聖女様とお呼び
異世界召喚されてしまった。
「ちょっと! 今日MステでMrs. GREEN APPLEが新曲を歌うはずだったのに!」
魔法陣に座り込んだまま9時までに元の世界に返せとわめく私に、取り囲んでいた人たちがドン引いてる。
私に手を差し出そうとしていた、装飾過多な衣装を着た王子らしき男も唖然としている。
「まあ、なんと面妖な服でしょう。短い上着に、短いスカート。とても服の役目を行ってませんわ。この者は、布もろくに買えない貧乏人なのかしら」
ゴージャスなドレスを引き摺ってる金髪縦ロール女にいきなり喧嘩を売られた。
「おあいにく、これは学生の制服です」
冠婚葬祭だってこれでOKな服なんだよ。
王子に、やれやれという顔をされた。
「……聖女と思っていたが、想像と随分違うのだな」
「私にあなたの想像の責任を取る義務はありませんけど?」
「な、何と生意気な女だ!」
「その生意気な女を呼んだのは自分でしょうが」
「もういい!」
え? 頼みがあるから呼んだんでしょう?
「キャロル!」
ギャラリーの中から茶色い髪の少女がトトトと走り寄って来た。
「お前が世話をしろ。この者は私の婚約者のキャロルだ。ん? お前の名は?」
「お前に教える名など無いわ。聖女様と呼べば?」
「つくづく生意気な女だ!」
マントをバサッとひるがえして王子が背を向ける。そこにささっと縦ロール女が寄り添った。
あれ? 婚約者がここにいるのに?
よく分からない二人が部屋から去り、他の人たちもゾロゾロと後を付いて出て行く。
私とキャロルと申し訳程度の護衛騎士が残された。
キャロルに、聖女用に準備された部屋に案内される。
キャロルから連絡を受けた侍女が二人駆けつけて、お茶を淹れてくれた。
「改めまして、私はキャロルです。隣の国の王女ですがこの国の王太子の婚約者となりまして、先月この国にやって来ました。この侍女たちは、国から私についてきてくれた大切な友人です」
侍女たちが頭を下げる。
「ああ、あんなのと婚約が決まったら心配だものね」
と言う私に、侍女たちが我が意を得たり!という表情になる。
お茶を飲んでひと息ついたので聞いてみる。
「で、私は何でここに召喚されたわけ?」
「聖女様に、ドラゴンに聖力を分け与えていただきたいのです」
ここは、ドラゴンに守られた国。
500年前からこの国に住むドラゴンの威圧を恐れて魔獣は近づかず、ドラゴンの加護で嵐や洪水は起こらず、ドラゴンから漏れた聖力の影響で聖力を持った国民が生まれる。
「でも、ドラゴンも100年ほどで力が弱まるので、聖力の強い人がドラゴンに聖力を分け与えなくてはならないのです。ところが、最近は強い聖力を持つ人が生まれないそうで、王子は魔法陣を使って聖女を召喚する事にしたのです」
「召喚するより、弱い聖力を持った人たちをたくさん連れてドラゴンの所に行ったらいいのに」
お茶に添えられたクッキーに手を伸ばそうとして気づいた。
「ごめん、婚約者がそんな事したら心配だよね」
キャロルは首を振って
「私は、婚約者と言っても側妃なのです。王妃は、先ほどお会いしたクローディーヌ様と決まっているんです」
と、言った。
「はあ? 王妃が決まってるのに婚約って、何それ! まさか、クローディーヌは政略結婚で、キャロルは真実の愛とか?」
キャロルはああいうのがタイプなのか。
「まさかあんな男! 政略結婚なのは私の方です」
キャロルの国の最先端の農機具の権利が欲しいので、キャロルを側妃に迎えてやるから持参金代わりに権利を持って来い、という結婚なのだそうだ。
「断ったら、私の国の物は農産物も工業品も一切この国を通る事が許されなくなります。全ての商会は拠点を安全なこの国に置いているので、縁談を断ると言うことは、私の国の全ての商品が全ての商会に取り扱ってもらえなくなるという事なのです」
「……待ってよ。それ、政略結婚じゃなくてドラゴンの威を借るゴリ押し無理押しってやつじゃない」
「こうやってこの国は力を付けてきたんです。今の国王陛下にも、側妃が三人います。香辛料のために南の国から迎えた側妃様と、鉱石のために北の国から迎えた側妃様と、あと一人は何でしたっけ。一応正式に結婚されているため、他の国が抗議する事も出来ず」
「さいってー!」
「この国は、周りの国々にとても嫌われてますけど逆らえないんです」
ますますこの国が嫌いになった。
そんな事を思っていたら、元凶の縦ロール女、じゃなくってクローディーヌがやって来た。
「みすぼらしい服しかお持ちじゃない聖女様に、最新流行のドレスをお持ちしましたわ。晩餐会にその服では哀れですものね」
合図すると、後ろに付いた侍女が抱えたドレスを差し出した。
キャロルの侍女が慌てて受け取る。
「まあご親切に。この国の晩餐会は、招待状も寄越さないでドレスを押し付けるんですね。勉強になります」
にこやかにお礼を言ったら、睨み付けて帰って行った。
「うーん、最新流行って……。悪いけど、私の世界では300年くらい前の流行だわ」
