第十二幕:友情と陰口
やあ、君。僕はホームズだ。そして、ホームズを愛するシャーロキアンの一人だ。
なのにーーシャーロック・ホームズと名乗っている。
第十一幕では、ワトソンに僕の過去を話した。疑う事すら知らないーーお花畑にいた語りたくもない話だ。
この閉じられた病室の中で、男二人で話すなんて思いもよらなかった。
中年の太ったアル中なんかにーーさ。
ワトソンは首を振った。
「ーーまるで岩窟王だ。
神さまは、君をモンテ・クリスト伯にしたかったかもしれない。
配役ミスだよーー」
彼はそう言って僕の肩を叩いた。
「でも君にとっては幸いだ。
監獄島に送られるよりは、まだマシさ。」
「たしかにーー」
そういって、僕らは笑った。
久しぶりにマトモな話ができた。
すごくーーうれしかった。
遠くの方で、乙女のような叫び声が聞こえるまでは、ずっと話していたかった。
僕らは顔を見合わせて、同時に立ち上がった。
「誰の悲鳴だろうーー尋常じゃなかったぜ」と僕はワトソンに言った。
ワトソンは、扉に向かって走り寄ると、何度も扉を叩いた。
「何があった!おい、なんだ、さっきの悲鳴はーー!?」
僕は鉄格子のはめられている窓に、顔を寄せた。推理じゃない。生き物としてのカンだ。
香ばしい匂いと、叫び声が繰り返し聞こえた。
「水を!いや、水はまずい!砂をかけろ!おい、誰かーー」
外のパニックは止みそうにない。
「ワトソン!火事だ!まずいぞ!」
僕は、すぐさま振り向き、彼に言った。
それを聞くと、彼は真っ青になって一層強く扉を叩いた。
「おい、二人の英国紳士を見殺しにするつもりか!」
だけど、反応なんてない。
「彼らは僕らを紳士と思っちゃいないさ。」と僕は肩をすくめた。
「だけどーー」と彼は顔を歪ませた。
「せっかく分かり合えたのに、これで終わりなんてーー残酷だーー」とワトソンに言われた。
「なら、もっと話して聞かせよう。」と僕は寝台に仰向けになった。
「それくらいの時間はある。」
僕はベッドの下から酒瓶を引っ張りだした。それを、そのまま飲んだ。
これが最期かもしれない。
「飲もう、ワトソン。どうせ誰も来ないさ。」と酒瓶を彼に手渡した。
ワトソンは目をサッと輝かせた。
「こりゃいいぞ。ボクは死ぬまでコイツを手放さんよ」
そう言うと、彼は酒をガブガブ呑み出した。
「おい、飲み過ぎるなよーー」
彼は酒の味を楽しむと、微笑んだ。
「ねえ、ホームズ。君の物語は、それで終わりかい?」
「いいや。それから、コナン・ドイルの付き人になった。1903年頃のイギリス。サリー州ハインドヘッドの屋敷でスカウトされた」
ワトソンは、大げさに驚いてみせた。
そんな彼を見てたら、からかいたくなった。
「どうせ死ぬなら、全部話すさ。
彼の奥さんといい仲になったぜ。たしか、1904年頃だった気がするーー」
「へえ。それ、信じられない。
コナン・ドイルは愛妻家だ。
ーー誰だって知ってるーー」
彼は再び酒瓶に口をつけた。
「とんだ愛妻家さ。別の女とプラトニックな恋愛を始める男だぞ。」
ワトソンはサッと顔色を変えた。
「彼のプライベートだ。
変に話なんかしたら、君、訴えられるよ。」
「上等だとも。困るのは、あのクソジジイだーー」
僕は酒瓶をワトソンからひったくった。
「ーー天使ルイーザよ、永遠なれ!」と僕は酒瓶を掲げた。
窓の外の叫び声が騒がしかったが、もう関係なかった。
(こうして、第十二幕は友情で幕を閉じる。)




