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第一話 この本借りたの半年前ってマジですか?

 クリスは動揺した。必ず、この本を今すぐにでも図書館に返さなければならないと決意した。


「オイオイ、こんな本借りた覚えないってぇ…………」


 クリスには図書館の場所がわからない。なので、すぐにスマホで検索する。


「嘘だろー、こりゃ遠いな」


 なぜ、そんな遠い図書館で本を借りたのか。それもクリスにはわからない。記憶の果てでそんな事実はとっくの昔に消え去っているのだから。


 クリスは、平凡な大学生である。学年で言えば二年生。二回生とも言うか。まだ二年舞える。

 小学生の頃からリコーダーの腕はピカイチで、白いポメラニアンと戯れてマイペースに暮らしてきた。

 けれども危機察知能力だけは、人一倍に敏感だった。失敗を回避するのが上手い。そんな彼だったが、ついにミスってしまったのだ。


芹川(せりがわ)ー、頼む! 俺と一緒に図書館行ってくれー! 図書館の暴君が怖いんだよぉ」


「どうしたクリス? 何かやらかしたのか?」


 吉藤(よしどう)クリスが電話をかけた相手は、友人の芹川テウス。互いに深く信頼し合っている。それもそのはず、彼らは竹馬の友なのだ。芹川は友人の頼みとあれば、進んで協力を惜しまない。とてもいい奴だった。

 名前からも分かる通り、彼らは二人ともハーフなのだ。クリスはアメリカ人、芹川はイギリス人と日本人のハーフ。顔立ちがジャパニーズしていないのはそれが理由である。境遇が似ていることからも二人は仲が良かった。


「実は半年前に借りた本を返してなくてだな…………」


「あーちゃー」


「弓か? 弓で飛ばすか!?」


「冗談言ってないでさっさと準備しなよ。僕も同行させてもらおう。十分後、駅で」


「感謝する、わが友よ」


 通話を切ってクリスは身支度を済ませると、交通系ICカードを持って自転車で駅へ向かった。

 駅に到着すると、既に芹川は待ち合わせ場所に居た。


「やあ、流石芹川。早いね」


「勿論だよクリス。ところで君、心の準備はできているかい? 図書館の暴君ってオウさんのことだろう? オウさんは、人を殺します」


「いや、なぜ殺す?」


「物理的に殺すわけじゃあないよ。図書館のルールを少しでも破ったらすごく怒るんだ。そして精神的に壊れてしまうのさ」


「たくさんの人を…………殺したのか」


「そう、あの人図書館長じゃなくて普通の図書館司書なのにね。あの人来てからほんとに変わってしまったよ。はじめて雷が落ちたのは、僕たちの友人だった。それから、同じクラスだった大人しい女の子も。その子の友達も。それから、その友達の彼氏も。それから」


「あーもうわかったよー、それくらいで十分だー。変に緊張しない方がいいから。全く、オウさんはご乱心かー」


「乱心というか、そういう性格なんだろうね。まあ、機嫌悪くならないように細心の注意を払うんだよ」


 二人は駅の改札を通った。二度の乗り換えを経て、電車に乗ること四十分。駅を出て徒歩五分。

 目的地である図書館へとたどり着いた。


「そういえば、今日既に六人出禁処分を受けたらしいよ」


 どこから入ってくるのか知れぬ情報を芹川がクリスに伝える。クリスは空を見上げて、深呼吸した。


「呆れたオウさんだ。誰しも失敗はあるのに」


 クリスは、単純な思考回路だった。他にも怒られている人間が大勢いると知って、どこか安心しているようなのだ。彼は芹川と共に図書館の館内へと足を踏み入れた。


「幸運を祈る」


「ありがとう、芹川」


 クリスは覚悟を決め、カウンターへ進んだ。幸運の持ち主であれば、例の暴君が席を外しているかもしれなかった。しかし、クリスはそうではなかったようだ。普通にカウンターにその人は居る。しかし、クリスは暴君の姿を知らなかった。実は、暴君の存在は噂に聞く程度で、その姿を目にしたことはなかったのだ。これは、彼にとって幸運だったかもしれない。


「すみません。本を返し忘れてしまったのですが」


 恐る恐るカウンターにニ、三人いる司書の内の一人に声をかける。彼の選定基準はこうだ。見た目が優しそうかどうか。

 図書館に似つかわしくない筋骨隆々の男性図書館司書、黒縁眼鏡にキリッとした目を持つ真面目系女性図書館司書、そして、ふわふわとした髪を束ねてポニーテールにしている若い女性図書館司書。

 愚かなクリスは若い女性司書に声をかけた。

 彼女こそが、暴君と恐れられる出尾(でお)木乃香(このか)だと知らず。オウさんと呼ばれているのは、図書館利用者のお年寄りが出尾をオウと聞き間違えたことから始まったという。

 彼女は、その場で立ちあがると、クリスをじっと見た。立っても彼との身長差は全然埋まらない。


「そうなんですね。因みにどれくらいの期間でしょうか」


「いやーそれが半年で」


「は、半年ぃ!?」


 彼女は思わず大きな声を上げてしまい、恥ずかしそうに目を逸らした。それを見て何も知らないクリスは、頭を掻きながら「いやー本当にすみません」と笑顔で()()()()()。誤字ではない。謝り方を誤っていた。

 下を向いていた暴君は、何やらブツブツと言っていたが、顔を上げるとクリスに向かって、怒りを露わにした。


「ふざけないで! 何が、いやーすみません、ですか! 半年も返却し忘れるなんて、一発出禁ですよ! …………本を大切にできない方に貸す本なんてないんだから! さっさと本を返しなさい!」


「あ、あっわ。わわ、あわあわ…………」


 クリスは焦っていた。同時に悟っていた。彼女こそ、暴君なのだと。

 衝撃が走り、思わずあわあわ言ってしまう。困り果てたクリスの背中をそっと叩いたのは、彼の友だった。


「クリス、悪いのは君だ。だが、オウさんも話せばわかる人だろう。本を返して、今後も利用できるように頼もう。僕も一緒に頼むからさ」


「あわあわ…………はっ、確かにそうだ。今後利用する予定は今のところないけれど、出禁なんて格好悪いのは嫌だ」


 二人のやり取りを見て、暴君は口を挟む。


「ねえ! 後ろの君! 私のことをオウさんって言うのやめなさい! 王でもなんでもないんだから! あなたも出禁になりたいの?」


「申し訳ない、出尾さん」


 暴君出尾は彼らと大差ない年齢だった。というのも、彼女は今年図書館司書として就職したばかりなのだ。年上だが、彼らよりもずっと背は低い。舐められないためにキレた口調なのでは? とも言われているが、実際見た目で無意識に舐めてかかる輩はいるのだ。そう、クリスのように。


「早く本を出して! 本が可哀想でしょ!」


 慌ててリュックを開いたクリスだったが、その中に本はない。彼はそもそもリュックに本を入れていないのだから当然だ。

 クリスはその場で土下座を試みる。もう膝を地面に着けていた。しかし、彼を止める人物がいた。そう、芹川だ。彼が「やめるんだ」と小さな声で囁き、クリスは土下座を免れた。

 土下座はせずとも、膝立ちの状態で暴君に告げた。


「申し訳ない…………家に忘れてきた」


 暴君出尾木乃香は激怒した。

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