平和な休日
あれから数年。私達はすっかりもう恋人のようだった。苦しい過去があったからこそ今の幸せがある。
そう思っている。
「おはよっ」
「ああ、おはよう。」
朝、私達は大体4時に起きる...が、週に1度はどちらかが起きるのが遅い。
そんな時は大抵いたずらされる運命なのだ。
「さて、朝飯でも作るか。」
「うん、布団片付けておこうか...?」
「お、今日は布団洗うんだったな。」
「そうっ!やっておくね~」
「ああ、すまないな。」
そんなこんなで私達の忙しい朝が始まる。
「朝食できたが、布団はどうだ?」
お兄ちゃんの料理は早い。でも美味しい。
「もうちょっと...」
「俺の出る幕は?」
「うん、大丈夫っ!」
「よし、さすが我が妹。」
かなりの頻度で『さすが我が妹』と褒められる。これは独特だ。
ご飯を食べて、お兄ちゃんは準備に入る。
「んじゃ、いってきま~っす」
「行ってらっしゃ~いっ!頑張ってね~っ!」
そして誰もいなくなる。今、私達は親元を離れ別居中だ。2人暮らしである。
今日は日曜日。お兄ちゃんのもとに行く。
「7番、はぐれるぞ!」
「もっと近くに寄れ!接触ギリギリまでだ!」
演習場にお兄ちゃんの声がこだまする。
「お、准将の妹さんじゃないですか。お元気ですか?」
「いつも通りですね。中尉はどうですか?」
「あはは、いつも通りですね...」
「いい天気ですね」
「はい、とても...」
ただ、機械の音とお兄ちゃんの声だけが響き渡る。そんな場所に私はよく来る。
「お兄さん、すごいですよね。」
「え?」
突然で驚いて変な声を出してしまった。
「まだ若干16歳というのに、国際的な組織の上のほうに君臨してるなんて...どこかの漫画みたいですよ。日本支部で副総裁の最年少です
し...まったく頭が上がりませんね。」
「まあ...私の兄ですから!」
そうだ。
あの人は私のお兄ちゃん。
そして...人類統合化議会という議会の上位職を持った軍人。
それと同時に同議会内の日本支部内の研究開発チームの主席でもある。
正規議員ではない。
本部の議長に目をつけられて、別段可愛がられている。それでこんな役職なのだ。
当然仕事は1人前にこなしている。だからすごいのだ。
「よし、今日もなかなかの出来だった!しっかり休んで、来週に備えておけっ!」
「お、終わったみたいですね。」
「そんなことより、お仕事は終わったんですか?」
「あ、いっけない...ここにいたことは話さないで下さいね?ではまたっ!」
駆け足に建物に戻っていく。階級章で中尉だと分かったが、誰かは知らない。
「おっ、来てたのか。」
「えへへ...お兄ちゃんのこと褒めてた人がいたよ?」
「誰だ...?どんな人だった?」
「えっとね、40くらいで、ひげがちょっとあって、細めの中尉。」
「むぅ...その情報が正しければ鹿野...サボりか...まったく...」
「あ、でも話さないでって言ってたよ?」
「分かった。俺は何も聞いてない。さ、帰って飯にするか、帰りながら飯にするか」
「帰ってご飯にするっ!」
こんなちょっと日常とかけ離れたのが私達の日常だ。
「准将、ちょっといいですか?」
「ん~?どうした、帰って飯にするんだから手っ取り早くな?」
「はっ、それが実は軍と関係ないことなのですが...」
「ほお、どうした?」
階級賞からしてこの人は伍長だ。なかなか若い。
「どうしたらそんなに色々できるのですか...?記憶とか、私にはさっぱりで...」
「ああ、私は小さい頃から強制的にデスクワーク向けの頭に改造されたのさ。おかげで一般論を持てなくなったよ。犠牲なくして得るもの
はなしっ!教育の問題さ。親の問題。」
「親、ですか...失礼ですが、准将のお父様はお元気ですか?」
「私の父か...」
一瞬お兄ちゃんの表情が曇る。
「うん、元気だぞ?君は父を知ってるのか?」
「はい、話だけ...何でも伝説的な軍人だそうで。」
「惜しい、技術者兼軍人だ。」
「そうだったんですか...准将と同じですね...」
「親子だからな。他には?」
「ありませんっ、引き止めて申し訳ありませんでした...」
「ああ、気にするな。妹が飽きさえしなければいくらでも。」
「失礼しますっ!」
男は敬礼して足早に場を後にした。
「よし、帰るか。」
お兄ちゃんは私の頭に手を乗せる。
そして今日も、手を繋ぎながら帰る。
その帰り道。
「隊長~っ!!」
誰かが叫んでいる。
「おお、お前は...」
「はぁっ、はぁっ、お...お久しぶりですっ...」
走ってきたらしい、息を切らせていた男はそばまで来て止まる。
「何だ何だ、体力まで落ちたか?」
「色々落ちましたよ...やっぱり隊長の部隊がいいです...」
「あはは、仕方ないよ。俺だって全員の面倒は見られないもんだからさ」
お兄ちゃんは公私の切り替えが分かりやすい。
基地の外に出ると「俺、お前」となるが、基地では「私、君」だ。
私以外では。
「ですよね...はぁ...一緒にコーヒーでもどうですか?」
「すまない、先約があってね。」
そういって私の頭に手を置く。
「相変わらずですね...どうぞお幸せに...では私はこれにてっ!」
「お幸せにってお前...うん、またいつかな。」
そういって男は来た方向へ戻っていった。
「外ではフーデさんとか、そっちのほうがいいよ。周りの人が見てるよ...」
「まあな、俺もそうしろと言うが...どうしても無理なんだってよ。」
「義務感の強い人たち...」
「『無礼できない』んだってさ。人間として尊敬されてるらしいぜ?俺。」
「お兄ちゃんは仕方がないよ、人間として最高だもん。」
「あはは、ありがとな。」
そんな会話をしつつ家に帰る。
「ただいま~」
「ただいま~」
当然返事は帰ってこない。
「さて、昼は何にするっ!」
「う~ん...お兄ちゃんの作ったもの...」
「悪い、知らない人と俺の操作した電子レンジの作ったものでいいか?