トルソーに着せられたドレスを引っ張ったり裏返して確認する。重くて、着たら肩が凝りそうなドレス。緻密な柄合わせをして縫い目を分からなくするお針子さんの技術は凄いけどね。
「聖女様の世界ではドレスを着ないのですか?」
「うん。昔は着ていたのだけど、女性の社会進出が進んで動きやすい服に変わっていったの」
「女性が社会進出? 女性も働かなくてはいけないのですか?」
あ、キャロルも侍女たちもびっくりしてる。皆さん令嬢だものね。立派な男性に嫁ぐのが女の幸せ、と教えられて育ってる人たちだ。
「んー、働かなくちゃいけない、と言うより、自分で稼いで『男性と結婚して養ってもらわなくてはいけない』という事から自由になった、って事かな」
「はあ……」
ピンと来ないか。まあ仕方ないよね。
「だから今は、結婚しない女性を嫁き遅れとかオールドミスと呼ぶのは、とても失礼な事とされているんだよ」
「オールドミスと呼ばれない……!」
うんうん、そこが大切だよね。
この重いドレスを着る前に、少し見て回りたいと言ったら、
「それでは、王宮前の開放庭園はいかがでしょう」
と勧められたので、キャロルと行ってみる事にした。その間に、侍女たちはお風呂や化粧などの準備をしといてくれるそうだ。
部屋の前に立っていた護衛たちが付いて来てくれる。
開放庭園は、その名の通り平民にも開放されている庭園だ。
広々とした敷地によく手入れされた花が咲き乱れていて、訪れた皆が思い思いに楽しんでいる。
「立派な庭園だけど……。王様の立像が多すぎて邪魔じゃない?」
「大きな声では言えませんが、私もかねてよりそのように思っています」
申し訳なさそうにキャロルがいうと、護衛たちも笑いを堪えている。
だって、高さ3メートルくらいの王様の像が庭園のあちらにもこちらにもそちらにもドンドンドンドン!と立っている。
まるで、花を愛でるためじゃなく、自分の像を花で囲みたいと庭園を作ったみたいだ。自己顕示欲の強い家系なんだろうか。なんだろうな、あの王子を見る限り。
それにもめげずに庭造りする庭師さんは偉いなぁ……。
「それで、あの山がドラゴンの住む山です。あの山の中に大きな鍾乳洞があって、地底湖にドラゴンがいます」
と、キャロルがすぐ近くの山を指さしたので驚いた。
「あそこ? 晩餐会やってる間に行って戻れるじゃない!」
急げばMステまでに帰れるのに!
……ってか、晩餐会する必要ある?
部屋に戻ると、侍女たちに磨き上げられてドレスを着せられた。キャロルのアクセサリーを借りて身に付ける。
侍女に私の髪を結い上げてもらいながら、
「Mステ……。リアタイは諦めて見逃し配信にするか……」
と、断腸の思いで諦めていると、キャロルも侍女に手伝ってもらって、慣れた様子でドレスを纏っていた。王女様なのね、と今さら納得。
護衛に案内されて行った晩餐会の部屋には、30人が向かい合って座る大きくて長いテーブルと、左右に10人ずつ座る細くて長いテーブル。えーと、って事は、計50人? なんで私がドラゴンに聖力を与える事で50人もご馳走を食べる必要があるの?
大きなテーブルのお誕生日席は、多分国王と王妃様。
その左側の一番上座に王子が座って、次に私、隣にキャロル。その隣は王子の弟や妹らしい。
向い合う席にはクローディーヌの両親、そしてクローディーヌ。視線がビシバシ突き刺さる。
10人掛けのテーブルの上座に、パートナーを連れていない三人の女性。あの人たちが側妃様だな。
国王と王妃が入室し、全員立ち上がる。
お二人の着席の後に座るが、王子は立ったまま
「本日は我が国に聖女をお招きしためでたい席。晩餐の前に、ぜひ聖女に挨拶をいただこう!」
と、無茶振りしやがった。
あーめんどくせ!、という顔を表に出さず、にっこりと笑って立ち上がり、
「このような場をご用意いただき、恐悦至極でごさいます。眇眇たる身なれど、この国の安寧と繁栄のお役に立つよう精励恪勤いたしたく存じます」
と、心にも無い優等生の発言をしておいた。拍手を受けて着席する。
いつもの私と違う話し方に、キャロルが驚いていた。服装に合わせた話し方をするのは得意なのよね。
穏やかに晩餐が始まる。
斜め前の席のクローディーヌは、私が難なくナイフとフォークを使っているのが気に食わないようだ。平民風情が!、と見下したかったんだろうな。
国王陛下が私に問いかけた。
「聖女殿は、この国を見てどう思ったかな」
「そうですわね……」
ナプキンで口元を拭いて答える。
「強い聖力を持つ者が生まれなくなったとお聞きしましたが、ここには強い聖力を持つ人が沢山いますのね」
会場の音が消えた。
隣の殿下が私の顔を覗き込むようにして聞いた。
「貴様、聖力が分かるのか?」
「はい。自分と同じ力がある人は、何となく感じるものがあります。殿下にもありますわね。なぜご自分でドラゴンの元へ行きませんの?」
「……っ、ド、ドラゴンは、女性の聖力を好むのだ」
プイッと顔を逸らす。『怖くて行きたくありません』という事だね?
