73 隼介、困惑する
屋敷に帰ると船が何時ものように玄関で出迎えていた。
「お帰りなさいませ。」
大きなお腹を抱えて頭を下げるのをみて、「よい、よい」と声がでてしまった。
船は笑いながら、
「ご心配していただきありがとうございます。」
これ迄にも妊娠はしたが2度流産している。今度こそ、と大切に頑張ってきた。
「挨拶などよい、身体を愛え。」
「ありがとうございます、でももう大丈夫ですよ。おなかの中の子も元気一杯です。」
一緒に居間に入り、船の助けで服を部屋着に着替えると女中が白湯を持って来た。
船は「ヨイショ」と隣に座った。
何故かいつも二人で縁側に並んで座り、白湯を飲みながらどちらともなく話し始める。
「旦那様、三郎様の御用とは楓のことでございましたか?」
ふっと笑いが零れた隼介は、
「やはり、知っておったか?」
船も笑顔で、
「それは、もう。」
二人で笑い合うと、
「華様は、自分が育てる」と仰有っておられます。
船の顔をまじまじと観る。
「楓はどうしている?」
船は見返すと、クスッと笑い、
「この屋敷におります。私と産み月が重なりますので前後して生まれましょう、一人も二人も大して変わりませぬゆえ。」
かなり違うと思うぞ。
「楓は何か申しておるか?」
「申し訳ないとばかり。子どもは華様のお子として育てると言いますとまた申し訳ないと。」
楓は産褥が終われば再びお英様の許に戻します。お英様は楓を京の支店に送るようでございます。
「ほんとに三郎様には困ったもんだのう。」
船が悪戯っぽい目をして、
「旦那様は大丈夫でございますか?加賀に一人の側室も置いておられないようですが?私に遠慮は要りませんよ?」
おいおい、ちょっと怖いんですが、
「側室を置く時は船と相談する。」
「ご遠慮なさらず。」
き、厳しくないですか?・・三郎様の火の粉が何で自分に降る?
「三郎様には、ちょっとお仕置きが効きすぎましたか?華様、お英様共にそろそろ許そうかと話していらっしゃるようですよ。」
いやいや、三郎様のことより我が身のことが心配なんですが?
「そうか、三郎様も安心なさるだろう。」
あ、そうだ。
「ところで船、来年の今ごろには加賀に連れて行ってやろう、金沢城は綺麗な城だぞ。街も美しく出来つつある。二人で歩こうか?」
「はい、お願いします。」
翌日、御館に登城した隼介は、隼介のために用意された部屋にいた。次から次へと訪れる人がいて休む間も無いほどである。
日が傾き、「さあ、帰ろう。」と思ったところに三郎からの呼び出しがあった。
小姓を案内に長い廊下を奥に進み、三郎の居間の廊下に膝を突き、
「大和守、参りました。」と呼びかける。
と、庭から「こっちだ。」と返答があった。
隼介がそのまま身体を庭の方向に回すと、三郎は庭からやって来て横に腰かけた。
「二人が取り合ってくれんから面白うなくてな、鯉に餌をやっていた。」
三郎のその口調がおかしくてつい笑みを零しながら、
「自業自得なんですから、もう少し大人しくしておくことです。」
おっ、そうか。
「大人しくしておけば何とか成りそうか?」
笑いながら隼介は、
「そのうち、奥方様からお赦しが出るでしょう。」
よし、よし。
「ところで隼介、織田信長はどうなった?」
現金な人だなぁ、でもこの切り替えの早さは見習わねば、
「明智、羽柴の手からは零れたようです。痕跡を辿ると美濃への山越えを目指したようですが。」
より一層不審な顔をして、
「が、がとは何じゃ。」
隼介は腕を組みながら、
「もうとっくに岐阜にたどり着いているはずですが、その気配がありません。」
「死んだか?」
「かも知れません。が、どちらの証拠もありません。」
ふ、ふ~ん、
「それはそれで面白い。織田家中が岐阜中将(信忠)で纏まるのか、分裂するのか?楽しみじゃな。」
「そう上手くいきますか?」
ほくそ笑みながら、
「で、織田家中の動きも知っておろう?」
「羽柴は岐阜中将殿でしょうが秀勝という手持ちの駒もございます、明智は読めませんが津田信澄殿を担ぐかも知れません。他にも信雄、信孝を担ぐ者も居るやも知れません。」
「で、誰に仕掛けるんじゃ?」
「何をでございますか?」
「まあ、良い。任す!」
また、放り投げやがった。