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第五話 綺麗な衣装はお金がかかる

 クリスは並んでいた。隣には、ゆるふわツインテの頭が見える。彼女はクリスを見上げるようにして話しかけた。


「さっき可愛いって言ってくれたじゃん? あれって本心?」


「ほぇ? あ、ままま、可愛、いとは思いますが」


 相変わらず、異性との会話が苦手なクリスはぎこちない。本心だろうが、そうでなかろうが、ゆるふわツインテにとっては嬉しかった。彼女は自身をちょろい女だと自覚している。しかし、それでも顔面の整った男に可愛いと言われたことに対して素直に喜んでしまっている。彼女の将来が心配だ。


「この服ね、さっきのお店で買ったやつなんだー。一週間くらい前にお金は払ってたんだけど、受け取るのが今日でさ。折角だから人に見てもらいたかったからちょうど良かった」


「そう、それは良かった」


 クリスは会話を広げられない。だが、三十分間沈黙が流れるのは二人とも避けたかったようで、主にゆるふわツインテが会話をリードした。


「このひらひらしてるの、これだけでめっちゃ高いんだけど、いくらすると思う?」


 腕に巻かれたレースがひらひらした装飾を指してクリスに問いかけた。彼は会話を展開することはできずとも、聞かれたことに答えることは可能だ。


「うーん、三千円くらいかな」


「んー、残念! 実はこれくらいするの」


 そう言って、手でジェスチャーを行い、クリスに金額を伝える。五千円か、そんなひらひらだけでその値段はバカ高いな、とクリスは思った。

 その後も、着ている服や友人の話を一方的に続けていたツインテだったが、ずっと聞き手に徹するクリスに対して、遂に発言を求めてきた。


「ねえねえ、そういえば名前聞いてなかったんだけど」


「知らない人には言えないな」


「ふーん、じゃあ彼女さんについて教えてよ」


 クリスは硬直した。ゆっくりとゆるふわツインテの方を向く。その目は見開かれている。頬を冷や汗も流れていく。


「あ、えーっと、うん、その…………まあ、とても」


「それも教えてくれない感じかな…………?」


 寂しそうな表情を見せるツインテに対して、クリスは無理に笑おうと努めた。笑って誤魔化す。それが得策と考えたのだろう。


「君のような人に好かれる人がどんな人か気になったの。でも、さっき会ったばかりの私に言えるようなことじゃないよね。ごめん、なんでも無い」


 クリスは非常に気まずかった。それと、嘘をつくことが自身をどれほど苦しめるか、それについても実感していた。気づけば前に並んでいる人たちは減り、残り数組となっている。カウンターが二人の視界に入った。

 そして遂に、カップルまたは友人同士限定販売のケーキを買うことに成功。


「一緒に並んでくれたから奢るよ。はい、これ」


 ツインテから渡された箱の中にはケーキが二つ入っている。フルーツが盛られたタルトケーキだ。彼女の手にももう一つ箱がある。条件を満たしてさえいれば個数制限は無いようで、二セット購入し、一つをクリスにくれたのだ。


「そんな、受け取れない」


「いいって。時間取らせちゃったんだし、彼女さんと一緒に食べてよ。きっと美味しいから」


 目的を果たした彼女は、箱をクリスに渡すとすぐに背中を向け、歩いて行こうとした。その背中にクリスは声をかけた。


「ごめん、本当は彼女なんていないんだ」


 クリスの声を聞いたツインテは、振り向いた拍子に髪と服がふわりと揺れる。


「え…………じゃあ本当は?」


「…………俺のせいで図書館から友人が出られなくなっている。きっと今もひどい仕打ちを受けているんだ。だから、彼を解放してもらうために必要なものを一刻も早く家に取りに帰らなくちゃいけないんだよ」


 所々、失敗については曖昧にして語られた内容だったが、それは確かに嘘ではなかった。

 クリスは今日一番の勇気を出した。誠実な相手には誠実に。自尊心が邪魔をして誠実になりきることはできなかったが、少なくとも目の前のツインテに対して誠実な態度を取ろうと試みた。


「我儘言うと、一緒に食べたかったな、このケーキ。でも、君の友達を思う気持ちはたぶん本物だよね。だから私は止めないよ」


「ありがとう」


「じゃあ、またいつかこの街ですれ違ったら。そのときにゆっくり話を聞かせてよ」


「わかった、じゃあお元気で」


 別れの挨拶を交わした彼らだったが、クリスは肝心なことを思い出してしまう。思い出せたこと自体は良かった。しかし、このしんみりとした空気をぶち壊しかねない。

 それでも、クリスは言い出すしかなかった。

 再び、歩き出した彼女の背中に声をかけた。彼女はまた足を止め、振り返る。


「本当に申し訳ないんだけど、お礼を…………ってたぶんこのケーキがそうなんだろうけど、実は現金がなくて交通系ICカードにチャージできないんだ。だから走っていた。勝手な話ではあるけど、お礼として電車の運賃を貰おうと考えていて…………うーん、だからそのー」


「金を出せ、ってことで……合ってるかな?」


 クリスの方を見たツインテは、思わず笑いだしそうな表情をしている。その顔を見たクリスは赤面した。赤面したが、友人のためだ。彼は彼女に頭を下げた。


「お願いします! 俺に金をください!」

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