41. 必死なヒューゴ
「…………は?」
ヒューゴ殿下の妙な言葉に、目が点になった。
一体この人は何を言っているのか。
呆然としていると、彼は苦笑しながら言葉を続ける。
「そうだね……表向きは王子妃エリヴィアの教育係でどうだろう。でも実質、僕の相談役のようなものだよ。ほら、アルーシアは男社会だ。まさか君を、今日のイルガルド側のように会談の場に引っ張り出すわけにはいかないからね。見苦しいだろう? 政に関することを、女性に発言させるなど。……でも心配しなくていい。僕はちゃんと、君の知恵を借りてあげるよ。自分の知識を誇示したい人だからね、君は」
「……おっしゃっている意味が、理解できかねます。なぜ私がエリヴィア王子妃の教育係などに? そんなこと、受け入れるはずがないではありませんか。私はもうこのアルーシア王国の人間でさえないのです。私はイルガルド王国の上級外交顧問。かの国にこの身を捧げ働いているのですから」
(しかも今何気なくイルガルドを馬鹿にしたわよね。会談に女性が同席しているのが見苦しいとか……。相変わらずの男性優位思想だわ)
こちらは真剣に話しているというのに、ヒューゴ殿下は失笑する。まるでむきになる子どもを仕方なしに眺めているかのような態度だ。
「そういうのはもういいよ、セレステ。もう分かっている。君は僕の心を自分に向けたかったんだ。自分を選ばなかった僕が、憎かったんだろう? 自分ならば、本気を出せばここまでのことがやれるのだと。ずっと自分をそばに置いておけば、大国はこんな目に遭わずに済んだのだと。そう示したかった。……すごい執着愛だね。本当に恐れ入った。君のその深すぎる愛情が、この大国さえも揺るがそうとしているのだから」
「……勘違いにもほどがありますわ……」
不気味すぎて、私は一歩後ずさる。この人……私が自分のことを深く想うあまりに、捨てられた恨みを募らせアルーシアを陥れようとしていると、そう思い込んでいるんだわ。信じられない。
ヒューゴ殿下は、まるで野生の小動物を怯えさせまいとするかのように柔和な表情を浮かべながら、私が後ずさった分の距離をゆっくりと詰めてくる。
「義妹に負けたと知って、悔しかったんだよね。君は僕の気持ちを取り戻そうと、三年間あんなにも必死だったのに。一時的とはいえ、リリエッタなんかに誑かされてしまって悪かったよ。……ほら。ね? 僕はもう素直に謝罪している。君が折れる番だ」
「……そんな都合の良い話がありますか。ヒューゴ殿下、あなたは激しい思い違いをしておられます。私はもうとうに、あなたのことなど想ってはおりません。あの日、王宮の図書室で、あなたとリリエッタの会話を聞いたあの瞬間からです。私のあなたへの愛情も、お支えしなければという責任感も、あの時何もかも消え失せました。あなたに対して意地を張っているからイルガルド王宮にいるわけではございませんわ」
「うん、うん。よく分かっているよ、セレステ。……はは。知恵をつけた女というのは皆そうなんだ。プライドが高いんだよね。簡単にはこの胸に飛び込めないのだろう? ……だけど、もうこんな問答をしている場合じゃないんだよ」
駄目だ。ヒューゴ殿下は私の本心など理解する気がないらしい。徐々に苛立ちを滲ませはじめたその語気に警戒したのか、テレーザが私のそばへと寄ってきた。護衛らも、すぐにでも割って入れるようにと私の背後から横へと足を踏み出す。
勇気づけられ、私は再度きっぱりと言い放った。
「何と言われようとも、今さらこの王国に戻ってくるつもりはございません。私は、イルガルド王国の上級外交顧問です。その仕事に誇りを持ち、私を受け入れてくれたイルガルド王国と民たちのために働いています。妙なお考えは捨て、現実をしっかりと直視なさってくださいませ。ご自分が楽をしたいがために私の知恵を都合良く使ってやろうなどと……」
「はっ……はははは!!」
(……っ!?)
突如、私の言葉を遮るようにヒューゴ殿下が上を向き大きな高笑いをした。
「女のくせに、仕事に誇りだなんて。生意気だよ、セレステ。小国に飼われて、自惚れすぎてしまったようだね。君はこのアルーシアの王子妃だったんだ。それなのに、他国の王宮で外交の仕事をするなど、あまりにも非常識だ! もういいから、大人しく僕のもとへ戻ってくるんだ、セレステ……!!」
そう言うと、ヒューゴ殿下は血走った目を剥き出しにして、さらに私との距離を詰めてくる。ついに護衛たちが前に出た。
「アルーシア第二王子殿下、どうぞそこまでに……」
「何だお前たち……! 僕が誰だか理解した上での無礼か!」
護衛の態度にヒューゴ殿下がますます声を荒らげた、その時だった。
鋭く響く低い声が、すぐそばで聞こえた。
「そこまでにしてもらおうか」




