71 隼介、越前に入る。
隼介は、2万の兵を引き連れ大聖寺城まで南下していた。
夜、居間で書見をしていると、廊下から
「殿、使者が見えられました。」
何処からか?
「それが、明智様からのようです。」
来たか!
「通せ!」
翌日から、上杉軍の南下が始まった。
九頭竜川も羽柴軍の上流半里のところを抵抗なしで渡った。遠くに見える羽柴軍は撤退の準備を始めている。
御実城様なら、ここから突っ込むんだろうな。
「各隊、突撃!」と采配を振るい自らも走り始めた。
上杉軍の怒涛の突撃が始まった。
しかし、羽柴軍は負傷兵を置き去りに撤退を始めた。
逃げる羽柴に追う上杉。福井に到達する頃に羽柴軍のしっぽに食らいついた。これが軍か?と疑いたくなるほど兵装が貧弱で弱かった。
福井には、御坊を落としたばかりの明智軍がいて羽柴軍を支えようとしたが、羽柴軍の壊走が見事?過ぎて巻き込まれてしまった。光秀は斉藤利三を前に、
「逃げるとなると羽柴殿は早いな。流石百姓じゃ。」と笑いながら自分も逃げる用意をしていた。
夜間になり上杉軍の追撃の手が緩み羽柴、明智軍がやっと隊列を整え府中に到達しようとしたとき府中城方面から火の手が見えた。
「先回りされたぞ!」と慌てる供回りを制し、光秀は、
「上様は、上様はご無事であろうか!」
と自ら府中城に急ぎ馬首を向けた。
府中城に入った光秀は、
「上様を探せ!上様が亡くなるはずはない!何処かに居られる、お探し致せ!」
仮に幕を張った本陣に入る瞬間、幔幕を左手でたくし上げながら下を向いて光秀はほくそ笑んだ。
「羽柴筑前守様がお出でになりました。」
俯いていた顔を上げ、
「お通しせよ。」
二人は側近も遠ざけ、ヒソヒソ話を四半時もしていた。
「では、上様はまだ見つからぬのだな。ここにいると上杉軍の餌食になる、すぐにも撤退せなばならん。しかし、上様をおいていく事はできん!」
秀吉は叫びながら頭を抱えた。
「明日は我等が上杉の足止め致す、羽柴殿は全力で上様を捜されよ。」
「わかり申した。」
遺体でも見つかれば・・
夜を徹して陣替えを行なった。
府中城の北郊に光秀は、軍を2つに分けて配置した。広い範囲を守備する必要があるが兵力が足りぬ。お互い連携できることを前提にした陣であった。
秀吉は兵を5人組に組み直し、一斉に信長探索を始めた。
「官兵衛、上様が見つかればどうする?」
官兵衛は腰の刀を鞘ごと抜き、鐺を地面に着けて立て頭に両掌を合わせて仁王立ちの如く立っていた。
「上様の状態に因りましょう、ご遺体で見つかるのが最も上、お怪我で動かれぬが中、元気に現れるのが下、その上で事がバレてしまっているのが下の下でございましょうか?」
イライラと聞いていた秀吉は、
「そんなことは分かっておる!」
ニヤリとした官兵衛は、
「では、見つかってから考えましょう、ここは織田家の忠臣として振る舞うのが宜しいかと。」
何処で間違った、何が不味かった?
昼過ぎに明智軍が破られ、上杉軍が府中市街に到達した。
明智軍、そして羽柴軍は、我先に近江目指して逃げ出した。
光秀も秀吉も立て直す努力を放棄し、木ノ芽峠に向かってひたすら退却をしていった。
府中市街に到達した上杉軍本陣では、
「大和守殿、織田軍とはこんなにも弱かったですかねぇ?」
柿崎晴家は首を捻りながら、隼介に向かって話していた。
ちと弱すぎんか?明智殿も羽柴殿ももう少し上手く出来んものか。
「誘いかも知れんぞ、用心に越した事はない!」
晴家は、目をキョトンとさせ、
「それは穿ち過ぎでございましょう。」
「燧城から先は、谷あいだから伏兵に気をつけられよ。」
隼介はそう言うのが精一杯であった。
結局、織田軍は木ノ芽城まで引いた。
上杉はそれに対抗するため燧城を中心に防衛線を構築した。