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青薔薇の魔術師と最後の弟子、そして最期の日。

作者: 河野

優秀な魔術師の最期は自殺と、相場は決まっている。





「師匠、今日の薔薇の水やりも終わりました」

「ありがとう、シュトーレン」


青い薔薇に囲まれた邸宅がある、ここ青薔薇の魔術師の住む屋敷は町のはずれにある。

青い薔薇の花言葉は、「奇跡」「神の祝福」---まさに、今世紀最大の魔術師の魔法は奇跡のようで、まるで神に愛されたかのようだと人々はいう。

けれど、ここの家主、青薔薇の魔術師・サイネスは、口癖のように言う。

昔は、青い薔薇という品種も存在せずなかなか作り出せなかったけれど、いまや技術の進歩によって遺伝子組み換えの末に青い薔薇は人々の手で作られるようになった。

あるいは、白い薔薇に青い液体を吸わせることによって白い花弁が青く染まるということもわかっている。

つまり―――青い薔薇も奇跡と呼ばれる魔法もその程度なのだ、と。

誰よりも魔法に長けた大魔術師が、魔法の力を過大評価せず、魔法に頼りすぎてはいけない、と口癖のように言う。


「シュトーレン、そろそろ青薔薇を植え替える用意をしようか」

「植え替える…?どこに植え替えるのですか?」

「せっかく人々が名付けてくれた二つ名だから、私が持っていけるだけ持って行って、あとは欲しいという者がいたら配ってやってくれるかい」

「どちらに持っていかれるのですか?」

「ふふ、私の棺に入れられるだけね」

「急に何をおっしゃって…?棺…ですか…?」

「私も長く生きすぎたからね、そろそろ終いの準備をしよう」

「冗談ですよね?」

「今回ばかりは冗談じゃないよ。言ってあったようにお前が最後の弟子だ、見送っておくれ」


シュトーレンと呼ばれた少年は、12歳のまだ小さい手でサイネスの手を取った。


「そんな、急に…。そんなことをおっしゃらないでください…!」


サイネスの見た目はまだ、人でいうところの40代程度だろうか。

しかし、魔法の力でその本来の寿命を延ばし、延ばして今日まで来た。

これまで見守るべき弟子も多く、いつまでこの命を持たせようかと長らく考えていた。


「魔法使いというのはね、その感覚に鋭くなればなるほど自分の中の魔力の限界を感じやすくなるんだよ。言ってあっただろう」

「存じております!しかし、今でなくとも今日でなくとも…っ」

「限られた数の石があって、その中から一つを選べるとしたら、できるだけ気に入った一つを選ぼうとするだろう。その石が“今日”だっただけの話だ。」

「明日でも、明後日でも、良いではないですか…」

「不思議だね、子供のころは全力で遊んで全力で寝ることができたのに。

 大人になると片付けや後始末のことを考えて力を温存するようになるんだよ、情けないね。」

「それでも、まだ師匠と共に在りたいです、まだ教えてもらうことも沢山…!」

「生きることも欲なら、死にたいと望むことも欲だよ。後始末の体力も残しておかないと上手に生きることも上手に死ぬこともできない、終わりの見えた魔術師はみな同じ欲を持ってしまうんだ」


