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第八話 四人の賊

 クリスは腕を振って走っていた。毎日のように自転車で通る道、本日既に一往復した道を再び通る。自転車を使わず、自らの脚で走って。


「クソッ…………なんで意外と遠いんだよッ」


 自転車で駅まで十分という絶妙な距離感に対し、苛立ちを覚えた。彼の心にはもう余裕がなかった。

 しかし、駅の姿が見えて安堵した矢先、彼の額に僅かに雨粒がかかる。急いで駅構内へ向かおうとしたが、四人組の男たちが彼に絡んできた。


「あれー? もしかしてクリスちゃーん?」


「ああ、クリスじゃん。ちょうどいいところに来たな。ちょっと付き合えよ」


「悪いな、今急いでるんだ」


 四人に囲まれたクリスは強引にもその場を抜け、改札を通ろうとした。しかし、ズボンのポケットに手を入れても、そこに交通系ICカードはない。そして結局リュックに財布も入れていない。あるのは、スマホの中に入った電子マネーだけだ。

 クリスは戦慄した。

 彼は、汗を搔き、服を上下全て着替えていた。今は白いTシャツにクリーム色のズボンだ。全体的に白い。そして、彼は履き替える前のズボンの中にICカードを入れたままだったことを思い出す。彼は自身の不甲斐なさを密かに嘆いた。


「待て、このまま行こうってんじゃねーだろーなァー」


「何するんだよ。俺は今日中に図書館へ行かなければならないんだ。放せ」


 クリスの肩に手を掛けたのは、四人の中でも一番小柄な男だ。単純に口が悪い。陰で色々やってる。しかし、その小柄さと表向きの人懐っこさから中高と女子にモテたとかモテないとか。但し、クリスはそんなこと知らない。


「ちょっとだけ遊んでくれよ。な?」


 そう言って、クリスのもう一方の肩に手を置いたのは、クリスと同じくらいの身長の男だ。異なる点と言えば、彼の方がクリスよりも筋骨隆々であることくらい。残りの二人はニヤニヤしながらクリスを見ている。そのうちの一人が言った。


「俺らと何か賭けて勝負しよーぜ」


「…………さては、これも俺に課された試練の一つなのか」


 普段のクリスであれば断っていた。しかし今、クリスには現金が必要だった。彼らの要求にもよるが、その勝負を受けざるを得ない。また自宅に戻るのは流石に御免だった。


「わかった。いいだろう。そっちの要求は何だ? 俺は現金を要求する。いや、生で現金渡されるのはまずい。そこの券売機に金を入れて俺の切符代を負担してもらう」


「ほーう、面白れー。それなら俺らが勝てば、その切符代と同額分アイスでも買ってもらおうか」


「六百円くらいだぞ? 同額って…………案外フェアな奴だな」


「うるせぇ! とっとと始めんぞ!」


 五人は駅の外へ出た。雨が本格的に降り出す前に駅構内に入ったはずなのだが、何故か雨の降る中、五人は立っている。リュックは雨の当たらないところに置いておいた。小柄な彼が世紀末を思わせるような口調で叫んだ。


「第一試合ィー、我らが筋肉の塊ィー、バーサスクリスゥー!」


「おい、今から何するんだ?」


 クリスが訊くと、筋肉の固まりが答えた。


「第一試合は指相撲に決まってんだろが。調子乗んじゃねーぞ」


 クリスは呆れた。彼らはクリスと同じ年だ。つまり、高校を卒業して二年経つ男たちなのだ。そんな彼らがアイスを求めて絡んできたり、指相撲で勝負を仕掛けてきたりと、あまりにも幼稚すぎる。

 だが、対決を承認してしまったからには逃げるわけにもいかない。クリスは長らく指相撲などやることもなかったが、かつてはかなりの実力者だった。


「気の毒だが正義のためだ!」


 相手に合わせてノリを変えた、わけではない。クリスは闘志に燃えると、やや中二病を発症するのだ。


「レディー…………ファイッ」


 小柄な彼の合図で試合が始まる。


「ははは、お前の指など一捻りだ」


 禍々しいオーラを纏った親指がクリスの親指を襲う。しかし、クリスの親指はその攻撃をひらりと躱した。そしてすかさず反撃に出る。


「オラオラッ!」


 クリスの反撃もまた躱された。制限時間は無いようだが、クリスは急いでいる。だから、すぐにでも決着させたかった。彼は賢かったため、相手の隙を突いた。

 握っていない方の手で相手の脇腹をくすぐり続け、怯んだ隙に親指を押さえつけた。そして十秒間のカウントを終え、一戦目の勝利を収めた。


「うおおい、そんなのアリかよ! ズルだ! そんな卑怯な方法が許されていいはずがない」


 対戦相手は激しく抗議した。彼らは案外フェアなのである。


「いや、ルールの説明が無かった。説明に無かったことは認められるべきだろう。だから俺は何一つルールに反していない」


 彼らは非常に悔しそうな顔を見せた。クリスは指相撲においてのみ、このようにルールにないことを理由にあらゆる手を使い、勝ってきたのだ。相変わらず悔しさを滲ませている司会者は次の試合を宣言する。


「第二試合ィー、じゃあああんけん」

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