14. 王子妃になりたい(※sideリリエッタ)
侍女たちに身支度をさせながら、あたしは有頂天だった。
やっと目障りなセレステが、この屋敷から、ヒューゴ様の隣から消えてくれた……!
子爵だった父が死に、前妻との間の嫡男に屋敷を追い出された後、母は苦労しながらあたしを育ててくれた。やがて同じように配偶者に先立たれていたメロウ侯爵が母の美貌に惹かれあたしたちを呼び寄せてくれたことは、本当に幸運だったわ。母と共にメロウ侯爵家に移り住んでから四年弱。あたしはこれまで、自分なりにやれることを全部やってきた。
メロウ侯爵の実娘であるセレステに甘えて懐に入り込み、可愛がらせて油断させた。ついでに素敵な持ち物はいくつもねだって奪ってやったわ。
母譲りのこの美貌を駆使して、セレステの長年の婚約者だったヒューゴ第二王子殿下だって籠絡した。すっごく大変だったわ。セレステの目を盗んでヒューゴ様との逢瀬の時間を作って、甘えて誑かして、唆して。本当、いっぱい頭を使ったの。
並行して、セレステが王子妃としての務めを果たせない体なのだと、義妹として心配でたまらないのだと、あらゆる社交の場で口を滑らせてやった。「どんなに辛く当たられても、嫌われていても、あたしにとっては大切な新しい家族なんです……。お義姉様には、幸せでいていただきたいんです……うぅっ……」って、この台詞と泣き真似、一体これまで何度繰り返してきたかしら。我ながら飽きがくるほどよ。
全ての努力は実を結び、ついにヒューゴ様とセレステは離縁したわ。そしてそれは彼女自身が子を産めないせいだと、この王国の貴族社会全体に知れ渡らせた。彼女があたしを虐めていたと、母とあたしの口から何度も義父であるメロウ侯爵に告げ口していたから、侯爵もセレステを疎んじるように本邸から遠ざけた。そしてついに、セレステはメロウ侯爵家から出奔したわ。
(いやらしい醜悪爺のもとに泣きながら嫁いでいくセレステの姿も見たかったんだけどねぇ。まぁ王家から離縁された上に何の後ろ盾もないただの娘となった彼女には、どうせもうろくな未来はないわ。これからセレステの行く末についてどんな噂話が流れてくるのか、それも楽しみの一つになったわね。ふふ)
セレステに特別な恨みがあるわけじゃない。ただ妬ましかっただけ。
紫色の不思議な艶を帯びた美しい黒髪。アメジストのような神秘的な瞳。
陶器のようになめらかな肌は同じでも、意志の強そうな凛とした美貌は、あたしが持っているそれとは正反対の魅力で。なんとなく最初からいけ好かなかった。その上生まれながらに恵まれた家柄で、さらに王子の婚約者。
下位貴族出身のあたしは、普通に過ごしていればセレステとは一生縁がないはずだった。けれど母とメロウ侯爵が夫婦となり、同じ屋敷でセレステとも暮らすようになったことで、あの女の優秀さが無性に鼻につくようになってしまった。
なんでこんなに完璧なのかしら。壊してやりたい。奪ってやりたい。
そんな感情が日に日に膨れ上がっていった。それで実行することにしたわけ。
結果として今、あたしはこの豪奢なメロウ侯爵家のタウンハウスの一室で、こうして大勢の侍女たちに傅かれ身支度を整えてもらっている。
「このような感じでいかがでしょうか、リリエッタ様」
「……うん、いいわね」
なんとなく気に入らなくて何度も結い直させた髪は、お気に入りのツインハーフアップを凝った感じにアレンジさせたもの。濃い紫色のドレスも、レイヤードたっぷりで素敵でしょ? これから高貴なお方に嫁ぐ女って感じの、特別な気品が出ているわ。
ダイヤモンドのアクセサリーをいくつか身に着けて、あたしはヒューゴ様に会うために王宮へと向かった。いよいよだわ。今日は彼から、決定的な言葉をもらえるはず……!
