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ある兄と妹の話  作者: ルートヴィヒ・アイリーン
涙に染められた日々
3/7

悲劇の始まり

あれから3ヶ月。私も兄も退院していた。

しかし私は日本に送られ、兄も半強制的な休暇を貰った。

というのも無理をしすぎたせいだ。部隊の全滅。これは圧倒的な戦力の低下だった。

私は父母、それから弟と暮らしていたが、兄は独りでいた。

私の家族は合計で6人だ。

父と兄の母、私の母、兄、弟、私。

そんな生活を送っていた。

そして兄が仕事に復帰したのは夏休みのある日。

結局日本で兄の姿は病院のあの日以来見ていない。

そして兄が復帰して数ヶ月がたったある日。

電話が鳴った。

「おーい、お前にだぞー」

父の声がする。

「はい、お電話代わりました...」

この頃にはもう日本語もある程度覚えていて、そこそこ自然に使えるようになっていた。

「.....アリョー...」

ロシア語だった。この声は聞き覚えがある。

「どなたですか...?」

「う~ん、分からなかったか、残念。」

全てこの会話はロシア語であったため、周りも不思議に思いだした。

「フーデリッヒ...さんですか?」

「うん、当たり。」

「何の用でしょう」

「何の用だと思う?」

「分かる訳がないじゃないですか」

その後、兄は数秒黙り、こう言った。


「Ich wünsche, dass du mein Team.」


「へ...?」

「あれ、分かると思ったんだけどなぁ...」

兄は急に日本語で話し出した。

「えっ、日本語しゃべれたんですか!?」

思わず私も日本語を使う。

「僕は日本人だ。それはこっちの台詞だ。」

「そんなことより、用件は何でしょう。用もなく電話しないで下さい。」

「さっき言ったじゃないか。」

当時の私にはドイツ語は分からなかった。

「もういいですっ!」

私はバカにされてると思って、受話器を勢いよく電話に戻した。

「誰からだ?」

父が驚いた形相で駆けてきた。

「知らない人。間違い電話だった。」

「そうか....」

腑に落ちないのであろう。しかしそれで場は流した。

その後、私は父に聞いてみた。

「さっきテレビでIch wünsche, dass du mein Teamって言ってたんだけど、どういう意味?」

「お前どんなテレビ見てたんだ...?う~ん...私のチームに参加してください、かな。」

「えっ!?」

驚いてしまった。

「ん?どうした...?大丈夫か?」

「あ、うん、ありがとうっ」

まさか誘われてたなんて...思いもよらなかった。

しかし電話しようにも番号が分からない。

もう一度かかってくるのを待つしかなさそうだった...。


それから数年の間、兄から電話はなかった。

私は非常に気になっていた。

そして電話が来るたびに何故か焦った。

どうしたのだろうか、あの人と出会ってから何かが変だ。

私の中で何かが動き出していた。

あの日、あの降りしきる雪の中で感じたあの暖かさを未だに忘れられずにいた。

その時ふと思った。


「そうか...私...あの人のことが...」









好きなんだ。




どうしようもなく、好きになったんだ。









それから時は過ぎていって、2年後のある秋の日。

「おーい、お前に電話だー」

「えっ!?」

大慌てでテーブルの脚につまずきながらも走って行き、奪うように受話器を受け取った。

「はい、お電話代わりました...」

「今回は手短に、用件だけ。」

「は、はい...」


どきどきしていた。


「Ich wünsche, dass du mein Team.」


これだ...。


この言葉を待っていたんだ...。


「もっ、もちろんですっ!!」

「へ?」

今回は兄が変な声を出す。

「ぜひ...お願いしますっ!」

「ありゃ~、分かるの早いんだね...。僕はもうちょっと楽しみたかったけど」

「というかお願いしてるのはそっちじゃないですか...?」

徐々に冷静さを取り戻してきて、ふと思ったことであった。

「あはは、ばれた?まあ君がいいって言うなら、そうだね...父さんに代わって。」

「はい...。」

