74 三郎、ちょっと慌てる
三郎と隼介の話は続いている。
「ところで、某を加賀から呼び返すほどの用があったのではありませんか?」
目が真剣になり、
「武田のことじゃ。喜兵衛が最近よく来ると思うておったら、先日、武田を助けて欲しいと言うてきた。」
ほう、それは、
「先年、武田に渡した金が既に底をついているようだ。その間に米の生産量を上げねばならなかったのにそうは成らなかった。」
「1年の年貢免除で領民は息をついたが、次の年からまた過酷な取り立てが始まった。結局上杉から渡された金は殆どが徳川との戦の軍資金になった。」というところでしょうか?
「喜兵衛は幾度となく諫言したようだが、聞く耳は持ってなかったらしい。」
「最近は疎まれているようだ」
「それでも武田を助けたいと。」
あいつらしい、自分を見出してくれた信玄公への恩返しなんだろう。
「どうする?金を送るか?」
腕を組み目を閉じて暫く考えて
「喜兵衛には申し訳無いけど、勝頼殿から直接言ってこない限り、やめておいたほうが宜しいと思います。喜兵衛の立場が益々不味くなりましょう。」
「そうよな、しかしそれで喜兵衛が我がもとに来るのであれば安いがな。」
「その様な心持ちでは、喜兵衛は招けませんよ。誠心誠意招くことが大事かと。」
はははっ、戯れ言じゃ。
「で、武田だが、このままでは徳川に押し込まれよう、どうする?」
武田は、長篠城を起点に足助城を攻略したまでは良かった。が、その後野田城、岡崎城と手を伸ばし、伸ばした手が伸びきっているのに気付かずに「父以上の名将よ。」との名声が欲しくて攻撃を繰り返した。
その度に徳川に追い返されている。それどころか、徳川から二俣城を囲まれるなど逆襲を受けている。
「徳川とて盤石ではございません。織田の後ろ楯がなければジリ貧でしょう。全ては織田次第かと。」
徳川、武田共に兵糧、軍資金が不足している。
徳川は織田の援助を、武田は上杉から提供された金が頼りであった。
すでに、両軍は破綻に向かってチキンレースに突入しているかのようである。ただ、家臣団の質が若干異なるように思えるのであるが。
「結局、織田次第、信長次第か?」
そう、信長の消息次第ということ。
「そうなります。我々は越前を固め丹波、丹後へ出ましょう。陸奥、出羽もそろそろ考えねばいけませんね。」
「そっちは上条(播磨守政繁)に新発田(尾張守長敦)五十公野(因幡守治長)の兄弟を付けて行ってもらおうかと思うておる。」
「水軍を付けて海から攻め入るのもよいかも知れません。」
「今や水軍は一度に5千の兵を運べるからな。」
垪和又太郎は、佐渡にあって金の採掘と水軍の増強に余念がなかった。
特に水軍は、主立った浦に船台を造り安宅船クラスを増産していた。
「水軍と言えば、ガレオン船の復元は何とか成りそうだぞ。」
先年能登で座礁したガレオン船を分解し、佐渡で復元を行っていた。
「ガレオン船の船長、アントニオというんだが、水夫たちに操船術を教えてくれている。それに第2船の建造にも取りかかったしな。やがてガレオン船の艦隊が組めるようになろうよ。」
楽しみだな、大海原を上杉艦隊が征く時が来るかも知れんな。
「では私は越前を落ち着かせたら、河田様のお手伝いを致しましょう。」
「いや、そっちは儂が行く。隼介は先に小田原に行ってきてくれぬか?久野屋敷に岡崎三郎が逗留している、師匠と打ち合わせて来てくれ。あれは蛟龍だそうだ。下手をすると腹を食い破られる。」
そうか、忘れていた。
「では、この夏にも行ってまいります。」
「有り難く思えよ、すぐに行けとか言わんからな。」
何が有り難くだ、三郎様の不始末のお子も間もなく産まれるんでしょうに・・
「では、はつ様の供の者として行ってまいります。」
えっ、はつが小田原に帰る・・
「ま、待てはつの供の者とはどういうことじゃ?」
少しは困れ!
「こちらにいても誰かのせいで虚しいと仰って居られましたゆえ。」
いやいや、それほど嫌われてはおらんはず・・
「はつが小田原に戻ると言うておるのか?」
もう少しかな?
「仕方ないではありませんか、諦めも肝心ですよ。」
いやいやいやいや、いやじゃ!
「待てと言うておろう!今一度話してくるからそれまで待て!」
「では、そういうことで。」
あなたのお陰で私まで疑われたのですから、もう少し心配ぐらいして下さい。