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17. 王弟殿下からの贈り物

 王弟殿下が私を居住させてくださっているこのお屋敷には、元々ここの管理を任されていた初老の家令の他に、直前まで王宮に勤めていたという侍女数人がいる。私の身の回りのお世話をしてくれるためだけに、殿下がわざわざこちらのお屋敷に呼び寄せてくださった女性たちだ。彼女たちが何でも手助けしてくれるので本当にありがたい。おかげで私はここに帰宅してからも仕事や勉強に没頭できているのだ。

 だが。


「お、王弟殿下が、ですか……?」


 帰宅した私は、家令の言葉に目を丸くした。家令は穏やかな微笑みを浮かべ静かに首肯する。


「はい。明日はこちらで、ラザフォード様と共に夕食をとられると。そのようにご伝言を預かっております。どうぞ、明日は定時でお仕事を切り上げてお戻りいただきますよう」

「わ……分かりました」


 家令からのその伝言に、緊張で体が強張った。毎日仕事に夢中で考える余裕がなかったけれど、そういえばトリスタン王弟殿下にお会いしたのは、外務局の皆に紹介していただいた日が最後だ。もう数週間は前になる。


(私の口から仕事の進捗や職場での様子を聞きたいということかしら)


 そんなことを考えながら玄関ホールを離れようとした時、家令がまた声をかけてくる。


「それと、ラザフォード様。王弟殿下からの贈り物が届いておりますので、お部屋の方にお運びしております」

「……贈り物、ですか?」

「ええ」


 一体何だろうと不思議に思いながら二階にある自室に入った私は、目が点になった。色とりどりのリボンがかけられた大小様々な箱が、そこかしこに積み上げられているではないか。


「こ……これは一体……」

「お帰りなさいませ、セレステ様」


 呆然としていると、四十代くらいの侍女が私に声をかけてきた。


「ふふ。お衣装ではないでしょうか。セレステ様はほとんど身一つでこちらにいらっしゃいましたので。きっと殿下のお気遣いでしょう。開けてみられますか?」


 彼女はテレーザといって、私がこのお屋敷に来たその日から一番近くで何かとお世話をしてくれている。ふくよかで温和な女性だ。

 テレーザや他の侍女たちの手を借りながら、贈り物の箱を一つ一つ開封していく。彼女の言葉通り、出てくるものは全て衣装やアクセサリーなど、身に着けるものばかりだった。

 夜空を閉じ込めたように艶やかな深いネイビーブルーのドレスに、花びらを幾重にも重ねたような柔らかな薔薇色のドレス。そして白銀の繊細な刺繍が豪奢に施されたオフホワイトのドレス。さらには様々な宝石をあしらったネックレスやチョーカー、ブローチにイヤリング……。

 長手袋にショールに靴。いくつ箱を開けても終わらないくらいにたくさんの品物が、床を埋め尽くしていく。


「こんなにたくさん……」


 ようやく全ての箱を開封し終えた後、私はそれらを見渡し呆然とした。テレーザが苦笑して言う。


「まぁ、本当に。まさかこれほど豪奢な贈り物がお部屋を満たすことになるとは、驚きましたね。大切に保管させていただきますので」


 テレーザは他の侍女たちに指示を出し、あっという間に全ての品物を部屋続きのドレスルームへと片付けてくれた。




 そして翌日の夕方。外務局に勤めはじめて以来初めて定時で仕事を終えた私は、その足で急いで帰宅し身支度を整えた。


(すごく久しぶりだわ……こんなにドレスアップするのは)


 アルーシアの王宮を離れメロウ侯爵邸に帰った時から、こんな風に丁寧に身支度をしたことは一度もない。ヒューゴ殿下との離縁後はすぐにあの領地南東の屋敷に移り、質素に暮らしていた。以来動きやすいワンピースしか身に着けていなかったし、ここでも同じようなものだった。

 けれど今、私はトリスタン王弟殿下から贈られたうちの一枚、ネイビーブルーのドレスをまとい、それに合ったパールと銀細工のアクセサリーを身に着けている。そして侍女たちに丁寧にお化粧を直してもらい、髪を結ってもらった。


「……まぁ、なんと……。見惚れるほどのお美しさですわ、セレステ様」

「ありがとう、テレーザ」


 心底感心したようにそう言ってくれるテレーザに微笑み、改めて目の前の鏡を見つめる。あまり派手にはしたくないという私の希望に沿い侍女たちが結ってくれた髪は、後ろでひとつにまとめられ、緩やかな三つ編みにされた。編み目に沿って細い白銀色のサテンリボンが絡められたその髪を、右の肩から前に下げる。この黒髪にはよく似合っているように思うし、ドレスの色味とも相まって、とても品のある落ち着いた雰囲気に仕上がっていた。


 支度ができてからほどなく、王弟殿下がお越しになった。玄関ホールに入ってきた瞬間、出迎えた私を見た殿下がその動きをぴたりと止めた。

 繊細なビロード仕立ての上着を羽織った殿下のお姿は、まるで絵画の中から抜け出してきたかのように堂々と、そして息を呑むほど美しかった。こちらも思わず静止してしまう。数週間ぶりに見ると、やはり彼はずば抜けて素敵な殿方なのだと改めて気付く。

 すぐに我に返り、私はゆっくりとカーテシーをした。


「お待ち申し上げておりました、王弟殿下」


 顔を上げ再度目を合わせると、殿下はしばらくして静かに口を開く。


「よく似合っているな。綺麗だ」







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