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19. 寝耳に水(※sideリリエッタ)

 ヒューゴ様との結婚を少しでも早めるために、外堀から埋めていかなくちゃ。次の王子妃はリリエッタ様で間違いないわ。そんな風に噂になれば、国王陛下だって無下にはできないはずだもの。

 そう考えたあたしは、今日もご令嬢たちを招いてこのメロウ侯爵邸の広間でお茶会を開いていた。

 ヒューゴ様から贈られた、ミルクに苺を溶かしたようなピンク色のシルクのドレス。胸元にはたっぷりと重ねたレースとフリルが波打ち、大きな腰のリボンは歩くたびに揺れて、小鳥の羽みたいにふわふわと踊る。袖口には真珠色のビーズの刺繍がびっしりと散りばめられていて、とってもゴージャスよ。

 色白で甘い雰囲気のあたしにぴったり似合うその砂糖菓子のようなドレスには、同じくヒューゴ様にねだって贈ってもらったピンクダイヤモンドのアクセサリーたちを合わせたわ。あたしが特別扱いされていることを、この令嬢たちに社交界で広めてもらわなきゃ。


「リリエッタ様、今日もとっても愛らしいお姿ですわ!」

「本当に……! 本日のドレスも、第二王子殿下が?」

「ええ、そうなの。どうしてもまた、あたしにドレスを贈りたいからって。ふふ。もう十分すぎるくらいにいただいているんだけどね。彼ってとっても甘やかしたがりなのよ。ちょっと困っちゃうくらい」


 眉尻を下げ小首を傾げてみせると、令嬢たちは一斉にため息を漏らし、甲高い声を上げる。


「まぁっ! さすがはリリエッタ様!」

「第二王子殿下も首ったけでいらっしゃいますのね! 羨ましい限りですわぁ」

「リリエッタ様、どうぞご結婚後もご贔屓に……」

「我が家もどうぞ引き続きご懇意にお願いいたしますわ、リリエッタさん。最高の織物や宝飾品も準備できます。お手伝いできることがございましたら、いつでもお声をかけてくださいませ」

「うっふふふふふ。皆さんったら、んもうっ」


 気分は最高潮だった。下位貴族の娘だったこのあたしが、こんな格上の家門の令嬢たちからちやほやされる日が来るだなんて。こいつらだって、内心では悔しくてたまらないはずなのは分かってるわ。メロウ侯爵令嬢になったとはいえ、出自はこの子たちより下。そのあたしがヒューゴ様のご寵愛を一身に受けていることが、歯がゆくないはずがないものね。

 でもこのままいけば王族になるかもしれないあたしだもの。媚びて取り入っておくしかない。そうでしょ? せいぜいあたしに気に入られるために頑張ってちょうだい。


 お母様も今、とある伯爵家のお茶会に呼ばれて出かけている。母娘で着々と根回しをしている真っ最中なのよ。お義父様は何度も国王陛下と謁見して、あたしとヒューゴ様の結婚について話してくれているみたいだし。

 結果が出るのも時間の問題よね。

 そんな風に考え浮足立っていたあたしだけれど、ある夜、深刻な顔をしたお義父様とお母様から、耳を疑うような話をされた。


「……は……? な、何よそれ……! ヒューゴ様の妃を選ぶためのお茶会ですって……!?」


 たった今聞いたことを受け入れられず大声でわめくと、お母様が深く息をついた。


「来週王宮で行われるそうよ。王妃陛下主催のお茶会なんですって。妙齢の令嬢たちが十人ほど招かれているみたいね。目的は第二王子殿下の次の妃の選定……。我が家には何の招待も来ていなかったから、お義父様が情報を仕入れてくださって助かったわ」

「そ、それって一体どういうことですの!? お義父様!! だって……ヒューゴ様の妃はあたしのはずでしょう!?」


 セレステが去ったことで空いたその椅子は、あたしのものになるはずなのに!

 どうしてわざわざ王妃陛下が茶会まで開いて、他の候補者を選定しようとするわけ!?

 お義父様は小さく唸ると、難しい顔をして言った。


「私も何度か国王陛下に掛け合いはした。だが、色良いお返事はいただけなかった。今王家は非常に慎重になっておられる。王太子ご一家は離宮に籠もられ、ご高齢の陛下はすでに公務をほぼ引退なさっているような状態。ヒューゴ第二王子殿下とその妃となる方が、引き続き今後の外交の顔となる。……セレステは子をなせなかったが、その方面に対しては非常に優秀であった。その不在を埋め合わせられるだけの人材でなければ、妃として認めるわけにはいかぬと」

「だっ……だから! あたしがこれから頑張って……!」

「リリエッタ。私にできたのは、その王妃陛下主催の茶会にお前を招いていただくこと。それをお願いしご承諾いただいた。ここまでだ。後はお前次第ということになる」

「な……っ!」

「優秀な令嬢は他にいくらでもいる。お前も、第二王子殿下の妃の座を得たいのならば努力をしなさい。あとたった一週間……。死にもの狂いで勉強し、少しでも良いところを妃陛下にお見せしてくるのだ」

「そ……そんな……」


 お義父様の突き放したようなその言葉に、目の前が真っ暗になった。じゃあ何のためにあたしはあんなに必死になってセレステを貶め、ヒューゴ様を誑かしてきたわけ?

 縋る思いでお母様を見ると、彼女もまた私を見つめていた。


「……致し方ないわ、リリエッタ。お義父様の言うことを聞いて。ヒューゴ第二王子殿下ではなく、王妃陛下を攻略しなくては」

「この一週間、やれることはたくさんあるだろう。完璧でなくてもいい。とにかく、お前が努力できる人間であることをアピールするんだ。お前の前向きな姿勢で、王妃陛下のお心を動かすことができるやもしれん。伸びしろが大きいことを分かっていただければ、このメロウ侯爵家の後ろ盾と私の後押しでどうにかできる可能性はある」

「……く……っ!」


 何よ……二人して厳しいことばかり言って……!

 ドレスのスカートを握りしめ、あたしは唇を噛んだ。努力、努力って、あたしは侯爵令嬢なのよ!? しかもヒューゴ様の寵愛を得ているのに! どうしてすんなり結婚にこぎつけられないの? この人、お義父様……もしかして大した権力持ってないんじゃない? 使えないわね!!


 それからの一週間、私室に大量に積まれた教科書やマナーブックには目もくれず、あたしは鏡の前でひたすら笑顔の練習をした。自分が一番魅惑的に見える角度を研究し、お茶会のドレスも何度も選び直した。新しい香水をいくつも買ってこさせてはたくさん試して、王妃陛下が喜びそうな贈り物もじゃんじゃん見繕って準備した。


(勉強なんて意味がないのよ。王子妃になれば、周りの人間たちが何でもやってくれるんだから。公務をサポートできる優秀な人材なんて、王宮にたくさんいるでしょう!?)


 そう思い、あたしはひたすら自分の外見を磨き続けて茶会の当日を待った。







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