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第十話 芹川と図書館

 クリスが走り、困難と相見えている中、友人である芹川テウスは一人、図書館を歩いていた。

 彼は、クリスが想像するようなひどい仕打ちは受けておらず、自由に図書館を動き回る自由を得ていたのである。


「へぇ、これが今年の本屋大賞受賞作か」


 図書館の一角に作られた特設コーナーには、新しく図書館に入ってきた本たちが大々的に取り上げられている。古くから置かれている本は変色してしまっていたり、修復された跡があったりするものもあるのだが、ここに置かれている本はどれも新品で、紙も日焼けしていない。

 彼は読書家ではなかったが、話題作を時々手に取るくらいには本を読む人間であった。世の中には全く本を読まない人も多々いるのだから、少しでも読む気があるのは良いことだろう。

 受賞作を手に取って、開いてみる。


「…………意外と難しそうだな」


 彼はすぐに本を閉じ、元の場所へと戻した。話題作とはいえ、全てが全て、彼の読書欲を満たすとは限らない。

 続いて、彼は絵本コーナーへと歩いてきた。


「おお、これは懐かしい」


 そう言って手に取ったのは、表紙に白い猫が描かれた幼児向けのシリーズ化された絵本だった。彼もまた、幼い頃はそのシリーズにお世話になったものだ。久々に手に取るその本は、元々サイズが小さいのだが、大学生の手には、より一層小さく見えた。


「フン、意外と面白いな。やはり、単純な本はわかりやすくて好い」


 彼は複雑な内容を読み解くタイプの本も読まないわけではない。しかし、簡単で分かりやすい本の方が、彼に「なんかさくっと面白い物語を知れた」という印象を残しやすいのだった。


 絵本を置いてまた歩き出す。すると、ちょうど返却された本を棚に戻しに来た出尾木乃香と遭遇した。

 彼女と一瞬目が合った芹川だったが、暴君の方から目を逸らされ、彼もまた俯いてしまう。

 偶然目に入った折り紙の折り方の本を手に取って、「あなたのことは気にしていません」アピールを試みた芹川だったが、暴君はどうやら彼を無視するつもりはなかったようだ。


「ねぇ……本ってどう思う?」


 彼は自分に話しかけられた言葉だと認識せず、ドラゴンの折り方のページを見ていた。すると、今度は彼を対象とした言葉だったとわかる言葉がかけられる。


「君だよ、君。あの馬鹿の友達」


「僕ですか」


「他に誰がいるっていうの。まあいいわ。本のことをどう思うか訊いてるの」


 突然の問いに対して、彼はどう返答すべきか迷った。もしも、間違えたことを口にすれば、彼は今度こそ縄に縛られるかもしれない。「うーん」などと唸りながらも、脳内で考えを組み立て、言葉にする準備を急ぐ。


「…………僕にとっては、時々遊んでくれる友達みたいなもの、かな」


 考えた割に、随分と適当なことを言っているようだと、口にしてから気づいた。慌てて暴君の方を見た彼だったが、彼の心配は杞憂に終わる。


「ふぅん」


 思いのほか素っ気ない返答で拍子抜けする。彼女は、テキパキと手を動かしながら、また一つ芹川に質問した。


「…………あの友達とはよく一緒にいるの?」


 彼の中でその問いに対する答えを出すのは簡単だった。しかし、口にしてみて、彼自身不思議に思った。


「まあそうですね。そうです、というよりもそうだったの方が正しいかも。いつでも一緒というわけじゃないですし、大学も違うので実は今日もすごく久々に会ったんですよ」


「そうなんだ」


 やはり彼女は素っ気ない。しかし、彼女が続けた言葉に、芹川はハッとした。


「じゃあ、君にとっての彼は本と同じようなものなのね」


「…………そうかもしれない」


 彼女は彼の不安を煽ろうとしたわけではない。しかし、芹川の心には密かに不安が芽生えていた。


 確かにクリスとは仲が良く、高校を卒業しても時々会う仲だ。しかし、そんな彼にも大学生活を送る中で「今の」友達がいるはずだ。彼にとって自分は「過去の」友人の一人に過ぎない。それは、自分にとっても同じことだ。別にクリスが居なくなったところで、生活に支障は無い。であれば、彼はいざとなったら僕を見捨てるのではないか。


 そんな考えが芹川の脳を渦巻いた。彼は、クリスのことを知っているようで知らない。分からない。窮地に追い込まれた彼がどんな行動をするのか。

 と、考えを巡らせている中で気づいた。


 どうして僕は彼が窮地に追い込まれる前提で話を進めているんだ? と。


 友人である自分が彼を信じなくてどうする。とか言う以前に、普通に考えて閉館時間までには来るだろう。昼頃出発したのだから、昼食をとっていたとしても余裕で間に合うはずだ。安心しろ。と言い聞かせたが、嫌な予感がした彼はスマホで、列車の運行状況を調べた。


「なるほど、止まっているな」


 彼は一人そう呟くと、目を閉じ、深呼吸をした。その様子を隣で見ていた暴君は首を傾げる。それに合わせ、結んだ髪がふわりと揺れた。

あっという間に十話目ですが本編終了後にそのまま後日談を書く予定ですので、良ければそちらもよろしくお願いします。ここまで読んでくださった方、心より感謝です。

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