表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍発売中】母国を捨てた冷遇お飾り王子妃は、隣国の外交官となり本領発揮します  作者: 鳴宮野々花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/54

書籍発売記念SS◆リューデ局長の休日

 私の名はニコラス・リューデ。リューデ伯爵家の当主であり、イルガルド王国外務局の局長も務めております。

 我が外務局には、優秀な外交官が多く在籍しております。ここ数年は、アルーシア王国出身の非常に有能なとある女性外交官に触発されたのか、外務局勤務を志す女性の志願者が増えております。中には彼女に憧れてこの道を選んだと公言する者も少なくありません。誠に喜ばしいことです。

 

 休日の今日、私は妻にせがまれ、大通りに新しく開店したという菓子店を訪れるため街へ出ておりました。この界隈は高級店が立ち並び、貴族の姿も多く見受けられます。

 賑やかな通りを、なかば妻の従者のような気分で歩きながら、私はふと、馬車の往来する通りの向こう側へと視線を向けました。

 すると……。


(……おや? あれは、トリスタン様と……セレステさんではないですか)


 重厚な意匠を凝らした宝飾店の扉からまず姿を現したのは、我らが頼れる上司、トリスタン様。王弟であるこの方は、最近臣籍降下し、公爵となられました。

 続いて、彼にエスコートされ店から出てきたのは、我が外務局が誇る上級外交顧問その人でした。

 大国アルーシアの侯爵家出身であり、かの国で王子妃の座にまで就いていた、セレステ・ラザフォードさん。彼女こそが、多くの才女たちの憧れの的であり、有能な外交顧問なのです。

 よく見知った二人の姿を見て、思わず笑みがこぼれます。いつもの制服姿ではないセレステさんは、なんだかとても新鮮です。


(かといって、ここで声をかけるほど、私も無粋ではありませんよ。職場の上司が休日を楽しむ部下の前にしゃしゃり出ていくのは、野暮というものでしょう。ふふ)


 しかも、お二人は新婚なのです。せっかくの水入らずの休日。邪魔をするわけにはいきません。

 そう思い、私は何気なく二人の姿を目で追っておりました。


(……お二人とも、全然雰囲気が違うなぁ……)


 常に隙がなく、軍人としての威圧感と王族としての品格を併せ持つトリスタン様が、今は王宮にいる時とは全く違う柔らかさを醸し出しています。

 隣にいるセレステさんを見つめるその眼差しは、通りを挟んだこちら側にいる私にすら熱を感じさせ、新妻への深い愛情が窺えます。

 そして、セレステさんは……。


(……はぁ。すごいなぁ。まるで彼女の周囲の空気が、ほのかに桃色に染まっているような気さえしますね)


 公の場で見る彼女は、常に背筋を伸ばし、無駄のない言葉で議論を制する、冷静沈着そのものの女性です。凛とした佇まいで、トリスタン様同様、隙のない堂々たる姿を保つ。それがイルガルド王国上級外交顧問のセレステさんなのです。

 けれど今、トリスタン様を愛おしげに見つめる彼女の横顔には、その片鱗さえもない。

 一人の恋する美しい乙女にしか見えません。

 いつまでも見ているのは無粋でしょうが、私、普段のお二人との違いに驚いてしまいまして。飴細工の実演に見入る子どものように、ついまじまじと見てしまっておりました。

 その時です。

 彼女の方に身を屈めたトリスタン様が、何かを囁いたようでした。

 彼女は一瞬だけ視線を伏せ、わずかに頬を染めて微笑んだのです。


(あの方が、あのような顔を……。ほぉ……)

 

 交渉や会議の場では顔色を一切変えぬセレステさんの甘やかな表情に、見入ってしまいました。

 その指先には、新調したものなのでしょうか、小ぶりな宝石が静かに光っております。

 それを指先でそっと撫で、トリスタン様の腕へと身を寄せるセレステさん。その可愛らしい仕草に、トリスタン様は満足そうな笑みを浮かべ、優しい眼差しで彼女を見つめます。

 二人はそのまま寄り添うように、通りを歩きはじめました。後方から、護衛と侍女らしき者たちが二人の後を追うようについて去っていきました。


「ちょっと、あなた。どうなさったんですの? そんなにぼんやりして」

「……はっ!」


 私に呼びかける妻の怪訝そうな声で、ようやく我に返りました。ばつの悪い思いをし、指先で頬をかきながら、私は妻に言い訳をします。


「いや……、人というのは分からんものだな、と。職場で見せている顔など、その人たちのごく一部なわけだよ」

「……? 何をおっしゃっていますの。そんなこと、当たり前でしょう」


 眉間に皺を寄せる妻に、なおも私は言い募りました。


「理知的で毅然とした人も、恋の前ではまるで少女のようで。その意外な一面に驚いた」

「ですから、当然でしょう? 人前で見せる顔と、愛する殿方の前でだけ見せる顔、誰しも全く違うものですわ。それが女というものです。……さ、早く歩いてくださいな。目当ての菓子が売り切れてしまいますわ」


 何を言っているんだといわんばかりの妻が、私の外套の袖を摘んで引っ張ります。


(今見たお二人こそが、本来の姿なのかもしれませんね)


 トリスタン様とセレステさんにとって、互いの存在は安息の場所なのかもしれません。

 大勢の前で常に気を張って立ち続けるお二人も、互いの前では本来の姿に戻って慈しみ、愛し合う。そんな関係なのでしょう。


(くつろげる関係というのはいいものです。いつまでも寄り添い合い、支え合って、同じ世界を見ていってくださいね)


 心の中で彼らにそう語りかけながら、私は妻に引かれ大通りを歩いたのでした。





        ── end ──




 読んでくださった皆様のおかげで、書籍化していただけました。

 本当に本当に、ありがとうございます…!!






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