表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある兄と妹の話  作者: ルートヴィヒ・アイリーン
涙に染められた日々
4/7

終わらない悲しみ

私はその日から基地内で生活することになったのだが、不自由はなかった。

兵舎の部屋をひとつ貸してもらった。

ただ、部屋には鍵がかけられ、そのただ1つの鍵を持っていたのは兄だった。

木の的に向けPPKの射撃練習をしたり、隊員と話したり、基地内を散歩したり...

とりあえず自由だった。


そんな生活を送っていたある日のこと。

「そうだ、君は聞いたかな?」

「何をですか...?」

「君の母さん、死んだよ。」

その言葉はあまりに無情に放たれたた。

「えっ...!?」

「あはは、情報収集の能力はまだまだだねっ」

「うそ...いつですか!?」

「この間、自爆テロで。」

そう、兄の友人が死んだあのテロだ。

「いつ聞いたんですか?!」

「あの翌日。」

「何で言わなかったんですかっ!!」

私は激怒して、机を叩いて勢いよく立ち上がった。

「おお、怖い怖い。いやぁ、いつ気づくかな~、って思って。案外遅かったね?」

「黙って下さい!やっぱり貴方は最低の人間です!」

「あ、よかった。人間なんだ。一応。」

「人間以下ですっ!!」

そう言って私は右の腰にあるホルスターに入ったPPKに手をかける。

「いくら射撃の腕が上がろうが、君の銃弾は僕に致命傷を負わせることは出来ないよ。」

「何でそう言い切れるんですか....」

今にも銃を兄に向けんとする感情を抑えつつ聞く。

「君がまだ弱いから。」

「っ....!」

「試しにほら、撃ってごらん?」

「でも...」

「君が撃たないなら、撃っちゃうよ?」

そう言いながら兄はあのベレッタM98と私のと同じモデル、ワルサーPPKを取り出した。

「動かないで下さいっ...!」

「ん~?」

笑いながらM98を自分の頭に、PPKを私の方に向けた。

「さあ、撃っちゃうよ?」

そういうと兄は引き金を引き始めた。

「ほら、撃ってみなよ。」

もう撃つしかなかった。


火を吹いたPPKから発射された弾は兄のM98を飛ばした。


「ん?そこじゃないだろ?」


もう一発。次は外れた。

続けざまに3発目。これは兄のワルサーに命中。

呆れたように兄が放った。


「僕は君の親を殺した。そんな人間を生かしておくのか?君は。」


その時少女が頭の中に浮かんだ。


彼女もまた、今の私と同じ心境だったのだろうか。

しかし一つだけ違う点がある。

私は、一度この人を好きになった。

そしてきっといつか、またあの日の笑顔を見られると信じている。

だから私はこの人を撃てない。

「何があった!開けろ!」

外から兵達の声がする。

「ちょっと待とうよ、そう焦らなくても。」

兄はそう言って扉を開ける。

「今銃声がしたぞっ!」

「ああ、これをメンテナンスしてたら安全装置が外れて吹っ飛んでね...」

「まったく...気をつけろ!」

「はいはい、僕だって何も好きでそんなサプライズしないよ。」

「ふぅ...」

ため息をつくと兵士達は出て行った。

「何で今私が撃ったと言わなかったのですか?」

「ん?いや...」

「何でですか?」

「しつこいなぁ、君は。」


そう言って床に落ちたベレッタM98とワルサーPPKを拾い上げた。

「そら、やるよ。」

2丁の拳銃が私目掛けて投げられた。

「うわっ!?何するんですかっ!?」

「はは、次からはサイレンサーを着けて使え。」

「次なんてないですっ!」

兄は手を振りながら部屋を出て行った。

私は渡された2丁の拳銃を見た。

兄のM98は相当使いこまれたのであろう、ちょっとだけトリガーが柔らかい。

銃身には「F.S」の文字が。兄の名のイニシャルだ。

その銃は兄と共に歩んできた。

そして刻み込まれた無数の傷は、どれほど過酷な戦場を戦い抜いてきたかを物語っていた。

そのうちの1つが今の騒ぎのものであろうが、どれかは分からなかった。


そしてPPKのほうを見ると...


「L.I」の文字があった。私の名のイニシャルだ。

比較的新しく、恐らく新品だったのであろう。

そのイニシャルの横には傷が1つ。

この傷を最初に、これから私はこの銃と共に歩むことになるんだなぁ...

そう思った瞬間。

「それで、君母さんの様子見に行かなくていいの?」

ドアの向こうから声が。

「あっ!」

慌ててドアを開け、走って出て行こうとしたとき。

「甘い。」

兄が立っていた。

「どいてくださいっ!」

「君はどこの遺体安置所にいると思っている。」

「家の最寄のです...」

「違う、あの病院だ。」

「えっ....?」

「あの何も無い病院に、今君の母はいる。」

「何でですかっ!?」

「僕が運んだ...と言ったら?」

「どうしてですかっ!いいからどいてくださいっ!」

「あはは、好きにするといいよ。」

そう言って兄は私を通してくれた。

私は走った。

病院に向かう途中、あの道で少女が見えた気がした。

それ以外は特に何も考えず、病院に向かった。


病院に入った途端、私の足は止まった。

そこは廃墟だった。

恐る恐る奥へ。

そこで背中側から声がした。

「君、部屋はわかってるのかな?」

驚いて後ろを向く。

いない。

「おーい、聞いてるかー」

背中に触れてみる。

無線機だ...

「何でもいいんですけどね、勝手に無線機をつけないで下さい。」

「あはは、どうせ迷うだろうと思ってさ。」

兄なりの気遣いだったのだろう、私は少し嬉しく思った。

「迷いました。」

「2階の216号の奥のベッド。」

「...ありがとうございます」

ぼそっと呟いた。

「ん?今何て?」

「いいんですっ!」

そう言って無線機の電池を抜くと、言われた部屋に向かった。

「216号室...ここだ...」

ゆっくりとドアを開ける。

鼻を突く強烈な臭い。

その部屋の奥にいたのは確かに母だった。

私は横たわった母に抱きついた。

「母さん、ありがとう。そして...安らかに。」

そう言って私は母をその場で焼いた。

悲しさなんてなかった。

私はもうこの人に執着してはいけない。

前を向いていなければならない。

母の死を乗り越えるのは容易だった。

しかしこの先、私にはさらなる試練が待ち受けていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