10. 衝撃の通告
呼び出されたのは王都のタウンハウスではなく、メロウ侯爵領内の本邸だった。タウンハウスに負けず劣らずけばけばしい雰囲気になった居間に足を踏み入れるやいなや、私はその場にいたリリエッタに怒鳴りつけられた。
「お義姉様!! ひどいわ!! あなた、国王陛下にあたしの悪口を吹き込んだんでしょう!? あたしを王子妃にするべきじゃないって! あんまりよ!!」
リリエッタは勢いよく立ち上がると、空色の瞳を吊り上げて私の方へと足早にやって来る。奥に座っている父とベアトリス夫人がこちらを見つめている。
「……いきなり何? 私はお父様と話をするために来たのだけど」
「ごまかさないで!! 邪魔者のあなたがいなくなって、やっとヒューゴ様とあたしが真実の愛を貫けると……結婚できると思ったのに……! 陛下の許可が下りないのよ! あなたが言ったそうじゃない。あたしを王子妃にするべきじゃないって! それで陛下が慎重になってるんだわ!」
「本当に、何なの? あなた。リリエッタを虐め続けたばかりか、その結婚さえも邪魔するだなんて。ヒューゴ第二王子殿下に捨てられた逆恨み? 王族としての責務を果たすこともできなかったくせに、随分と余計なことをしてくれたわね」
ソファーに座ったままこちらを睨めつけ、ベアトリス夫人が低い声でそう言った。父は黙ったまま私を見つめている。まるで反応を確かめるかのように。
何も言ってくれないので、私は小さくため息をついて反論した。
「私は当然の進言をしたまでです。リリエッタには王子妃としての教養も資質も覚悟も、何もないと。そう正直に申し上げました。ですが私が何も言わずとも、陛下は的確なご判断をなさったと思いますよ」
「さ……最低よお義姉様!! 自分が捨てられたからって……あたしの幸せまで踏みにじる権利があなたにあるわけ!? お、お母様ぁ……っ!! うわぁぁん!!」
リリエッタは極限まで吊り上げた目を今度は途端に潤ませ、くるりと踵を返した。そしてベアトリス夫人のもとへと駆け寄り、彼女の膝に突っ伏して泣き崩れたのだ。
ベアトリス夫人はそんな実娘の背を撫で、もう片方の手を彼女の頭に添えると、「ああ……」と絶望的な声を漏らした。
「なんて可哀想なリリエッタ……! あなたはひたむきにヒューゴ王子殿下を愛していただけなのに……。まさかこんなひどい目に遭わされるだなんて……! あなた、セレステさんのなさったこと、どのようにお考えですの? ご本人の目の前できちんとおっしゃってくださいな。これは虐めの度を越していますわ!」
父に向かってそう抗議する義母に、私は毅然と言い放った。
「どこが虐めに当たるとおっしゃいますの? ベアトリス夫人。王家に仕えた者として、そして国民の義務として、私は正直に意見を申し上げたのです。そこには決して私情を挟んでなどおりません。そして何度も申し上げますが、私はリリエッタを虐めたこともただの一度もございませんわ」
(この会話をまた繰り返す羽目になるとはね……)
どうせ信じてはもらえないと分かっていても、言わずにはいられない。国王陛下は私の進言を聞き入れて、ヒューゴ殿下とリリエッタの結婚を許可しなかったのだろうか。だとしたら、この王国のためには役に立ったと思うべきだろう。ひとまずは。
けれどベアトリス夫人に抗議の目を向けられた父は、そうは思わなかったようだ。
「もういい、セレステ。しつこく言うな。お前が陛下の御前でとった言動は、今さらなかったことにはできない。ヒューゴ王子殿下とリリエッタの婚約及び結婚については、私からもよくよくご相談せねばなるまい。……セレステ、それはそれとして、お前の再婚が決まった」
「……え? 再婚、でございますか?」
納得いかない父の言葉に反論しようとした私の言葉は、宙で消えた。聞き捨てならない単語が耳に飛び込んできたからだ。再婚? こんなに早く?
父は私から目を逸らすように視線を落とし、重々しく頷いた。
「そうだ。お相手はハーラン伯爵だ。前王妃陛下の遠縁に当たる。伯爵は病で長く床に伏しておられ、近々ご子息が家督を継ぐことになっている。奥方をとうに亡くされ、お前のように王家に嫁いだ経歴のある者を最後の伴侶にと、強くお望みだ」
「ハーラン伯爵……ですって……? 本気でおっしゃっていますの? お父様……」
その名を聞いた瞬間、全身に強い悪寒が走った。
醜悪な見目の、下卑た老人。若い頃から女癖が非常に悪く、数々の女性に手を出しては金の力で揉み消してきたという噂が後を絶たない。
今はもうまともに歩くことさえできないというのに、「若い女に看取られたい」だの、「夜の世話をできるくらいの元気はある」などと公言して憚らないという。
王家の遠縁という肩書きだけで、どれだけの女性がその男の被害に遭ってきたのだろう。
そんな人物の「最後の伴侶」に……この私を差し出すというのか。この父は。
幼い頃から必死で努力し、ひたすら勉強に励んできた。そして王家に嫁ぎ、嫌われながらも第二王子を陰で支え続けた。その末が、下品でいやらしい老人の介護役……?
呆然とする私の顔を見て、ベアトリス夫人がにやりと笑った。