それはエゴだと、師匠に歯向かいたくなるシュトーレンは固く唇をかんだ。

自分が最後の弟子だと伝えられてはいた。

しかし、それは最期を看取らせるために決めたのだとしたらそんな残酷なことはない。

人が人を育てるとき、順当に最期は訪れる。それは、人間にだけ課せられた日常だ。魔術師はその理不尽な日常からは除外されているものだと思っていた。


「お前が、術に失敗するとき、決まって両手に傷を作るね。その傷が、塞がって、また怪我をして、そうして日々強くなっていくのを感じるのが、好きだった。」


何の話をしているのかと、問うことを目で諫められ、口を固く閉じた。

シュトーレンの握ったサイネスの手が、小さく震えたのが分かった。

思わず片手で握っていた手を、両手で握りなおす。


「私にとっての当たり前になった日常が、お前にとって毎日が冒険のような一瞬一瞬としてその生に刻まれることが、嬉しかった。」


サイネスは、ふふっと笑って続けた。


「大人になると水魔法でびしょ濡れになると腹立たしさに見舞われるけど、

 お前は濡れることを楽しんでいたね。びしょ濡れで笑える強さが羨ましかった。」


シュトーレンの両手で握られた片方の手をそのままに、もう片方の手でそっと彼の頭を撫でた。


「私にはもう感じなくなってしまっていた重力も、お前を抱いたときに確かにあるんだと実感できた。」


目元の髪をかき上げるように撫でると、シュトーレンが片目を薄く伸ばした。

その瞳にサイネスの微笑みが映りこむ。


「親のような気分だったよ、お前が愛しい。」


まだわからなくてもいい、それでも伝えておかねば。サイネスは優しく握り返した。

先ほどまで震えていたのはどちらの手だったか、きっと二人とも震えていた。

そこに決意ある最期があるように、突然の最期よりも準備ある最期を用意してもらえていることに気づく。


「私が棺に入ったら、最後の魔力をお前に託す。それで最期だ。」


こんなに、愛を伝えられたのは初めてだった。

手紙のように紡がれるその言葉たちを、最期に間に合わせてくれたことに目頭が熱くなる。

長く生きた者の最後の一人が、最期を看取る。

長く生きた中で、残りが見えた中で、最良の日に、準備をして送り出すことが、最後の躾のように思えた。

そのうえ、最後に残った力を少年に直接託すという。形見を、直接手渡すというのだ。


「師匠は、なぜ死にたいと…?」

「残りが見えた中で、今日が晴れの日だったから。」

「晴れ…?」

「お前のことがよく見えて、気分がいい。」


そういうとサイネスは椅子から立ち上がり、シュトーレンの手を引いた。

庭へ目を向けると、良く晴れた今日の日に、今朝水やりした青薔薇が燦々と咲き誇っている。


「私にとっての青薔薇は魔法ではなく、お前との日々だったよ」


カラカラ…と窓を開けると、そこにはいつ用意したのか真新しい棺が置かれていた。

棺の下には魔法陣が描かれていて、どこからか現れてどこかに消えていくことを意味していた。

庭に一歩を踏み出したサイネスは、シュトーレンに向きかえり、青薔薇を一つ手渡した。


「棺に入れるのを手伝ってくれるかい」

「―――はい、師匠」


これだけ言葉を残し、愛情を残して、最期をつくってくれた師の頼みを断ることはもうできなくなっていた。

どれだけ悲しくても、苦しくても、いずれ訪れる最期の中で今日この時が最良なのだと、その思いを汲むことも最良の一つなのだと感じてしまっていた。


そして、一つ、また一つと、棺は青薔薇で埋もれていく。

悲しくなることも、嬉しくなることも、すべてこの人から教わった。

薔薇を一つ一つ摘むたびに、涙があふれてくる。

薔薇のとげに痛む指先は、震えていた。別れを惜しむように。

そうして棺は、たくさんの薔薇で溢れかえっていた。

青い空に青い薔薇が、悔しいくらいによく映えた。

風が吹けば舞う青い花弁に、目から流れたものか、花から離れた青色か区別がつかない。


今日はいい天気だね、とサイネスが空を見上げた。


「おやすみ、シュトーレン。」

「おやすみなさい、師匠。」


シュトーレンは涙で溢れた顔を覆うように手が邪魔をしたが、静かに手をおろした。

最期を見送らねばという意思に、使命感を覚えていた。

この先、この人のいない世界で、一人でも薔薇を愛でていけるように。



青薔薇の魔術師の屋敷は、それ以降誰でも訪れてよい”青い薔薇の庭園”と呼ばれるようになり、神の祝福が得られる場所としてそこに在り続けた。

あの時12歳だった少年は、師から受け継いだ魔力を胸に、今日も青薔薇を携えて庭園を訪れる。



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