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2. 図書室での逢瀬

 夫の言葉に、私の思考が停止する。……今、何ておっしゃった……?


「んもうっ。ホントに? お義姉様とばかり仲良くなさっているんじゃないのぉ?」


 少し拗ねたようなリリエッタの甘え声が耳に届く。心臓の鼓動が嫌な風に高鳴りはじめ、私はおそるおそる本棚の陰から顔を覗かせた。

 するとカーテンを半分ほど引いた窓際に、隠れるように向かい合う二人の姿が見えてしまった。……やはりヒューゴ殿下だ。間違いではなかった。

 彼は焦ったような顔でリリエッタの両肩に手を添える。


「まさか……! 何度も言ってきただろう? 君を一目見た瞬間から、僕の心はもう君だけのものになったんだ。この真心の全てを、君に捧げているんだよ」

「……ホントにぃ? ヒューゴ様はいつもそうおっしゃるけど、お義姉様と毎晩甘い時間を過ごしたりしてるんじゃないかって、あたしすごく不安で……」

「馬鹿な。約束は守っている。セレステには指一本触れていないよ。君の言うとおり、万が一にも子ができてしまってはいけないからね。……ようやく三年が経つ。リリエッタ、もう少しの辛抱だよ。やっと僕たちは一緒になれるんだ」


(……何ですって……?)


 二人の言葉が耳に届くたび、頭を鈍器で殴りつけられているような衝撃が襲う。ヒューゴ様は、リリエッタと愛し合っている……? じゃあ私が……この三年間私が冷遇され、王宮中の者たちから後ろ指を指されてきたのは……。

 この二人の道ならぬ関係のせいだったというの……?


 予想だにしていなかった。まさかヒューゴ殿下とリリエッタが、私に隠れてこんな逢瀬をしていたなんて。

 いつもお義姉様、お義姉様と、私に甘えていたあの子が。

 婚約している間、ずっとあんなに優しかったヒューゴ殿下が。

 リリエッタがベアトリス夫人とともにメロウ侯爵邸にやって来たのは、私たちの結婚のおよそ半年前。

 ちょうどヒューゴ様が、突然私に冷たくなった頃。

 ようやく辻褄が合った。


「うふふ。嬉しい。じゃあもうすぐお義姉様とは離縁してくださるのよね? あたしこれからは、ヒューゴ様とずっと一緒にいられる?」

「もちろんだよ、リリエッタ。そのために耐えてきたんだから」


 耐えてきたのはこっちだ。どんなに冷たくされても、夫婦で臨むべき公務に彼が姿を見せなくても、私は必死にフォローしてきた。結婚二年目に入る頃には、国王陛下からも王妃陛下からも「子はまだなのか」と遠回しに言われるようになり、ついには臣下たちの態度も露骨に冷淡なものへと変わっていった。

 そんな中で、私は懸命に自分の気持ちを奮い立たせ、公務や勉強に邁進してきたのだ。

 たった一人で。

 怒りがふつふつと込み上げる。いつの間にか固く握りしめていた両手の拳が、小刻みに震えていた。

 どうにか気持ちを落ち着かせようと荒い呼吸を繰り返している間にも、耳を塞ぎたくなるような彼等の会話が聞こえてくる。


「ようやく我慢も終わるのね。長かったなぁ」

「ああ。早く君を毎晩腕に抱いて眠りたいよ」

「ふふ。……ね、いつ離縁できるの? もう国王様には言ったの?」

「い、いや、それはまだだ。手順というものがあってね……。僕も、まず誰にどう切り出そうかと悩んで……」

「では私から切り出してさしあげますわ」


 抑えきれない怒りが頂点に達し、私ははっきりとした口調でそう宣言すると、二人の前に堂々と姿を見せた。


「ひゃあぁっ!! セ、セ……セレステ……ッ!!」

「どうぞお静かになさいませ。ここは図書室ですわよ、ヒューゴ殿下」


 情けなく飛び上がったヒューゴ殿下を、私はそうたしなめた。私もたった今大きな声を出したのだけれど。

 彼は途端に青白い顔になり、あんぐりと開けた唇を震わせる。そしてリリエッタの陰に隠れるかのように一歩後ろへと下がった。空色の瞳を大きく見開いたリリエッタは、逆にツンと澄ました表情を作り、落ち着いた声で私に言った。


「お義姉様……。やだ、聞いていらっしゃったのね」

「ええ、ほぼ全部聞いたわ。……いつからなの? 私を裏切って、ヒューゴ殿下とこのようなふしだらな関係を持っていたのは」


 感情を殺してそう問いただすと、リリエッタは両手で唇を覆い、小首を傾ける。


「やぁだぁ、お義姉様ったら……ふしだらな関係だなんて。あたしたち、そんな変な関係じゃないわ。ただね、お義姉様に赤ちゃんができないことでお悩みになっているヒューゴ様を、時折お慰めしていたのよ。こうして()()図書室でお会いした時なんかにね」

「……何ですって? くだらない嘘をつかないで。全部聞いていたと言っているでしょう。さっき殿下がおっしゃっていたじゃないの。あなたとの約束を守り、万が一にも子ができないよう私には触れていないと。……まさかそんな理由だったとは。失望いたしました、殿下」


 そう言って私はヒューゴ殿下を見定める。彼はその翡翠色の瞳を大きく見開くと、せわしなく視線を泳がせはじめた。

 するとリリエッタが、さらに衝撃的な言葉を口にした。






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