第十四幕:野心家の警部補
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第十三幕では、死んだ人間の名前を当てたことで、グレグソン警部補に僕は疑われた。
元船乗りのダグラスの物語を警部補に話して聞かせたけど信用されなかった。
「ダグラス・ハーヴェイは、確かに船乗りだった。船員証は部屋の中に残っていたし、彼の過去も特に問題はなかった。」
病室の中で、僕らは尋問されていた。
最も調べがいのある被疑者だからだ。
グレグソンは手帳をめくりながら確認してくる。
「彼がその、人喰い人種へのリンチに加わったことや、その七人の船乗りたちの死因などはわからない。」
彼は淡々というから、まるで僕らはバカみたいだ。
「だいたい吾輩らが、その死んだ船乗りを調べなきゃいけない理由はない。」
そして、とどめの言葉を吐いた。
「お前が蜘蛛と呼ぶビクター・フォン・アラクタムーー言語学者のビクター教授には、近寄らないように裁判所から公的に言われたはずだ。
ーー保証金も支払っただろう。」
警部補は僕の名を調べたようだ。イヤな気分だった。
「払ったさ。だから近寄れないーー」
僕は悔しげに呟くしかなかった。
「彼の身辺を洗う事も、吾輩らはしない。する必要がないし、人喰い人種がなぜ、ビクター教授に関わる事すら、納得のいく説明はできてないだろう。
ましてや、ここは精神病院だ。
お前は患者。ホームズと思い込んでいる厄介な男だ。ついでにワトソンも連れている。」
グレグソンの言葉を聞いて、ワトソンは微笑んだ。
「ボクはあなたに無視されていると思った。ねえ、お酒を飲ませてくれるようにドクターに指示してほしい。
そしたら、ボクも証言するからさ。」
グレグソンはワトソンの話を聞くと、頬をピクつかせた。
「しかも、酒ばかり飲みたがるーー救えん男だ。」
「ーーよせ。彼は僕の相棒だ。侮辱は許さない」と僕は思わず口走っていた。
「傷の舐め合いでは問題は解決しない。さて、聞きたいことが山ほどある。
酒はどうやって手に入れた?
お前らと被害者との関係は?
何を具体的に話していた?
なぜ、彼はお前たちに過去を話した?」
僕は質問を聞いていた。
それから、少し鼻を鳴らした。
「僕らは狂ってるんだ。なのに、聞こうとしている。
狂った相手に、まともな質問を求めている。これは、君の正気を揺さぶるぜ、グレグソン警部補。
僕らを英国紳士として扱うなら、そう扱え。狂人として扱うなら、これらの質問は君の頭がおかしいとーー証明してるぜ。」
警部補は、しばらく僕を睨みつけた。
「吾輩の頭がおかしいか。そうかもしれない。だが、ただお前らを捕まえては、吾輩がバカにされるだけだ。」
「レストレードもいるのかい?」とワトソンは警部補に聞く。
「吾輩は知らん。ーーいたとしても、仲間とは呼びたくない。余計にからかわれるだけだからな。」
「そしたら、あなたは一人じゃないか。警察という仕事は一人では、まわってないだろ。」とワトソンは言った。
「この程度の事件なら、吾輩だけで充分だ。なぜか? これは事故だと吾輩は見ている。ダグラスは酒部屋から酒をかすめ取ろうとして、誤ってこぼしたんだ。彼の持ってきた燭台の上にだ。それが燃え広がって、彼に燃え移った。どうだ、ホームズ。見事な推理だろう?」そういうと警部補はニヤリと笑みを浮かべた。
「燭台を持ってきたのは、ランタンの火では移動中にバレるからなんだろうね。きっと光が強すぎるんだーー。そして、ダグラスが酒部屋から酒をとるとしたら、目立たない所からだ。手前の方や近い所の酒瓶がないと、万が一誰かにバレるかもしらない。
酒瓶はどのように保管されていたんだい?立てて?それとも寝かして?」
「立ててだ。そこまで多くないーー三段ある棚だ。」
「その上の三段目の前列にあった酒瓶は、きっとほぼ落下している。割れているね。」
「ーーなぜそう思う?」
「なぜかって?これらは手を加えやすい。トリックのね。きっと燃えやすい糸でくくりつけられていた。それを引く事で、大量の瓶が床に落下するだろう。」僕は警部補に向かって笑い返した。
「彼の同僚が犯人だーー」
僕の推理を聞いて、警部補は口をぱくぱくさせた。
「見てもいないくせにーーなぜーー」と言おうとしていたが、彼は口を貝のように閉ざした。
「証拠はないーーが、棚の瓶が大量に割れている理由ーーそうかもしれない。」
「認めろよ。僕の考えは、君を警部補から引き上げられるってね。」
「なんだと?」と警部補の目に怒りが浮かんだ。
「手柄は君が受け取れよ。僕は、ホームズだからーー警察の感謝なんて必要じゃない。」
警部補は、まだ何か言いたそうにしていた。
「吾輩を愚弄する気か?」と彼はやっと呟いた。
「僕は、ただの一般人だ。
それに、ここに閉じ込められている。
愚弄されることはあっても、
君を愚弄できやしないーー」
「もしも、だ。お前の力を今後、吾輩が借りてやるとしたら、毎回ここに来ることになるーーそしたら、吾輩としてはマズイ。理由がないーー。
もしも、お前を外に出せばーー」
彼は考えているようだった。
彼にとって僕は悪魔だったに違いない。
「考えておこう。」しばらくして、彼はそう言った。
「レストレードというふざけた輩がいても、手を貸すなよ。」と言って、彼は部屋から出ていった。
ワトソンは僕の肩に手を置いた。
「お酒をもらうのを忘れている。
交渉はボクに任せてくれよ。」
僕は思わず微笑んだ。
こうして、第十四幕は警部補で幕を閉じる。