「では、女性の王妃様に行っていただいては?」
「ドラゴンは年増の聖力を好まぬのだ!」
あちこちから、堪えるのに失敗して吹き出す声が聞こえた。
「嫁き遅れ」「オールドミス」に続き、紳士は「年増」も使わないようにしましょうね。
「つ、つまり、ドラゴンは清純無垢な乙女の聖力を好むのだ」
もっともらしく王子が締める。
「まあ、クローディーヌ様は清純無垢ではありませんのね!」
まあ驚いた、という顔でクローディーヌを見たら、視線で殺されそうなほど睨まれた。
翌朝、またクローディーヌがドラゴンに会うためのドレスを持って来たが、私は着てきた制服で行くと押し通した。
昨日のドレスを返そうとしたら、恩着せがましく「差し上げるわ」と言われたので、侍女たちに処分してお小遣いにしていいよとあげた。
せっかくだけど、お土産に持って帰っても使い道が無いので。
キャロルに見送られて出発だ。
王子と一緒に馬車に揺られてドラゴンのいる山へ向かう。
やたら沢山の騎士が護衛している。ドラゴンに必要な私を害する人がいるはずないので、護衛というより私の逃走防止だな。嫌な予感。
途中から馬車を降りて山道を歩いていくと、洞窟の入り口があった。
この奥が鍾乳洞か。
軽い気持ちで足を踏み入れると、騎士たちが一斉に入り口に岩を積み上げ出した。
聖力で強化しているようで、大きな岩を軽々と積み上げて行き、あっという間に私は真っ暗な洞窟に閉じ込められた。
逃げるように去っていく足音が聞こえる。
「ドラゴンに聖力をあげるって、生贄って意味だったのね」
ふう、と息を吐いてポケットからスマホを取り出してライトを点けた。
取り敢えず、ドラゴンの所まで行きましょう。
数時間後、城の上空に現れたドラゴンに街は大騒ぎになった。
背に乗ってる私が指示して開放庭園に着陸する。何体か国王の像が壊れたようだけどごめんね。
あっという間に、私とドラゴンを真ん中に、大きな円を作って人々が取り囲んだ。
まだかなー、と待っていると
「聖女様ー! ご無事だったのですねー!」
と、キャロルが駆けて来た。
ここだよー、と手を振るが、キャロルは円の中に進んで来ない。
「あ、そうか。この子は大丈夫だよー」
と、ドラゴンの前足をスリスリすると、おっかなびっくり近づいて来た。
私の前に来ると、足のガクガクが限界だったようで抱きつくように倒れこむ。
「よ……、良かった。殿下が聖女はドラゴンに食べられたって言うから、もうどうしたらいいのか」
「ごめん、心配かけたね。心配してくれてありがとう」
二人で抱き合っていると、王子とクローディーヌもやって来た。
私が死んだと思って、二人で祝杯を上げてたんだろうな。
「貴様、どうやって抜け出した!」
「聖女が無事なのを知って、第一声がそれですか。このドラゴンに聖力をあげて、元気になったこの子に岩をどけてもらったんですよ」
「そ……それは良かった」
「良くありませんよ。私を生贄にしましたよね」
「それは……」
「今までの聖女って、聖力の強い平民だったのでしょう? 今回、聖力の強い平民がいないけど貴族を生贄に出来なくて、私を召喚したって事よね?」
本当は、生贄なのは分かっていた。
じゃなきゃクローディーヌが聖女になって、盛大にパレードしてドラゴンの所へ送り出されてるわ。
「大丈夫、もう生贄の心配はいりません。ドラゴンは地底湖に飽きたそうなので、隣の国に引っ越すわ!」
「はあ?!」
ギャラリーが騒めく。
「キャロル、この子のために広くて日当たりが良くて綺麗な水がある土地を用意してもらえる?」
「は、はいっ! 土地なら沢山あります! でも、うちには聖力のある人がいません。いても、とても生贄に差し出すのは」
「あ、それは大丈夫。私が時々遊びに来てこの子に聖力をあげるから。多分、私はこの子より長生きするよ?」
「は……?」
キャロルの開いた口が閉まらない。
「貴様、ただの学生では無いのか!」
何だか王子が怒ってる。
「私、『この服は学生の制服だ』とは言いましたが、私が学生だとは言ってませんよ?」
「あ……」
