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18. 食事の席で

 低く艶を帯びたその声に、なぜだか頬が熱くなる。


「素敵な贈り物の数々をありがとうございます、殿下。ですが、このような過分なお心遣い……あまりにも恐れ多く、申し訳ない気持ちがいたします」


 夕食を共にする前日にわざわざ贈られたのだから、もちろんあれらの中から身に着けるのが礼儀だと思い衣装を選ばせてもらったが、やはり萎縮する気持ちが強い。

 けれど殿下はゆっくりと口角を上げ、当然のことのように言った。


「今後必要になる場面も多々あるだろう。外交の場で君が恥をかかぬよう、職務の一環として用意しただけだ。遠慮なく身に着けてもらえる方が嬉しい。華やかで麗しい君には、やはりそのような装いがよく似合う」

「……ありがとうございます」


 お世辞なのか本気なのかは分からないけれど、彼のその真っ直ぐな褒め言葉は、緊張で張り詰めている私の心をふわりと浮き立たせた。


「君ならばよく知っているだろう。場に相応しい装いを選ぶのも、大切な礼儀の一つだ。今後も必要な時にはいつでも着るといい。足りないものがあれば言え」


 そう言うと、殿下はためらいなくスタスタと歩き、食堂へと向かう。私も慌てて彼の後ろを追いかけた。




 テーブルの上には磨き上げられた銀器とグラスが整然と並び、燭台の灯りが黄金色のワインをきらめかせていた。

 ハーブを散らした鴨肉のパテなどの前菜をいただきながら、殿下が私に尋ねる。


「働きぶりは聞いている。頑張ってくれているようだな」


 こちらに視線を向けグラスを手に微笑む殿下の姿には、やはりそこはかとない色気が漂っている。艶やかな銀髪が室内の灯りで輝き、漆黒の瞳の奥にも神秘的な光が満ちている。


「身に余るお言葉です。まだまだ至らぬところばかりですわ。とにかく必要な知識を早く蓄え即戦力にならねばと思い、励んでおります」


 殿下の麗しさに少しドキドキしながらも、私は平静を装いそう答えた。すると殿下は笑みを引っ込め、真面目な表情を作る。


「その心意気は素晴らしいが、無理をしすぎるのはよくない。勤めはじめて以来君がほとんど休みをとっていないと、リューデ卿から聞いている。体を壊してしまっては元も子もないぞ」

「そ、そこまで無理をしているわけでは……」

「焦る必要はない。君の真面目さとその能力で、自ずと結果が出る日は来る。長く務めを果たせるよう、自分の体を労ってくれ」

「……はい。承知いたしました」


 とにかく早く周りに追いつかねばという私の焦りが、リューデ局長を通して殿下にまで伝わってしまっているらしい。私が外務局での勤めを続けられそうか様子を探り、その覚悟を確認するために来られたのかと思っていたけれど……どうやら心配してくださっているらしい。


(それを伝えるためにわざわざ来られたのかしら……)


 殿下は私の返事に満足したのか、また表情を緩めるとグラスを傾けた。


「外務局の雰囲気はどうだ? 王宮内でも特に優秀で真面目な者たちが集まっている部署だ。手厳しい反応もあるんじゃないか」


 ……私が一部の人たちから辛く当たられることも、見越していらっしゃったようだ。でも……。


「大丈夫です。勤めはじめたばかりの頃は、正直に申し上げますと、時折向けられる強い視線に背中を叩かれる思いでおりましたが、今は皆さんに受け入れられてきたと感じています。おかげさまで親切にしていただけて、業務を覚える手助けもしていただいていますわ」


 それは本当のことだった。最初の二週間ほどは、決して好意的でない人たちからの猜疑心に満ちた目や、きつい嫌みも飛んできていた。けれど、これまで培ってきた知識を駆使し黙々と仕事をこなしていくうちに、徐々に同僚たちの私への態度も温和なものへと変わってきた。

 とある会議資料のミスに気付き深夜まで差し替えを行い、翌日の会議に間に合わせたことに気付かれた時には、一番当たりのきつかった女性文官から「助かったわ。きついこと言ってごめんなさいね」と謝罪の言葉までいただいたのだ。

 殿下を安心させようとそんな話を明るい口調で披露すると、彼は目を細め満足そうに頷いた。


「正直、周囲の反発はもっと長引くものだと思っていたが……努力はすでに届きはじめているじゃないか。君を迎え入れて正解だったな」

「あ、ありがとうございます、殿下」


 そんな風に褒められると照れてしまう。

 その後は食事を楽しみながら、殿下と二人アルーシアやイルガルドの国について語り合った。その他仕事絡みの軽い雑談や、ここでの私の生活についてなど、いろいろな会話を楽しんだのだった。




「殿下、今夜はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。このように何不自由ない生活をさせていただいていること、心から感謝申し上げますわ」


 食事が終わり、玄関ホールまで見送った時、私は最後にそう殿下にお礼を伝えた。何度伝えても十分ということはない。それほどまでに、イルガルド王国に来てからの私の生活は公私共に充実していたから。

 家令から受け取った上着を羽織った殿下が、振り返って私の目をじっと見つめる。そして一呼吸置くと、静かな声で言った。


「──特別な人なのだから、当然だろう」


(……え……?)


 その漆黒の瞳の奥がやけに熱を帯びている気がして、私の心臓が大きく音を立てた。

 けれどその言葉の意味を探るより早く、殿下がにやりと口角を上げ、言葉を続けた。


「何せ他国の元王子妃であり、侯爵家の令嬢でもあった人だ。多少の特別扱いをしたところでバチは当たるまい。期待しているよ、ラザフォード嬢。だがもうほどほどにな。頑張ってくれ」


 そう言うと殿下は背中を向け、外へと出て行った。


「何かあれば真っ先に俺に相談しろ」

「は……はい! どうぞお気を付けて、殿下。ありがとうございました」


 振り返ることなく告げられた最後の言葉に、私は慌てて返事をしながら見送ったのだった。




 


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