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12. 手紙

 自力で持って歩ける限界の大きさのボストンバッグに、詰められるだけの身の回りのものを詰める。そして私は、静かに屋敷を後にした。

 侍女も家令も、誰一人見送りには来ない。玄関ポーチを出て黙々と歩いていると、高いところから甲高く不愉快な声が降ってきた。


「さよぉならぁ~お義姉様ぁ~! もうあなたの居場所はここにはないのよー! 忘れちゃダメよー! どうぞお一人で、頑張って生きていってね~!」


 振り返らなくても、リリエッタが上階の窓からニヤニヤしながら私を見下ろしているのが分かる。無視して門の方へと向かっていると、幾分低くなった彼女の声が響いた。


「今に見てなさいよ! あたし絶対に王子妃になるんだから! どこぞの田舎町であたしの華々しい噂を聞いて、せいぜい悔しがればいいわ!!」


(……屋敷の窓から叫び散らかす人が王子妃になんてなれるわけがないでしょうに)


 そう心の中で呆れながら、私は一度も振り返ることなくメロウ侯爵邸の敷地を出た。




 適当な辻馬車に乗り、座席に座って深く息をつく。そこでようやく、私は今後の自分について考えはじめた。


(さて、どうしよう。もう感傷に浸っている暇はないわ。これからどこで、どう生きていく……?)


 父の命に背き、絶縁する形でそのまま家を飛び出したのだ。何の紹介状もない。ツテもない。あるのは当面生活できるだけの身の回りのものと、いくつかの母の形見の品だ。


(……迷う理由はないわよね……。頼れる方は、一人だけだわ)


 博打にも程があるけれど、頭に浮かんでくる案はただ一つ。

 イルガルド王国の王弟殿下、トリスタン様を訪ねることだった。

 この王国にいたって、ろくな道は残されていない。私は王家を追われた身だと、社交界には知れ渡っている。メロウ侯爵の意向に背いてまで私個人を支援したり、味方として動いてくれる人など思いつかない。


『イルガルド王国へ来ないか、メロウ侯爵令嬢。俺ならばあなたの能力を存分に活かせる、それなりのポジションを用意することができるぞ』


『もしも本当に、望まぬ道しか示されないようならば、我が国に来るといい』


 彼の言う『それなりのポジション』が何を意味するのか、はっきりとは分からないけれど、ああまで言ってくださったのだ。私の培ってきた知識を活かせる、何らかの責任ある仕事でも紹介していただけるのだと信じたい。


(でもそもそも、あのお言葉もどこまで本気だったのかは分からないけれどね……。もしかしたらただの気まぐれでおっしゃったのかもしれないし)


 イルガルド王国へ行ってみて、本当に王弟殿下が私と会ってくださるようならば、話を聞こう。

 平民として市井で生きていく覚悟を決めるのは、それからでも遅くはない。


 皮肉にも、私が勢いで乗った辻馬車が着いたのは、アルーシア王国とイルガルド王国との国境沿いにある小さな街だった。まるで運命に導かれでもしたかのようだ。

 ためらいつつも、私は母の形見のうち一つの指輪を換金した。イルガルドへ渡るためには、どうしてもお金が必要だったから。

 心の中で母に謝りながら、私は母国を離れ、たった一人イルガルド王国へと向かった。




  ◇ ◇ ◇




 不慣れな渡航手続きを終え、私はついにイルガルド王国へと入国した。本当に来てしまった……。さすがに緊張で足が震える。つい先日までアルーシアの王宮で大勢の文官たちに囲まれ公務に励み、どこへ行くにも何をするにも侍女たちがついて回っていたというのに。今はたった一人ボストンバッグを抱え、異国の地を歩いているのだ。大して親しくもない、ただ一度、共に泥に塗れて作業しただけの方を頼って。


(どうかしてるわね、私……)


 自嘲しながら、それでも私は足を止めることなく、そのまま王都を目指したのだった。


 翌日にたどり着いたイルガルド王国王都の宿で、私はトリスタン王弟殿下に訪問を願い出る手紙をしたためた。書きながらますます不安になる。この手紙が本当に、王弟殿下のお手元に届くのだろうか。メロウの名を捨てた私は、母の旧姓をもじったラザフォードという名でこちらに入国し、手紙の差出人もセレステ・ラザフォードとした。内容も検閲されることを考えて、曖昧なものに留まった。


『敬愛するイルガルド王国王弟殿下

 先日はありがとうございました。私は現在その立場を離れ、一個人として身の置き所を探しております。殿下が私にかけてくださったお言葉が今もお心におありでしたら、僭越ながら一度お目にかかる機会をいただけましたら幸いに存じます──』


 これで果たして伝わるのか。

 したためた手紙を封蝋で閉じ、宿屋から飛脚に託す。

 祈る思いで数日間待ち続けた。その間にも、宿代はどんどんかかる。日に日に焦りは大きくなっていった。

 お返事はいただけるのだろうか。まさか本当に頼ってくるとは、なんて煙たがられてしまったら……。

 

 そんなことを考えていた、五日目のこと。

 私が滞在している宿屋に、イルガルド王宮からの使者がやって来た。






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