はないということで・・・・。情けない話ですわ」

 「なるほどね。オジサンが嘆くのも頷けます。でも、薄情な女ですね。30年も一緒に暮らしたのに」

 「しょうがおまへん。ワシ、かいしょなしやから。でもな、ワシ、今でも睦美が好きですねん。そやからもう一度、睦美と暮らしたいと思ってますのや。ところが、思い切って、6-3突っ込んでもぜんぜん来おらへん。すべて、パアーですわ。泣けてきます」

 オジサンはワアワア泣き出したのである。ポケットから皺くちゃのハンカチを取り出すと、涙を拭ったのである。このオジサンが無性に愛おしくなってきた。

 「オジサン。午後のレースの資金、ないのやろ」

 「レースの資金どころか帰りの電車賃もない状態です。十三までどうやって帰ろうかと、思とったところです」

 「オジサンな。ボクは今日は、ツキにツキまくってるんや。おじさんに、1万貸したげる。昼からもう一度、6-3.睦美さんの馬券で勝負してみな。オジサンのチャンスにボクももう一度賭けてみたいんや。だから、6-3、もう一度頑張ってみて。でもな、電車賃だけは、残しといてや」

 「にいちゃん、すまんなあ」

 「かまへん、かまへん。今度、京都競馬場で会ったとき、そのとき1万円返してくれたらいいから」

 ボクは完全にオジサンを応援する気持ちになっていた。

 「にいちゃん、ええんか。ほんまに1万円も使わせてもろて、ほんまにええんか」

 「かまへんで。ええで。おいちゃんの幸せに、ボクも賭けたいんや。今日はしこたま儲かってるさかい、おいちゃんが睦美さんと暮らせるように、ボクも、1万円、突っ込みますワ」

 「おおきに、にいちゃん、ほんまにおおきにやで。有難うな。この1万円は必ず返します。そやから、午後からのムツミ、6-3に賭けますわ。また、睦美と一緒に暮らせるようになるようにな。にちゃん、ほんまに、おおきにな」

 おじさんはそう云ってレストランを出ていったのである。ボクには人助けをしたような清々しい気分に浸っていた。競馬場はドラマがあるなと思った。

 午後からのボクのレースは最悪であった。予想する全てのレースで裏目裏目と出るのであった。午前中の儲けをすべて吐き出してしまった。もう一度おじさんを追っかけて、1万円返してくれと言いたかったが後の祭りであった。でも、おじさんが睦美さんと幸せに暮らしてくれるならそれもいいかなと思った。ただ気になるのは、睦美さんと暮らす資金を調達するなら、6-3の馬券に限らずもっと当たりそうな馬券を選べばよさそうなものだということであるが・・・・・。

 後で競馬好きの友達に訊いてみると、京都競馬場には人情話を持ち掛け、お金を巻き上げる詐欺師がいるというのである。

 ボクは、詐欺にあったのかも知れないなあ・・・・・・。

 でも、オジサンの話しは、真に迫っていたのである。




 

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