89 信長、復活か?
長浜城に戻った秀吉は山本山城の黒田官兵衛を呼び寄せ弟小一郎秀長を交えて会談した。
「まあ、そうなりましょうなぁ。その場に明智殿が居なかったと云うのは殿を試しているのやも知れません。」
息を継いだ官兵衛は、
「ここで降伏するのは悪手ではないと思います。先ず上杉の懐に入らねば我等に将来は有りますまい。後のことは後で考えませんか?」
その言葉で秀吉の腹は決まった。
何故か、あまり歓迎されていない気もするが、必ずや懐に食い込み必要不可欠な武将となって見せよう。
最後まで黙っていた小一郎は、
「一から出直しと思えば何程のこともありますまい。」
弟の言葉にさらに決意を新たに、
「官兵衛、斉藤殿への使者、頼めるか?」
「お任せください。殿は急ぎ坂本城へお行き下さい。」
安土城では、
「父上から連絡はないのか?」
信忠は集まった家臣達を見渡し、
「どうしたら良いと思う?」
と問い掛けるも誰もが沈黙するのみである。重臣である一柳直高が唯一、
「どちらにしても安土城では戦は出来ません。」
安土城は戦の城としては出来はよくない。この城は天下を睥睨するために存在している。
「ではどうする?」
それまで沈黙を破り、森長可が、
「ここは某が防ぎます、殿様は尾張までお下がりください。」
岐阜城が落ちた今、織田家に残された領地はこの安土周辺から伊賀、伊勢に尾張である。西美濃も未だ手の内にあった。
八風街道を使えば尾張へ行くことも難しくない。
「長可、賢秀(蒲生)ここを頼む。すぐに尾張へ発つ。皆準備せよ。」
信忠が居間で出発までの落ち着かない時間を過ごしていると、小姓が慌てて飛び込んで来た。
「上様が!上様がお戻りになられました!」
思わず腰が浮いた、
「すぐに参る!」と走り出していた。
信長一行は埃まみれで安土城にたどり着いた、苦しい逃避行であったのであろう。
「上様!上様!父上!」と叫び足元に跪き、次の言葉がでないまま信長の顔を見上げていた。
「中将殿、遅くなった。ここまでよう踏ん張った。これからは儂に任せよ。逆に攻めようぞ。」
皆を集めよ。と言うと着替えを始めた。
朝に続いて2度目の評定の召集が掛かった。大広間の上座に信長と信忠が座ると蒲生賢秀が
「皆が待ち望んだ時が参った!上様のお戻りである。」
集まった家臣の高揚する気が周囲を覆い温度が少し上がった様に感じる。
「皆、待たせたな。」
広間を見渡すと、居るはずの者で居ない者が何人かいた。
信長も信忠も気付いたが何も言わずに、
「策を言う。中将殿は清須において兵を集めよ。」
はっ、と信忠の勢いのある返事が聞こえた。
「美濃の滝川一益、佐久間信盛を呼び戻せ!五郎左(丹羽長秀)は揖斐川に陣城を作って武田を渡らすな。」
それからな、今は非常時である。
「摂津の池田恒興や本願寺に当ててある兵を呼び戻せ。」
「大和の松永久通にも兵を出させよ。」
よいか、広間中を睥睨すると、
「儂はここで兵が集まるのを待ち攻勢に出る。皆、時がない各自できることをやれ。」
自室に戻ると京都奉行の村井貞勝を呼び、
「長門守(村井貞勝)苦労じゃが、前関白(近衛前久)に会って、上杉との間を朝廷に取り持ってもらうよう交渉してくれ。この安土城にある宝物全て使って構わん。」
続いて蒲生賢秀を呼ぶと、
「もう一度上杉へ行ってきてくれ。そして、儂が会いたいと言ってきてくれ。場所はどこでも良い。時期は1月も後なら御の字じゃ。」
要は時間を稼いで来いということであった。
次に蘭丸を呼ぶと、
「筑前の弟や川並衆の蜂須賀あたりと繋ぎを取りたい。2人とも秀吉の裏切りは知らんのではないか?」
蘭丸は思い浮かぶ限りの人の中から最適な人を選ぼうと思考を巡らせ、坪内玄蕃(利定)あたりか・・
「上様、川並衆の坪内に繋ぎを取ってみようと思います。」
「うむ。良い人選かもしれぬ、やってみよ。」
「それにこれを、秀吉の下に居る堀久太郎(秀政)に渡せ。」と書簡を預けた。