第三幕:アル中のワトソンとの出会い
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第二幕では、薬物により僕のおしゃべりは禁止された。
ーーこれは警告であった。
ここでのゲームのルールは、
単純なものだ。
ドクター・ハントリーの期待する反応を見せることだ。
従順すぎてもダメ。
ーー疑われる。薬物を使われる。
逆らいすぎてもダメ。
ーー薬物を投与される。
彼を出し抜くには、
まるで蜘蛛の糸を立って歩いて渡るような慎重さが必要になった。
ドクター・ハントリーは僕の話を聞きたがった。僕が何者であるかから始まり、そして、ここで終わるまでの物語をーー。
彼にとって、僕はドンキホーテ。
騎士を夢見る愚か者。
最後には、無力であると目覚めさせ、終わっていく者なんだ。
それで人は救われるか?
ーー救われるのだろうかーー。
僕だけの答えは、ひどく虚しかった。
ちゃんと反応を返してくれる男が必要だ。
ドンキホーテならサンチョ。
ホームズならワトソン。
そして虚構のホームズには、誰が必要だ? 同じ虚構のホームズか?
いいや、違う。僕に必要なのはワトソンだ。医者の知識を持ち、それでいて繊細な男でなければならない。
僕には彼が必要だ。ここにずっと留まるにしても、逃げ出すにしても......だ。
あの不愉快な出来事のあと、
僕は他の患者とは違う扱いをされた。一人部屋をあてがわれた。
僕が知るところでは、貧困者や妄想癖に囚われた患者は、グループを組まされ、同じ部屋で寝起きさせていた。
僕の一人部屋が許されたのは、
僕のホームズの妄想が、
別の妄想と混じり合うのを、
ドクターが恐れたからだ。
ーーナポレオンにもしてはいけない。
ーー妖精や天使や悪魔にも魔物にも。
ーー神にもしてはいけない。
あくまでも、人間として再現可能な男。これは貴重だった。
彼は僕の症例を教育に回すのかもしれない。国民をホドホドの観察と推測ができるようなーー君はどう思う?……いや、いい。考えるのは僕だ。
これは僕の考えすぎだと思うかい。
日中室と呼ばれるレクリエーション。
他の患者とのカードゲーム。
庭園での二人の監視付きの散歩。
予算が計算された食事、週一での風呂。何もかもが目新しいから、当たり前に落ちていった。
退屈。そう、僕は退屈すら感じた。
慣れとは恐ろしいものだった。
たいして必要とされず、
毎日を繰り返すんだ。
この中でワトソンを探すなんて、無理だ。
君、知っているか。
貧困と妄想は無関係ではない。
貧困だかこそ、
妄想に人は落ち着いていく。
これらは切り離せることはない。
貧困はワトソンを、直接は生み出さない。
ある日のことだった。
「Case 1472。今日の気分はどうだい?不都合はないか。」と、ドクター・ハントリーが僕の部屋にやってきた。
また薬を飲まされるのかと警戒したが、彼は別の男を連れてきた。
患者服をきた中肉中背のがっしりとした身体つきをした口ヒゲをたくわえた紳士だ。彼は申し訳なさそうな目を僕に向けた。
「彼はCase 1481。最近、来たんだ。
酒場で暴れていた。というよりも、殴られていた。お酒を金を支払わずに飲んだからね。そうだね?」
「はい......その通りです。ドクター・ハントリー。ボクは、その、飲まなきゃダメなんです。でも、悪いのはボクじゃない。あなた方には分かってほしい。ボクは、ボクには、お金があると思った。でも、飲んだらーー」
「わかっている。分かっているとも!
君は悪くない。ここハンウェル精神病院は、君のようなものを保護するためにある。我が家のようにくつろぐんだ」とドクターは男の肩を叩いた。
それから僕の方に顔を向けた。
「君たちは、ここで大人しく過ごすんだ。Case 1472。前回の治療の効果は?」
「水攻めは治療というのかい、ドクター?」と吐き捨てた。
「治療だとも。君の知性は感謝してるはずだ。してなければ、君の知性はーーまあいい。私は忙しい。彼を頼むよ。君がホームズなら、彼は必要だーー」と意味ありげに彼は部屋から出ていった。
「おい、このデクノボウを置いていくな!僕は認めてないぞ!」と声をあげてもムダだった。部屋の外から鍵をかけられた。
「ちくしょう......」と僕は呟いた。
それから、僕は残されたデクノボウを見た。
彼は僕の視線に気づくと、かすかに微笑んだ。
「君をホームズと呼べばいいの?それとも、番号で呼べば?でも、ボクは名前で呼びたいな。その方が少しは自分を人間らしく思えるんだーーでも、君がホームズなら、ボクはワトソンと呼ばれる方がいい。ホームズの隣りには、ジョージやアーサーは似合わない。ボクですら知ってるーーで、君に頼みがあるけどーー」と彼は赤面した。
「君、お酒を隠し持ってる。匂いでわかる。ごまかしてもムダだ。薬品でごまかしちゃいるが、君はベッドの下に隠してる。」
僕は彼を凝視した。推理じゃない。
彼は酒の存在を鼻だけで嗅ぎ取った。
薬品に対する知識がある。
彼は、彼には医師の知識があるんだ。
「ホームズ。頼む。飲ませてくれ。指先が痺れる。お願いだーー」
彼は亡者が生きている者に手を伸ばすように、近づいてきた。
(こうして、第三幕はアル中のワトソンによって幕を閉じる。)




