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母国を捨てた冷遇お飾り王子妃は、隣国で開花し凱旋します  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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21. 気付きはじめた実情

 このイルガルド王宮の外務局で働くようになり、三ヶ月ほどが過ぎた。

 周囲の信頼を勝ち取り、またイルガルド王国の力となるため、私は日々黙々と働いていた。

 今日も机の上に積まれた文書の束をめくっていく。そのうちに、胸がざわつきはじめた。ここのところずっとこうだ。

 今ここで私が目にしているのは、粉飾のない一次資料だ。

 交易や関税の記録、条約の控え。地方の役場から上がってくる出納帳。そこに記されていたのは、アルーシア王国に比べてこの小国が常に不利を強いられていることが如実に分かる数字の数々だった。


「……こんなにも差があったなんて……」


 イルガルドは生活に欠かせない穀物や燃料、鉄といった資源を、ことごとくアルーシアに握られていた。取引の条件は一方的で、イルガルドに残される取り分は必要最低限。完全に足元を見られている有様だった。

 ここで勤務し、実際の帳簿や契約文書を確認するうちに、その不均衡さに愕然とするばかりだった。アルーシアで私が知らされていたものとは、何もかもが違う。


(これではどんなに民が必死で働いても、経済的なゆとりが出るはずがないわ……)


 アルーシアは、自国にとっては余裕のある贅沢品を売りつけながら、イルガルドからは生活に直結する資源を巻き上げるような取り引きを長年繰り返していることが分かった。帳尻合わせに追われる小国の苦しさが、数字の端々からにじみ出ている。私はここへ来て初めて、その現実を肌で知ったのだった。


(妃である私を政に深く関わらせなかったのは、こういった王国の実情を隠していたからだったの? 国王陛下や宰相、重臣たちが意図的に真実を隠し、妃はただの王家の顔として舞台に立たせていただけ……? ヒューゴ殿下も……知らないはずがないわよね……)


 一心不乱に読み漁っていた手元の資料を机の上に置き、顔を上げて深く息をつく。その時ようやく気付いた。また執務室にほとんど人がいなくなっているということに。


(そうだった。さっきから何度か休憩するよう声をかけられていたっけ……)


 リューデ局長もしばらく前に「昼食をとってくださいね」と言って出て行った。ここのところこんなことばかりだ。私も早く食堂へ行かなくちゃ。

 そう思って立ち上がった瞬間、入り口の扉が静かに開く。そしてすっかり顔馴染みとなったトリスタン王弟殿下の従者が顔を出した。


「お呼びでございます。ガゼボへ」

「承知いたしました」


 王宮に勤める文官たちは、官吏用の大食堂で昼食をとる人もいれば、仲間と連れ立って中庭で食べる人もいて様々だ。私はここ二月ほど、毎週一度は王弟殿下からこうしてお呼びがかかる。どうやら殿下はリューデ局長に私の様子をこまめに聞き出しては、無理をしていないか、残業しすぎていないかをチェックしているらしい。そして勤務時間が長くなる日々が続けばチクリと私に釘を刺し、その後仕事の様子などを聞いてくださるのだ。

 私は執務室を後にし、殿下のもとへと向かった。




 陽光に照らされる、白亜の大理石でできたガゼボ。そのテーブルには、色とりどりの料理が所狭しと並んでいた。

 黄金色の丸鶏のローストに、香ばしく焼けたパン、湯気の立ちのぼるスープ。透き通るゼリーの中に閉じ込められた色とりどりの果実に、銀の器に盛られた葡萄やベリー。

 その奥に、優雅に腰かけている王弟殿下の姿があった。目が合った瞬間彼は唇を緩め、柔らかな笑みを見せた。心臓が一度、大きく音を立てる。


「来たか。ここへ座れ」

「殿下……。職務の合間の昼食にしては、あまりにも豪華ですわ。さすがに心苦しいのですが……」


 何人もの給仕たちが静かな足取りで行き来しながら、次々と料理を並べている。昼食に呼ばれはじめた当初は、ここまで豪華な料理ではなかった。回数を重ねるごとに、どんどんこうなっていったのだ。

 殿下は私を急かすように、ご自分の隣の席をとんとんと手で叩きながら答える。


「君が食事を抜くのが悪い。屋敷で夕食を共にした時、俺は言ったはずだ。自分の体を労れと。俺が呼び寄せてここで働きはじめた君が、そのせいで倒れてしまっては困るんだよ」

「そ、そこまでの無理をしているわけではございませんわ。夜は早めに帰っておりますし、週に一度はお休みもいただき……」

「だからと言って昼は休まなくていいというわけではないだろう。言うことを聞けない君に対するお仕置きだ」

「こ、これのどこがお仕置きなのでしょうか……」


(ただ甘やかしているだけでは……?)


 美しい漆黒の瞳の圧に負けておずおずと彼の隣に腰かけると、殿下は満足そうに口角を上げた。


 舌のとろけるような美味しいお料理の数々をいただきながら、私は自分の気付きについて話した。


「私を受け入れられない方々がいた理由が、よく分かりました」


 殿下はグラスを傾けながら、黙って私の話を聞いている。


「関税の一方的な優遇、穀物や資源の買い叩き。いずれもイルガルドに無理を強いておりましたのね。その延長線上に市井の値上がりもあると……」

「まぁ、そうだな。抗えぬ者に無理に抗ったとて、小国は潰れるだけだ。我が国だけではない。周辺の国々は皆同じような状況だろう」

「……その負担の象徴として、アルーシアから来た私が疎まれた。そう受け止めれば、一部の冷ややかだった方々の対応も、理解できます。非はこちら側にあったのですから。それを私は、何も知らずに……」


 アルーシア側に都合の良い資料だけを渡され、大国の代表のように表舞台に立っていた。けれど、実情は私が思っていたよりもずっといびつなものだったのだ。

 殿下は飄々とした表情で庭園の花々に視線を向けている。そしてぽつりと言った。


「我が国が不利益を被っていることは事実だが、それを君個人のせいにするのは違う。今の君は、我々と共にこの王国の未来を築いてくれる大切な人材だ」

「……殿下……」


 





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