第二話 身代わりは友人・芹川テウス
激怒した暴君はクリスに対し、迷わず出禁を言い渡そうとしていた。
「本を大事にできない人なんて存在価値ないんだから! 本だけさっさと持ってきて帰って!」
図書館司書的にはアウトな気もするが、彼女のおかげで図書館の治安が良くなったことは確かだった。そのため、館長や同僚たちも彼女に対して何も言わないのだ。
あわあわを脱したクリスは、この期に及んで抵抗を見せる。
「確かに俺が悪い! どう考えても俺しか悪くない! でも、俺は今までこれほどに大きなミスをしたことがない。どうか、チャンスをくれないだろうか。俺に汚名返上させてくれ!」
今まで暴君の前に、提案を持ちかけた者は恐らくいなかった。だからだろうか、彼女の怒りは収まり、何かを考える素振りを見せた。
「…………わかった。じゃあ今日中に本を持ってきたら許してあげる。全く……特例よ、特例!」
「ああ、ありがとうございます……今すぐにでも取りに帰ります」
クリスは友である芹川と共に彼女に背を向けた。しかし、そんな二人に残酷な一言が浴びせられた。
「待って。ここを離れていいのは君だけだよ。お友達にはここに居てもらわないと」
二人が振り返ると、暴君はにやりと笑った。彼女はやはり暴君ではあるのかもしれない。
クリスは芹川の方を見た。無二の友人を置いていく。それはクリスにとって苦渋の決断だった。
しかし、芹川は本当にいい奴だった。
「君ならすぐに戻って来られるさ。早く行ってきなよ。僕はここで待っているから」
「芹川…………本当にすまない。俺が一緒に図書館行こうだなんて言わなければ」
「いいんだよ。僕は友に必要とされるのが嬉しいんだ。困ったときは助け合う。それが僕たちのルールだろう?」
「でもいつも俺ばかり世話になってる。本当に申し訳ない……」
芹川は無言で頷き、クリスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。
暴君は彼らの様子を見て、目を背けた。彼女の脳裏には長らく会っていない友人との日々が思い出されていた。そして、その思い出を振り切るかのように、二人に声をかけた。
「じゃあ、ご友人にはここに居てもらうわ。もし今日中に戻って来なければ、君は出禁。彼はこの図書館からずっと返さない。わかったら、すぐに出発して。あ、でも図書館内走ったら絶対許さないから」
彼女の言葉に頷き、クリスは今度こそ背を向けた。友と共に歩いてきた道を一人で戻っていく。クリスは本当は走り出したかった。しかし、ルールを破るまいと、早歩きで我慢した。
やっとのことでたどり着いた入口を出て、空を見る。まだ、午前中だ。時間はある。
彼は駅に向かって走り出した。風を切って前へ前へと進む。
その姿は、芹川には見えていない。
しかし、彼らの友情は間違いなかった。見えていなくとも、互いを信じるだけだ。
「え、図書館内見て回っていいんですか?」
クリスが出発した後の館内、芹川は出尾からの指示を聞いていた。
「勿論。ここは図書館だよ? 何もせずに立っているだけなんて、時間の無駄だよ。好きに見て回って大丈夫。でも、外に出るのは許さない」
「ありがとうございます、暴君」
「やっぱり縛られてた方がいいのかな?」
「あわあわわ、それは……すみませんでした」
口が滑った友人は、自らをより苦しめかけたが、なんとか回避し、図書館のカウンターを後にした。
既にお昼の時間になっていた。
暴君と呼ばれる彼女にも、席を外す時間はあるのだ。お昼の休憩のため、カウンターから離れ、従業員用の控室へ移動し、お弁当の蓋を開けた。
スマホを片手に、ご飯を口に運ぶ。画面には、懐かしき友とのトーク画面が映っている。最後にメッセージを送ってから二年も経っていた。暴君はその画面を見つめながら、「はぁ……」とため息をつく。もう二年。二年会わない間に変わってしまった私を見たらどんな顔をするかな、などとモヤモヤしながら、また一口。
相手からメッセージが送られてくるのを密かに待ち続けているが、その日も連絡が来ることはなく、お昼休みは終わってしまった。
「ごちそうさまでした」
お弁当を片付けると、再び表舞台へと顔を出す。その顔にモヤモヤとした様子は微塵もなく、また午前中と同様の暴君が現れた。表情は全く怖くない。しかし、その心は些細なことも許せないほど繊細になっていたのだった。