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94 決戦、撤退そして

 信長は最初から安土城での籠城は考えていなかった。

 野戦に敗れれば、観音寺城まで下がって籠城する。

 そのあたりで朝廷の和解工作が効いてくると考えていた。

 色々仕掛けもしたしな。

 それでも万一を考えて八風街道沿いの城塞群も整備させていた。


「滝川よ。兵が動揺しておるな。」

 本陣で先陣を任せた滝川一益にそれとなく呟いた。一益もそれは敏感に感じ取っていて「良くないな。」と考えていた。

「上様、ここは某にお任せ頂き後ろへお下がり下さい。」

 信長は前方の野洲川を見ながら、

「儂が下がれば、さらに動揺は拡がろう。

されば、ここは儂が先頭に立つ!」

 力強い言葉であった。

 ここは凌がねばな、話が始まらぬ。後は観音寺城から八風街道沿いの城塞を使って何とか和睦まで持たせればよい。

 つい、苦笑いが出て、

 まるで我等が六角にやられた時のようだな。

 信長が上洛戦で六角氏を破った時、観音寺城をも捨てゲリラ戦を展開され手を焼いた、苦い記憶が蘇った。


 信長は野洲川沿いの陣を3段に構え、上杉軍が渡河し始めると渡河中の敵に鉄砲、弓矢を仕掛けるとすぐに密集陣形で上杉軍に突入し始めた。

 川の中で激突し始めた両軍は膝まで水に浸かりながら戦い、四半刻の間一進一退を続けていたが、やがて上杉軍の左先鋒の明智隊が押され始めた。

 織田軍から見れば明智隊は裏切り者である。その憎悪を一身に受けた形であった。


 その様子を観た三郎は、暴れ馬の手綱を放すが如く柿崎勢を投入した。

 満を持していた柿崎勢は中央から先鋒の明智隊の横を抜けて織田軍を切り裂いた。

 一挙に体勢が決した感があった。

 勢いづいた上杉軍は及び腰になった織田軍を蹂躙し始めていた。

「引き鐘を打て!」

 信長は命じると自らも引き上げ始めた。

 当初から予定の行動であった。


 元々劣勢は明らかであった。それを5分5分の引き分けに持ち込むための策を和尚が考えた。

 観音寺城から八風街道沿いの城塞群に引き込み八風峠を越えたところで信忠の軍と共同して決戦に持ち込むというもので聞いた時、「これしかないか。」とため息と共に決断をした。

 しかし、そこに至るまでに何とかなるとも思っていた。ただし、自分が囮になる必要があるとも自覚していた。

 

 信長は安土城に戻らず背後の観音寺城を目指して敗走した。

 周囲の者が信長を逃がそうと次から次へと殿としてその場に立ち止まった。

「この歳になって囮か・・」と苦笑いが出た。

 

途中で馬を乗り換え観音寺城まで走り通した。

 次々と後続の部隊もたどり着いたが隊伍を整えていられたのは最初の数隊のみで、それからは槍を杖代わりにして足を引き摺りながらたどり着く者や甲冑を捨てて裸足で走ってくる者というふうに満身創痍になりながらも何とか辿り着いたといった者達が多くなっていた。

「追撃がきついようだな。」

 その姿を見ながら呟いていた。


 城の周囲、街道沿いそして安土城に配置した物見から報告が上がって来つつあった。

「上杉軍がここに来るまで後半日ぐらいの猶予が有りそうだな。」

 と思った瞬間、安土城の方向から爆発音が響き、空に黒煙が上がった。

 思わず首をすくめながら、

「安土城も囮の役を全うしたとみえる。」とつぶやいていた。

 安土城や安土の街にはあちこちに火薬を詰めた俵を配置して置いた。

 上杉軍が入ってきたところでこれに火を放つ。

 と、今のような爆発音と大きな火柱が上がるはずで、まさにその通りになった。

 問題は上杉軍に打撃を与えたのかどうかだ。


 丹波の武将、波多野秀治は上杉軍が上洛するにあたり、自ら随身を申し出てここまでついてきた。

 元々、足利将軍を擁して上洛した織田に味方したが、織田が将軍家と袂をわかった時から反織田となった。

 将軍を利用するだけ利用し、不要になれば捨ててしまう信長は信用できなかった。

 一方上杉は関東管領。室町幕府とは少し遠いが要職の家である。

 将軍家を蔑ろにするようなことはないだろうと飛びつくように味方した。


 野洲川の戦いではほとんど出番らしい出番はなく、無聊を囲っていた。

 そこに本陣よりの使番が、

「波多野様始め、丹波衆は安土城を攻めて頂きたい。」

 よし、来た!と周りの丹波衆に連絡を取り4千の軍で本隊と別れ安土城へ向かった。


 黒井城の赤井直正と共に安土の街に到着するとそこは全くの無人の街であった。

 そして安土城のまっすぐに伸びる大手道その向こうに聳える絢爛豪華な天主。

 大手道に立った2人はその豪華さ威圧感に圧倒された。

「これが城なのか?」

 城と言えば、防御拠点としてしか考えられなかった頭に衝撃が走る思いであった。


 兵を安土の街そして安土城に向けると2人は大手道の横にある屋敷を本陣とするべく門を潜った。

 その瞬間、足下が揺れ轟音とと共に熱風がやって来た。

 波多野秀治が今生で見た最後の風景であった。



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