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16. 周囲の反応

 私を買ってくださっているトリスタン王弟殿下の期待に応えるべく、私はイルガルド王宮の外務局で日々黙々と仕事に取り組んだ。勤務開始直後は、覚えるべきことが山のようにあった。まずは外務局の組織図と各々の顔と名前を覚えるところから始まり、備品の受発注の仕方や、文書の保管場所や管理ルールの確認。さらにはイルガルド式の公式文書の書き方や、他国との進行中の交渉案件、予定されている会談の日程の把握など、数え上げたらきりがなかった。

 数日間は脇目も振らずにそれらの仕事をこなしていた私だけれど、ある日私の机に資料を持ってきてくれた女性文官の態度が気になった。

 リューデ局長が外出していた、その時。無我夢中で目の前の文書を頭に叩き込んでいた私の視界の隅に、突如大きな音を立て分厚い書類の束が置かれた。驚いて肩が跳ねたけれど、それが私が探していた資料だと気付き、私は慌てて顔を上げた。


「あ、ありがとうございます。助かります」


 すると、資料を置いてくれた若い女性は冷たい目で私を一瞥し、そのまま無言で離れていく。その時に、独り言のようにぼそりと言葉を発した。


「随分と熱心でいらっしゃいますこと」


 するとその声が聞こえていたらしい近くの席の女性文官が反応し、小さく笑った。


「本当ね。まるで必死になって我が国の機密書類でも漁っているみたいだわ」

「そんなはずがないだろう。何と言っても王弟殿下が直々にお連れになった特別待遇の女性だぞ。このイルガルド王国を裏切るような真似を、すぐさまなさるはずがないじゃないか」


 別の男性文官まで口を挟み、そんなことを言う。その時にようやく、今自分が嫌みを言われているのだと気付いた。


「もちろんそうよね。あの王弟殿下を裏切り、我が国で知り得た情報を母国に流したりなさるわけがございませんもの。ラザフォードさんは元々はとても高貴なお方。ご自分の言動には慎みをお持ちのはずよね」

「当然さ。でなければ王弟殿下のお顔に泥を塗ることになるだろう。お屋敷まで準備してもらい、格別な環境を整えてもらった上で、こうしてお勤めをなさっているんだ。裏切るどころか、相応の働きで我々を引っ張っていってくださるはずさ」

「そうよねぇ。とても優秀なお方みたいですもの。一部では王弟殿下への()()()()()が気に入られての登用なのではないかと口さがない噂話をしている者もいるようですが、愚の骨頂ですわよね。期待していますね、ラザフォードさん」

「……」


 近くの席の人たちがくすくすと笑い声を漏らしたり、それを咎めるように大きく咳払いをしたりしている。

 警戒、不審、嫉妬。そして反感や不満。さらには私が色仕掛けで王弟殿下に取り入り、今のポジションを用意してもらったような噂まで出ているらしい。

 自分に向けられている周囲の感情を理解し、私はゆっくりと息を吐いた。

 これらの反応は当然のことだ。最初から覚悟していた。けれど私が入ってきたことで、ここにいる皆さんの仕事への意欲を削ぐわけにはいかない。

 そう思った私は、ゆっくりと椅子から立ち上がり、彼女たちの方に向き直った。周囲の皆がぴたりと会話を止め、身構えたような表情で私を見る。

 私は室内を見渡しながら言った。


「皆様のご心配は、重々理解しております。ですが今の私は、このイルガルド王国のために働く一文官です。王弟殿下の信頼や皆様のご期待を裏切るような行為は決していたしませんし、イルガルド王国の利益を損なうこともしません。……といっても、言葉だけではきっとまだ、皆様の信頼を得ることはできないでしょう。どうぞ、今後の私の仕事ぶりを見てご判断ください。お願いします」


 強い視線でこちらを見ていた文官たちも、私の言葉を聞くと視線を逸らし、それぞれが自分の手元の書類を見たり資料室へ向かったりしはじめた。中には「ええ。よろしくねラザフォードさん」などと微笑んで返事を返してくれる人もいた。


 周囲を納得させるだけの結果を残さなくては。そう意気込んだ私は、それ以来ますます仕事に打ち込んだ。これまで培ってきた知識を駆使し、外国との往復書簡や条約案を見直して誤訳を見つけたり、他国の作法や慣習に関する文官たちの質問にもいち早く答えた。急ぎの外交文書の翻訳や修正も正確に行い、外務局の業務に貢献するよう尽力した。

 そうして毎日がむしゃらに仕事に励んでいた私が、ある夜屋敷に帰った時のことだった。

 出迎えてくれた家令から、驚くべきことを告げられた。





 

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