「私、向こうの世界の『神』です。なので、聖力ならドラゴンが食べきれないくらいあります」
皆が固まった。
実は、王妃様の100倍くらい年増なんです。てへ。
「じゃ、行こうかキャロル」
こちらを心配そうに見ている侍女たちにサムズアップすると、侍女たちは頷いて城に走って行った。
大急ぎで荷造りしてこの国から出て行くのだろう。
多分、この話を聞いている商会の人たちもこの国からの即刻撤退を決めただろう。
「待て! 行かせぬぞ」
王子の声に、周りの騎士たちが剣に手を掛けて、間合いを詰めようと近づく。
と、ドラゴンがしっぽをブン!、と振ったら、しっぽが当たった国王の像が粉々に砕け散った。
粉埃が舞い上がり、ギャラリーから悲鳴が上がる。
王子や騎士たちは青くなり、すっかり引き留める気力を失ったようだ。
「じゃあ、さようなら」
ドラゴンの背に乗ろうとすると、王子がしつこい。
「待ってくれ! ドラゴンがいなくなったら、この国はどうなる!」
「知るわけないでしょう! 500年も庇護されていたのに、その間にドラゴン無しでもやっていける国作りをしなかったあなたたちが悪いのよ」
と、バッサリ切ったら、王子が崩れ落ちた。クローディーヌも呆然としている。
その時、少し離れて三人の女性が佇んでいるのに気づいた。
「側妃様たち! この国から出て行くなら、隣の国まで送りますよ!」
三人の顔がパッと明るくなる。
「その代わり、この国から逃げて来た人たちを出来るだけ受け入れてくださいね」
「「「 喜んで! 」」」
即答だった。
大空をゆっくりとドラゴンが飛ぶ。
ドラゴンの足には、馬を外した馬車が抱えられ、その中から楽しそうな側妃様たちの笑い声が聞こえる。
ドラゴンの背には私と道案内のキャロル。
最初は高さに怯えていたキャロルも、
「私の聖力で、背から滑っても落ちないから」
と言われて安心して座っている。
「この山脈を越えたら私の国よ! あっという間ね」
「一面に畑が広がってる……。マス目のように用水路が走っていて綺麗」
「うちは農業の国なの。魔獣や嵐や冷害や暑さから農産物を守るために、農機具や農業用水路が発展して来たという感じ」
「立派ね。あの国も、他所から奪ってばかりでなく自分たちで作っていれば、ドラゴン無しでもやっていける国になっていたのに」
「聖女っぽい発言。あ、神様か」
笑うキャロルに
「私ね、神様だけど私の世界には干渉出来ないの。見守るだけ」
と、言ったら驚かれた。
私が世界を作ったのではなく、人類が人を超越した者に祈りを捧げるようになって、受け皿として私が生まれたから。
私に出来るのは、人々の祈りを受け入れて、心安らかにあれと願うだけ。
元々世界の一部である私は、何処にいても不自然では無く、どこでも溶け込める。
大統領のパーティーでも、場末の飲み屋でも、難民キャンプでも、その場に溶け込んでその場に相応しい振る舞いと話し方が出来る。相手の記憶には残らないけど。
このところ戦地で悲しみや怒りや憎しみを受け入れすぎたため、平和な国でMrs. GREEN APPLEに癒されていたら私の聖力があいつらの魔法陣に引っ掛かって召喚されたのだ。
遠くにお城が見えてきた。キャロルが嬉しそうに歓声を上げる。
随分長いこと生きてきたけど、異世界に来て、初めて言いたい事を言って、やりたい事が出来た。自分の聖力を自分の考えた事のために使って喜ばれた。私を案じてくる友人も出来た。ドラゴンも可愛い。
異世界、楽しい!
私の世界で怨嗟や苦悶の祈りを抱えきれなくなったら、ここに来て癒やしてもらおう。
ドラゴンから見える風景が、街に変わってきた。見上げる人たちが驚いている。
「ねえ、今度一緒にMrs. GREEN APPLEを聞こう!」
ちなみに作者は Mrs. GREEN APPLE をよく知りません。
Mステも、今は9時放映に変わってたのを知らなくて、ヒロインに「8時までに返せ」と言わせる所でした……。
2026年6月20日 日間総合ランキング
10位になりました!
ありがとうございます(^∇^)