嫌ならすぐ買いに行く。」
「いいよ~。電子レンジも一人じゃ動けないもんね。」
その日のお昼ごはんは焼きおにぎりだった。
「今日の演習はどうだった?」
「家で仕事の話はあまりな...ま、よかったぞ?皆優秀だよ...」
「あ、ごめんなさい...」
「あはは、気にするな、飯が不味くなる。」
お兄ちゃんは優しい。私はお兄ちゃんが大好きだ。
「さて、仕事を終わらせるか。2時間で。」
「うん、頑張ってね~っ!」
そういうと毎回書類を広げ、展開されたデュアルディスプレイをめいっぱいに使って、無言になる。
ペンがすごい速さで走る。B5レポート用紙に6×5mmくらいの文字で1行書くのにおよそ4秒。
そしてペンと紙を手元に投げ捨て、キーボードになにやら打ち込み、何百という数字を次々にグラフ化させたり、文章化させたりする。
その仕事っぷりは見ていて気持ちがいい。かっこいい。
しかし私はすることがないので、毎回お手伝いをしている。
お兄ちゃんは完成させたレポートは後ろに、途中のものは手元に捨てる。
私は、わざわざ下のほうに丁寧にページ数の記されたレポートを重ねてみたり、読んでみたり。
でも、それが楽しい。お兄ちゃんのすぐそばにいられる。
ただ本当に集中していて、大体は何があっても気づかない。
電話、来客、積み上げていた物の崩落。
それを教えるのも私の仕事だ。私の声にだけは反応する。
壁一枚隔ててでも聞こえるのだから、すごい。
本人曰く「仕事:お前は大体4:6で神経を使ってるからな。」らしい。
なんだか恥ずかしい。
しかしお兄ちゃんとて1学生、平日には学校に行く。私は暇なのだ...。
だから平日の昼間はよく基地に行ったりしている。
そこで私は「准将の妹さん」である。
一応准将補佐ではあるが、お兄ちゃんが最初で最後の権力を行使して私を補佐にしてくれた。なので実際はあまり分からない。
「あ、准将の妹さんじゃないですか、こんにちはっ!」
「おお、本当だっ!准将の妹さんだ!」
何故か人が集まる。
「小さいなぁ...これでも俺達より上なんだ、敬礼っ!」
「はっ!」
ただ、こう言うと皆仕事に戻る。
「兄にもよろしく伝えておきますねっ」
その言葉を聞いた瞬間野次馬たちから血の気が引く
「えっ!?」
「ちょっ、それは勘弁してくださいっ!」
「仕事に戻りますからっ!」
そうして散ってゆく。
何故こうなったかというと、昔私がこうなったときに、「兄にもよろしく伝えておきますね」といって本当にお兄ちゃんに「人がいっぱい
集まって~」なんて話をしたら、後日集まった人が召集されて、何を言ったか尋問されたそうだ。
だからよく「准将の妹さんのよろしく事件」と言われて恐れられていたが、今はその話も消えた。
ただ何故かこうなる。
行って、ぶらぶらして、帰って、2時間くらい。
帰った頃にはお兄ちゃんは仕事を終えて天井とにらめっこをしていた。
「お兄ちゃん、天井には勝てないよ...」
そんなことを言うと、「はて?」といった顔でこっちを見る。
「天井とにらめっこしても勝てないって...」
「でも、勝ったぜ?」
「え?」
「表情こそ変えないものの、時々笑い声がするから、『ミシッ、ミシシッ』って。」
「さすがお兄ちゃん...」
逆転の発想である。
「さて、晩御飯...にはまだ早いな、ちょっと遊ぶか。」
「うんっ!」
遊ぶと言っても膝枕されたり、撫でられたり、撫でたり...いわばじゃれあっているのである。
しかしこれが飽きないもので...
平日この時間はたまに散歩に行く。
そんなこんなをしていると、晩御飯の時間だ。
晩御飯も当然お兄ちゃんが作る。
たまに私もご飯を作るが、いまいちなのだ。
そしてお風呂に入って、就寝。
よく私達が代わった兄妹だと言われる所以はここらへんにあったりする。
同じ布団で寝て、一緒にお風呂に入り、外出時には基本手を繋いでいる。
何も変だとは思わない。しかし周りは変だという。
お兄ちゃん曰く「はは、変人から常識人を見ると変人に見えるのさ。」とのこと。
私達はこうして、また忙しい日常を送るのである。