そう言って父に電話を取り次ぎ、私は少し離れてみていた。

電話が終わったとき、父の顔は青かった。



「よし、行ってこい。」

「うん、行ってきます。」



それから2日後、私は再び故郷のロシアの土を踏んだ。

空港には母の姿があり、車で家まで送ってもらった。

しかし母は冷たかった。

その後、少し話をして、兄に指定された場所まで送ってもらった。

そこに現れたのは、少年と兵士4人。

少年は相も変わらず不気味な笑みを浮かべていた。

「久しぶりだね。」

「そうですね。」

「さて、じゃあ君には...」

兄は少し考え、その後こっちに向き直り言った。


「ちょっといいかな。」

「はい...。」


そして兵士4人に帰るように言い、私は街まで連れて行かれた。


街の通りに差し掛かったとき、突然兄は立ち止まった。兄の視線を追うとそこには少女がいた。

少女はこちらに気づいたようで、一緒にいた子に何か言ってから駆け寄ってきた。

兄と同い年くらいであろうか。

彼女は身長が低く、可愛らしい感じであった。

そして兄に近づき、こう言った。

「まさかこんな街中で出会うとはね...その子は何?彼女?」

私を見る。その目はあの時の兄を彷彿とさせる目だった。

「残念、ちょっと違う。」

「あなた、よく笑っていられるわね...」

「はは、笑ってない僕を見たことがあるかな?」




バンッ




「え....?」

私は驚いて3歩ほど退いた。

少女の左手にはS&WのM15。2インチモデルだ。

「あなたが私のお父さんとお母さんを殺したんだ!」

少女はそう叫びながら6発全てを撃ちきった。

兄は微動だにせず、恐らくまだ笑っているだろう。

少女は弾がなくなりつつも空撃ちを続けていた。

その瞳には何も映っていなかった。

兄がゆっくりと近寄る。

少女は兄に向かって空撃ちをし続ける。

「あなたが....私の.....」

少女は泣いていた。

兄は少女のすぐそばまで近づいて、少女の頭に手を伸ばした。

そして少女の頭に右手を乗せて言った。


「僕がこれごときで死ぬと思った?あはは、残念っ!」


そういって兄は左のポケットに手を突っ込んだ。

「ダメっ...!」

私の制止も間に合わず、兄の左のポケットから取り出されたのは...



眩しい閃光を放った、ベレッタ社製M98であった。


そして兄は何のためらいも、そして慈悲もなく、9mmIMI弾を少女の顔に撃ちこんだ。

1発。

2発。

3発。

4発。

5発。

6発。

もはや顔など残っていなかった。


そして兄は少女だったものを抱え上げ、私の方を向いてこう言った。

「僕は、人じゃない。」

その時の目は確かに人の目ではなかった。

私は足がすくんで動けなかった。

「一足先に基地に行ってるよ。場所は分かるね?ちょっと用事ができた。じゃ、またね~」

兄は手を振りながら去っていった。


もう何が何だか分からなかった。

私が好きになったのはあの人じゃない。

あの人は兄の体を乗っ取った悪魔だ。

しかしその後、私は基地へ行った。


「やっぱり来たか。君は物好きだね~」

兄が出迎える。

「そんなのじゃないです。私は参加すると言ってしまったんですから、使命は果たします」

「うんうん、やっぱり君は面白いよ。」

そういって兄は楽しそうにした。

そして案内されたのが、兄曰く「近代兵器開発班の実験施設だったところ」である。


「こんな所につれて来て、何をするんですか?」

「いいからいいから、やってみてよ。」

「やるって...何をですか?」

「これ。」

楽しそうにした兄が差し出したのは、ワルサーPPKだった。

「何をしろというんですか?」

再び聞く。

「君、才能がありそうだからね~、あの的、撃ってみて?」

指差されたほうを見ると...


いた。


さっきの少女の胴体がつるされていた。


頭はもうなかった。


「何ですかあれっ!?」

「ま~とっ」

「冗談じゃないですっ!あんなもの撃てませんっ!!」

「じゃ、君もああなる?」

「ぅ....」

渋々銃を取る。


そして少女だったものの方に体を向ける。


右手で銃を持って、左手を右手の上から固く握る。

左手の人差し指で右手の中指とトリガーガードの間を押さえる。

左手の親指は、右手の親指に並ぶように...

