69 信長、最大の危機へ
羽柴軍は加賀境に進出し上杉軍の抑えを担当した。しかし、既に軍は傷付いおり実勢は4千を切るほどになっていた。
羽柴軍に代わ御坊攻撃を担った明智軍も羽柴軍に負けず猛攻を加えていた。
翌日、信長が5百の兵を直率して明智軍の背後に布陣した。
「日向守、いつ御坊に入れるか?」
正面に片膝を着いた姿勢の光秀は、信長を上目遣いに見上げながら、
「今晩には城内に突入致します。上様がご覧になられるには後2、3日かかるかと。」
「そうか、で、上杉の動きはどうか?」
「大聖寺城から伸びた陣城に籠っておるようでございます。」
「間もなく、岐阜中将殿が3万ほどでやって来る。それまで持てば良い。」
「儂は、府中で待っておる。吉報を待っておるぞ。」
上様!と脇に控えた小姓が、
「お願いでございます。私も攻撃に参加しとうござます。」
我も、我もと申し出る者が後を絶たなかった。信長も苦笑しながら
「日向守、済まぬが面倒を見てくれ!」
「畏まりました。」
小姓とその側付きで1百ほどが残った。
光秀は、
「明日の朝には城内に入れましょう。その時に存分にお働き下さい。」
その言葉に憤りを露わにした小姓たちは、
「儂は一番乗りするために残ったのだ、今夜の攻撃から参加する!」
光秀は苦笑いしながら、ため息をついた。
この小僧らを死なすわけにはいかんからな、預かり物じゃからな。
結局、その夜の総攻撃には、この1百に光秀の兵2千を付けて攻撃に参加させた。
「ご報告!」
使番が本陣へ飛び込んできた。
「斉藤利三様ご嫡男、利康殿一番槍」
「入ったか!」
「このまま、攻撃の手を弛めるな!」
明智軍は、突破口から入った兵が寺門を開け、門前に待機していた全軍が突入していった。
やがて、どちらが着けたか火の手が上がった。
府中城の仮御殿にいた信長にも、その火の手が見えた。
「落ちたか!」
小姓が
「間違いないかと。」
その時、鉄砲の音が響き、怒声が聞こえてきた。
「何事じゃ!蘭丸見て参れ!」
信長は、徐々に大きくなる喧騒の中に有って、「これは襲撃じゃな。」と控えの間にあった槍を取った。「上杉か、他は考えられぬな。」
逃げるなら早めが良いか?
そう思っていると何処からか焼け焦げた匂いが漂ってきた。
廊下の向こうから走ってくる蘭丸が見えた。
「上様、敵は2〜3千、旗指し物がありません、何処の軍か不明です。」
攻めて来ているのが上杉ならそのような事はすまい、うぅ~ん、何処の奴らじゃ!
「上様、敵兵がこちらに来ます!」
遠く、仮塀を乗り越えようとする兵が見える、それをさせまいと槍を振るう武者がいる。
「あれは誰じゃ?」
坊丸がじっと見つめながら、
「あれは金森ではございますまいか。」
信長は振り返ると、こんな所で死ねるかと
「屋敷に火をかけよ!蘭丸!坊丸!皆も逃げるぞ!」
仮御殿に燭台用の油をまき火をつけて回った。炎が上がるのを確認すると敵と反対方向へと遁走した。
途中で倒れている兵の甲冑を剥ぎ、その甲冑を身に着けた信長と4人の小姓は、城から出る部隊に紛れて城外へと出た。
その間、城内で信長を捜す部隊に紛れていたが、そこで有ってはならないものをみた。「あれは、光秀の家臣伊勢貞興に秀吉のところの前野長康ではないか?」二人が立ち話をする姿を見て呟いた。
蘭丸が、真横で「そのようでございます。」と小声で返した。
信長は頭を回転させていた、光秀に秀吉か、それぞれ単独であれば抜かるまい。が、合同の軍であれば必ず綻びがある!そして府に落ちた顔で「生き延びるぞ!」
城外に出た一向は、部隊から離れ東の山に向かって歩いた。北には明智、羽柴軍がいる。南は近江だから捜索の兵も多いだろう西の海沿いを南下しても敦賀だ、敵は多くはない。全域の捜索は無理であろうとの考えで東へ向かった。