8 蒲原城攻防戦その4
2人で所在なさげに待っていると
「失礼いたす。某、武藤喜兵衛と申す。」若い小柄な男が近づいてきた。
「なんでございましょう。」
隼介の目を捉え
「単刀直入にお聞きするのだが、実は今回の城攻め、某の父親が立てた作戦であった。中々の自信の策であったのだが、簡単に破られました。どうやって見破ったのか、少しだけでもお教え願えませんか?」
それはまた直截なお尋ねですね。
「我が方の作戦は我が主君、北条三郎が立てました。どのように見破ったかは我が主君に聞くしかありません。」
怪訝そうな顔で
「左様ですか、一度お会いしたいものです。某はあなたが立てたものと踏んでおりました。御無礼を御容赦ください。」
たったそれだけの会話であったが、手のひらにじわりと汗をかいている。何を見抜かれたか?
再び、本陣に呼ばれた。
中には2人の武将が立っていた。
「今回の話、請けましょう。ついては具体に話しを詰めたい。」
これで今回の仕事は終わったはずであった。
帰りは陣の表まで武藤喜兵衛が送ってくれた。
別れ際に「また、お会いしましょう。」と笑顔を向けた。
嫌ですと言いたかった、不吉な予感がした。
蒲原城では、この結果を聞き兵たちの士気が弛緩した。
仕様がない気もする、ここまで気を緩めず籠城してきたんだ。
あちらこちらで、笑い声が聞こえるようになった、特に住民が避難している曲輪では、もう戦いが終わったような空気になっている。
城代の氏信が、必死に引き締めをしているという状況だ。
そんな中、三郎主従が氏信に呼ばれた。
広間には主立った者たちが集まっていた。
笑顔で
「交渉が成った。明日にも武田軍は引きあげる。」
「よろしゅうございました、おめでとうございます。」
真顔で
「そこで三郎に頼みががある。」
「何でございましょう?」
「証人として隼介と2人、武田軍に同行して貰いたい。」
嫌な予感的中だ。証人とは約定を保証するための人質である。
つまり、どちらかが約定を破れば命の保証はないということだ。
三郎はあっけらかんと
「我らでよろしいので?」
「武田からの名指しなのでな、頼む。」
「引き受けましょう。」
思わず俯いてしまった。
人質を渡す場所は、城の北側の川原、時刻は明後日正午である。それまで、三郎と隼介は武田軍の中にいることになる。
当然、約束違反があれば首が飛ぶ、つい首を撫でてみる。
隼介はその恐怖より、何もかも見抜かれそうな武藤喜兵衛に会う方が恐怖だった。
三郎は平然と馬を歩ませて行く。隼介はついて行くだけだ。
「隼介、何か引っ掛かりがあるのか?」
「武田に武藤喜兵衛と言うものがおります。お気をつけください。」
「まさか寝首を掻きに来るわけではあるまい、武藤某の事はお前に任す。俺は信玄入道の相手でもしよう。」
この人はやっぱり阿呆なのかもしれんなあ、大丈夫かなぁ。
武田軍の陣にたどり着くと案の定、武藤喜兵衛が迎えに出てきた。
「北条三郎殿で御座いますな、ご苦労さまです。御館様がお会いになられます。」こちらへ、と案内を始めた。
武藤喜兵衛は隼介の横に並びニコニコと
「早々とお会いできましたなあ。」