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11. 出奔

「あたくしが()()して差し上げたのよ。セレステさんにぴったりの嫁ぎ先ではないかしら? って。ほほほ……。先方は王家の遠縁に当たられる由緒正しいお血筋の方ですし、若くてしっかり者のお世話係をご所望だと伺っていたものだから。あなたを置いて他に適任はいませんわ。そう思わない? セレステさん」


 その意地悪く細められた目を見て察した。これはリリエッタのことを陛下に進言した私に対する嫌がらせなのだと。ベアトリス夫人が父を唆したのだ。

 気付けばさっきまで声を上げて泣いていたはずのリリエッタまで、ベアトリス夫人の膝から顔を上げこちらを振り返り、ニヤニヤと笑っている。


「そうよ、お義姉様ぁ。たっぷりと優しくお世話して差し上げたらいいわ。ね? 伯爵はまだ()()()みたいだけどぉ、お義姉さまなら子どもができちゃう心配もないし、ご子息のいるハーラン伯爵家の火種にもならないでしょぉ? ふふふ。まぁ、万が一できちゃったら、その時はその時よね」


(……最低ね、この人たち)


 屈辱と怒りで、全身が小刻みに震える。私は立ち尽くしたまま、彼女たちを()めつけた。

 父はそんな私の様子を気に留めることもなく淡々と言う。


「先方にはすでに話を通してある。ハーラン伯爵はすぐにでも輿入れをご希望だ」

「お断りします」


 私は間髪を容れずに答えた。父が私の顔を見る。


「……断るという選択肢は、お前にはない。子をなせぬ者として王家を追われた身であることを弁えろ」

「他の選択肢もあったはずですわ。なぜわざわざハーラン伯爵の後妻となる道を示されるのです?」

「メロウ侯爵家にとって最良の選択だからだ。残された道の中ではな」

「貴族の娘のくせに、当主に楯突くの? セレステさん。思い上がりも甚だしいわ。ご自分を何者かと勘違いなさっているのではなくて? あなたはもう王族ではないのよ。そしてもう他にあなたの使()()()もないの。その残った道の中で、せめてメロウ侯爵家にとって最も有益な道に進んでいただかなくてはね」


 ベアトリス夫人が私たち親子の会話に、喜々として口を挟む。

 黙って従うべきなのだろう。侯爵家の娘ならば。

 だけど、ここまで貶められるほどの非が私にあったのだろうか。

 淑女教育、王子妃教育に励み、義母と義妹を迎えてからは良き家族であろうと優しく丁寧に接してきた。ヒューゴ殿下のもとに嫁いでからは、王国と民のために真摯に働いた。

 その挙げ句夫と義妹に嵌められ、この上ない不名誉な烙印を押されて王家から見限られ、今後の人生は下衆な老人の()()をしながら生きていけと……?


(……平民になった方がマシよ。侯爵家の後ろ盾なんか失っていい。こんな屈辱を味わうくらいなら、路上で野垂れ死にした方がまだ納得がいくわ)


 一瞬の判断だった。腸は煮えくり返っているし、冷静ではないかもしれないけれど、後悔はしないという確信があった。

 こちらを見据える父に、私ははっきりと宣言した。


「私のことはお見捨ていただいて結構です。ですが、ハーラン伯爵に嫁げというお父様の命令は、固くお断りいたします。受け入れることはできませんわ」

「……ならば出ていけ」


 父のその低い声を聞いた瞬間、ベアトリス夫人とリリエッタが顔を見合わせ、目を輝かせた。


「今後一切メロウ侯爵家の名を名乗ることも、屋敷に住むことも許さぬ。それでいいのだな? これ以上私に逆らうのならば、本当に勘当する」

「かまいません。すぐに出て行きますわ」

「……出奔として記録されようとかまわぬと言うのだな?」

「はい」


 逸らすことなく父の目を見据えると、父も私の覚悟を確かめるかのようにこちらを見つめ返してくる。……ふと、胸に切ない痛みが走った。義母と義妹が来るまで、私たちはそれなりにいい親子関係を築いていたはずだ。日々親しく会話を交わすような気安い関係では決してなかったけれど、母を失った悲しみを共有し、互いに尊重し合っていた。こんなひどい決断を問答無用で私に突きつける父ではなかったのだ。

 父の顔にわずかな動揺の色が浮かんだ、その時だった。


「あら、では王宮に届け出をしましょう。セレステさんは出奔したとして、もうこのメロウ侯爵家とは無縁の存在となった。それでよろしいのではなくて? あなた」

「お義姉様がそうお望みなら仕方ないわよね! とっても残念だけどぉ……お元気でね、お義姉様。あ、そっか。もう『お義姉様』なんて呼んじゃダメなのよね。ふふ」


 急かすように二人がそう言った後、父はもう一度私に確認した。


「いいのだな、セレステ」

「はい。もちろんです。役立たずの娘は大人しく退場いたしますわ。これまでお世話になりました、お父様。どうぞお元気で」


 そう言い切ると、私はゆっくりと礼をした。そしてそのまま踵を返し、居間を後にした。


「やだぁ! ホントに行っちゃったわぁ! さようならお義姉様ぁ」


 リリエッタの楽しげな声が扉の外にまで届いた。


 唇を噛みしめ涙を堪えたのは、悔しさや今後の自分の人生に対する不安のためではない。

 荷物をまとめるために自分の部屋へと向かいながら、私はかつての父の穏やかな笑顔を、ゆっくりと記憶の底に沈めた。





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