38. 衝撃
広大な謁議の間には、これでもかとばかりに人員が集められている。見事に全員が男性だ。宰相、財務卿、軍務卿をはじめとする大臣らに、各領地から呼び寄せられたらしい貴族家当主たちまで。そして後方に控える彼らの従者。席に着いているのは見知った顔ばかりだ。ざっと五十人はいるのではないか。数の力でこちらを圧倒しようとする意図が、ひしひしと伝わってきた。そして。
(……っ! お父様……)
その大勢の列席者の中に父がいることにも、私はいち早く気付いた。
厳しい表情の男たちが埋め尽くす席の最奥、高座にいるヒューゴ殿下の隣には、華やかな装いの女性が一人着座している。……この方が私の次に選ばれた第二王子妃なのだろう。あれはたしか、ラモール侯爵家のご令嬢だわ。まさかこのような外交会議の場に、妃まで入れるとは……。私は形式的な調印式などでしか同席させてはもらえなかったというのに。
(……? あれ?)
妃の後方の壁際を見た私は、目が点になった。
(あれは……どう見てもリリエッタよね? なぜあんなところに突っ立っているのかしら……)
かつての私の義妹であるリリエッタが、なんだか不貞腐れた表情をして王子妃の背後に控えているのだ。いつもツインハーフアップにアレンジしふんわりと下ろしていた華やかな髪は、今はシニヨンに結ってある。灰青色のドレスもいたってシンプルで、明らかに彼女の趣味ではない。そばに立っている王子妃の侍女と思われる女性たちと、まるで同じような出で立ちで……。
え……?
(まさか、あの子……え? 王子妃の侍女になったの!?)
そのことに思い至った時、驚いて一瞬息が止まった。
仮にもメロウ侯爵家の義娘であるあの子が、なぜ侍女に……?
『今に見てなさいよ! あたし絶対に王子妃になるんだから!』
あの日、メロウ侯爵家を去る私の背中に彼女が投げつけてきた言葉。それが叶わなかったのは知っていたけれど、まさか、侍女になっているだなんて……。
ヒューゴ殿下とも父とも、いまだに視線が合わない。ここにいる全員の視線は、我々の先頭に立つトリスタン王弟殿下に注がれていた。彼の堂々たる美しい立ち姿には、独特の威圧感がある。そのオーラに、アルーシア側の列席者たちが一様に圧されているのが伝わってきた。
ヒューゴ殿下の上擦った咳払いが、室内に響く。
「……遠路はるばる、大儀であった。歓迎しよう。イルガルド王国王弟殿下よ」
偉そうな言い回しだけれど、声も若干上擦っている。トリスタン王弟殿下が胸に手を当て、凛とした声を発した。
「イルガルド王国王弟、トリスタンである。本日は貴国の要請に応じ参上した。互いにとって実りある対話となることを願う。そして……ここに随行しているのが、我が国の代表者たちだ」
殿下はそう言うと振り返り、こちらに視線を向ける。リューデ局長が一歩前に出た。
「ニコラス・リューデ伯爵、イルガルド王国外務局長にございます」
(……いよいよね)
彼のその短い挨拶に続き、私も自然と一歩足を踏み出す。そして軽く腰を折って一礼すると、同様に名乗った。
「セレステ・ラザフォード子爵──イルガルド王国、上級外交顧問にございます」
「……………………」
シン、と静まり返る室内。私の顔に集まる全ての視線。まるで魔法がかかり空気が固まってしまったかのような、全員の呼吸が止まってしまったのではないかと思えるような静寂が訪れた。
そして、次の瞬間。
ガタッ! という大きな音が、その静けさを破った。……父が立ち上がり、目を大きく剥いて口を開け、こちらを凝視している。
「……セ……セレステ……!」
震える声で私の名を呼ぶ父。次の瞬間、ヒューゴ殿下がヒェッと情けない声を上げた。
「な……!! な、な、なぜ! セ、セレ……!?」
ヒューゴ殿下まで立ち上がり、露骨な狼狽を見せる。するとその動揺は瞬く間にアルーシアの一同に広がり、謁議の間はどよめきに包まれた。
驚いた表情で口元を押さえている王子妃の背後で、リリエッタがみっともなく口をあんぐりと開け、空色の瞳を丸くし私を凝視している。わなわなと震える彼女と目が合った途端、リリエッタは顔を引きつらせ、私からすうっと目を逸らした。そして耳まで真っ赤になったかと思うと唇を噛み締め、灰青色のドレスを両手でぎゅっと握った。
(……今の姿を、私に見られたくなかったのね)
それはそうだろう。私を裏切ってヒューゴ殿下と通じ、目論見通り私たちを離縁させた。次は自分が王子妃だと宣言し、高笑いとともに私に決別の言葉を投げかけたのだ。それがまさか、普通なら侯爵家の娘が就くはずのない侍女に……。
きっと何か大きな失態でもしでかしたのだろうなと察したけれど、今はあの子のことなど構ってはいられない。
ざわめきが収まらぬ室内で、私は父とヒューゴ殿下に視線を送ると、もう一度静かに礼をした。
「ご無沙汰しております、メロウ侯爵、そしてヒューゴ第二王子殿下。こうして再びお目にかかることができるとは、感慨深いことでございます」
私の顔は、どうせここにいるほぼ全員が知っている。しらを切るのも馬鹿馬鹿しい。
私の再びの挨拶で、室内が一気に静まる。それを見計らったかのように、トリスタン王弟殿下が口を挟んだ。
「さぁ、早速本題に入るとしよう」
その言葉で、私たちイルガルド一行も空いている席へと着座した。