あたしは王子妃になるのよ……!
けれど。
王宮でお会いしたヒューゴ様は、眉間に小さな皺を寄せ困ったようにこう言った。
「リリエッタ……。その、いろいろと難航していてね……。まだ君を僕の妃として迎えることはできないんだよ」
「どっ……どうしてなの!? ヒューゴ様!! まだ国王陛下が渋ってるの? セレステが陛下に何か吹き込んだ件は、あなたが釈明してくれるはずじゃなかったの!?」
期待したプロポーズがないことを知り、あたしは思わずヒューゴ様に食ってかかった。けれど彼は煮え切らない態度をとる。
「それはそうなんだが……。陛下は元々、君を僕の妃に据えるつもりはなかったとおっしゃるんだ。セレステと違い君は下位貴族家の出身で、王子妃教育を受けたこともない。セレステの後を継いで同様の働きをしてくれるだけの令嬢を選ばなければいけないと。ほら、陛下はもうお歳を召しておられるし、兄上は離宮に引っ込んでしまわれたままだろう。王族としての外交関係の公務は全て、僕と妃でこなしていかなければならないからさ。次の妃を簡単に決めてしまうわけにはいかないと」
「な……っ!」
怒りでお腹の底が熱くなる。王子妃に選んでもらえないなら、あたしのこれまでの苦労は何だったっていうのよ。冗談じゃない。引き下がるわけにはいかないわ。お母様だってあたしが王家に嫁ぐことに、すごく期待してるんだから!
「お、お勉強ならこれからめいっぱい頑張るわよ! あたし真面目なのよ!? 教育係の人たちに教えてもらえるなら、王子妃教育なんてすぐにこなしちゃうわ。……ねぇ、お願いよヒューゴ様。国王陛下を説得して。もういろいろなお茶会で何度も言っちゃったのよ。あたしはあなたと結婚するんだって」
上目遣いで袖をぐいぐい引っ張りながら懇願すると、ヒューゴ様は緊張感のない顔でヘラッと笑って言った。
「も、もちろんだよリリエッタ。僕だって君という人がいるのに、他の令嬢と愛のない結婚をするつもりなんてないよ。メロウ侯爵も陛下に何度も謁見しているみたいだし。僕からも引き続き説得してみるよ。もう少し待っていてくれ、リリエッタ。君が努力を続けてくれれば、きっと陛下の心も動く」
「……ええ。分かっているわ」
努力を続けるも何も、勉強なんて全然してない。無事王子妃の座に納まってからじゃないと、やる気が出ないわ。
ヒューゴ様とその兄上の王太子殿下は、国王陛下ご夫妻がだいぶお歳を召してからできた王子らしい。王太子殿下は、なんだか分からないけれど、奥方と娘と一緒に離宮に引っ込んじゃって出てくることもないそう。王宮の期待はヒューゴ様に一身に注がれているんだとか。ものすごく優秀なはずのセレステがあっさり離縁させられたのも、お世継ぎ問題が大きくのしかかっていたからだそう。
側妃制度がないこの王国では、ヒューゴ様の唯一の妃の座を慎重に決める必要があるんだって。だからこそ、若く美しいあたしがぴったりだと思うんだけどなぁ。なんでそれが分からないのかしら。あたしならお世継ぎでも何でも、いくらでも産んであげられるのに。
「もう少し待っていてくれ、リリエッタ。……ね? 今はただ、セレステの様々な公務を引き継げるくらいの実力をつけるよう地道に頑張っていてほしい」
「……お願いね、ヒューゴ様。あたし毎日あなたと一緒にいたいの。あなたのことが、大好きなのよ」
意識的に縋るような目で見上げ心のこもらない言葉を口にすると、ヒューゴ様は嬉しそうに破顔した。
「僕もだよ、リリエッタ」