サイトを覗き込み、照準を合わせ、引き金を引く。


バンッ


弾は少女だったものの心臓あたりに着弾した。

そこで兄が横から一言。

「固いな。」

「へ?」

「僕を撃ったときの君の射撃はそんなに固くなかった。なおかつ、より正確だったはず。」

「正確って...心臓のところに着弾させましたよっ!?」

「違う、君は胸の間を狙ったでしょ?」

「っ...!?」

その通りだった。

「あなたは何者ですか...?」

「あれ?君の兄だよ?」

「そうじゃなくて...はぁ、もういいです...。」

PPKを兄に返そうとすると警報が鳴り響いた。

「あれ~?何かあったのかな?」

兄は何を考えてるのか分からない。

「まあいいや、そういえばさっきの続き。僕が連れて行きたかった場所。行こうか。」

「え、でも...」

「いいのいいの、どうせ僕は今スヴァボーダだから。」

「フリーって言うほうが一般的ですよ...」

「ああ、ここにいるとこういう癖がね、まあ行こうか。」

そう言って兄は歩き出す。

「まっ...待ってください!」

「待たないよ?日が暮れるから。」

「分かりました...。」


そう言って基地を出て少し歩いて、さっきの街に来た。

さっきの場所には何故か血痕類も残っておらず、誰一人としていなかった。

「違う違う、ここじゃないよ?ほら、ボーっとしてるとおいてくよ?」

「でも...警察とかは出ないんですか?」

「腐ってるのさ、軍が一般人を殺すなんてあまりないけど、この街、もう人なんていないから。」

「じゃあさっきあの子と一緒にいた子達は...」

「え?」

兄が驚いて立ち止まる。

「あはははっ! 君は...」

そう言ってこっちを向く。


「やっぱり面白いんだね。」


そう言って再び歩き出す。

訳が分からなかった。



それから数十分後、とある病院に来た。

母の家の近くの病院だ。

「ここだ。」

「はい?」

「ここだ。」

「ここって、病院じゃないですか...」

「ああ。お前はここが何かわかるか?」

「何があるんですか!はっきり言ってください!」

そういうと兄は病院を見た。

「何も...ないんだよ。」

「え...?」

「もうここにはさ、何も無いんだよ。」

「それってどういう...」

そこまで言ったところで後ろから何かが迫ってきた。

車だった。


「お前は何をしてたんだ...こんなところで」

車の中から若い25くらいの男が顔を出して言う。

「何って、散歩だが」

「ほら、近代兵器開発班の生き残りさんにお呼び出しがかかってるよ」

「また何かしろと?」

「あの兵器、まだ使えるから使えって。」

「何、それで今出撃と?」

「ああ、近辺でテロリストの自爆テロ騒動だ。」

「指揮は」

「ヤコブ」

「仕方が無い」

そう言って兄は私の方を向いた。

「ほら、行くぞ。」

「お前、その少女も連れて行く気か!?やめろ、邪魔になるだけだ!」

「五月蠅い。やりたいようにさせてくれ。」

「まったく...」

私は伸ばされた兄の手を取り、車に乗り、兄の膝の上に座った。

「自爆テロってのは物騒だな」

「要するに中の人間が死ねば解決だろ?いいじゃないか。簡単で」

「そら、もう着くぞ。」

「後は任せたぞ。」


そう言って彼らは車から私と兄を降ろし、どこかに行った。


「あ~...やられた。」

後ろを見た兄が言った。

「どうしたんですか...?」

そう言って振り向いても何も分からなかった。

「え?ほら、あの人がテロリスト。分かる?」

確かに兄が指差した方では男と遠距離に軍人たちがいた。

「でもな、僕しかいないんだよ...まったく面倒なのを...」

そう言って兄は男のいるところの一本隣の通りの住居へと向かう。

「軍の者だ、屋根を借りる。」

家の人間にそういい、屋根へと行く。

私もついて行く。

屋根に上って、兄はさっき受け取ったケースからドラグノフ狙撃銃を取り出す。

「さて、どんな顔のやつかな~...」

スコープを覗く。

その瞬間、兄の表情が変わった。

「いや、そんなはずはない....」

「どうしたんですか?」

「あれは....」

そう言って私の顔を見て言う。



「ヤコブだ」



ヤコブが誰なのかは分からないがさっき名前を聞いた。

「僕のお友達さ。」

兄の顔からは笑顔が消えていた。

「仕方が無いか...」

そう言って再びスコープを覗く。


「さよなら。」


その声を掻き消すように、銃声が鳴る。

しかし、それとほぼ同時に別の音が鳴った。




爆音だった。



兄は弾を外したのだ。

瓦礫が飛ぶ。

集まっていた野次馬にもそこそこ当たっているようだった。

肌が露出してる面積は非常に多く、首から上などほとんど何もなかった。

「何故...?」

「僕は人間じゃない。故に完璧だ。しかし今のは...」

「そう...」

「ん?」

「あなたも、人間だったんですね。」

「はは...そうかも知れない。」

その時、兄が初めて涙を見せた。

「僕は...っ!」

手にしてたドラグノフ狙撃銃が落ちる。

「唯一の友を...殺した....」

「仕方が無かったんですよ...」

「違うっ!もっと別の方法もあったはずなのに...」

やっぱりこの人は人間だ。

「僕は...何をしているんだろう...」

「これでまた独りだ...あはは...」


その日は、知らない屋根から見る夕陽が何か物言いたげだった。

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