61 天竜川、睨み合う
天竜川を挟んで、上杉・北条・武田連合軍6万と織田・徳川連合軍7万が睨み合った。
両陣営とも陣城を築き、長期戦の構えになった。
信長は浜松城に居た。
「上様、上方から急使が来ております。」
通せ。
襖の前で平伏している武士が、
「羽柴筑前守からの報告でございます。」と書簡を側付きの者へ手渡した。信長はそれを受け取るとさっと目を通し、
「上杉め!若狭が目的であったか!近江へ出てくるか?」
岐阜中将殿を呼べ、
上杉め、儂をここに釘付けにしておいてその隙に火事場泥棒のように若狭を獲り近江に手を出すとは・・
「岐阜中将様見えられました。」
岐阜中将こと織田信忠は信長の嫡男で後継者である。
「中将殿、至急安土に帰らねばならなくなった。ここを頼めるか?」
男前と評判の信忠は、
「お任せ下さい。」
「3万置いていく、陣城を固く守って動くでないぞ。」
「織田が動きだしましたな。」
二俣城で穴山梅雪が勝頼に進言していた。
「攻撃の好機ですぞ。」
うむ、
「いつでも出られるように準備せよ!」
さらに、
「長篠城の真田に警報を出せ、十分注意して織田を監視するよう伝えよ。」
二俣城近郊の北条が本陣としている庄屋では、氏規が訪ねてきた三郎に、
「織田が動いたようじゃな。三郎が言うた若狭がほっとけなくなったようじゃな。」
三郎は、柱に寄りかかりながら胡座を組んでいて笑顔で、
「隼介が段々悪辣になりましてな、見ていて面白いですよ。」
ほう、
「では、今回も隼介の策か?」
どこまで嵌まりますか?
「宗哲師匠が聞いたら卒倒しますな。」
隼介も変わったのだろうな、
「その隼介はどうしている?」
こめかみを掻きながら、
「そろそろ若狭に入るころかと。」
「忙しい奴じゃな、久しぶりに故郷に顔を出せば良いものを。」
なかなか
「胸突き八丁ですから今が勝負時ですよ。」
話は変わるが、
「はつ姫はどうしている?越後までお前を追って行ったんだろう?」
苦笑いしながら、
「元気ですよ。小田原にいた時より遥かに元気です。会うと別人かと思うほどですよ。」
大事にしてやれよ。ところで、
「この織田の動き、どう対処いたす。」
三郎は腕を組ながら、
「武田は川を渉るつもりでしょうね、我等も海からつついてみますか?」
信長が尾張清州城に入った。
ここで、近江と遠江からの報告を受け取った。
大溝城の津田信澄からは、鯖街道を抑え、若狭からの侵入は赦しておりません、御安心下さい。というものであった。
甥子はよい、やつはようやっておる。問題は右衛門尉じゃ、何をやっとるんじゃ?
安土城留守居の蒲生賢秀からは、周辺の状況についての報告があった。
内容は、水軍をもって湖水の安寧は確保しております。岐阜とも通行は確保出来ております。
羽柴筑前守が、山崎から兵を返し京の北部に展開させました。
また、長浜城は筑前守が奪回いたしました。
というものであった。
いったい上杉は何のために長浜城まできたのか?虚仮威しか?
まぁ、よい。安土城までの道は確保されている。安土ならば湖東も湖西も睨める。
安土城に帰るぞ!
武田から明後日に渡河攻撃を行うと通達があった。
北条も上杉も武田軍の渡河に併せて川の中程まで進出して援護射撃を行うことになっている。
織田軍は砦を造りその間に防護塀を建てていた。
北条軍は水軍で海から攻撃する。
攻撃前日、空模様が西から怪しくなってきた。昼前に降りだした雨は夕刻には本降りになった。
身を隠す処のあるものはそこに、兵たちは笠に蓑で木陰に雨を避けた。三郎は、
「兵たちを屋根の下に入れよ。空いている部屋は本陣でもかまわんぞ!」
夜半になっても強くなり、弱くなりしながら降り続いた。
夜が明けると。目の前の川は濁流と化していた。
「川から離れる。兵を高台に移せ!」
堤防など整備されていないこの頃の川は大雨が降ると必ずと言っていいほど氾濫した。
「この戦、これで仕舞いじゃな!北条、武田に繋ぎを取れ!」
この大雨により両陣営の陣城は大きな被害を出した。
幸い上杉軍は三郎の早い判断のおかげで人的被害はなくて済んだ。
結局、両陣営とも雨が止んだ後、陣を払った。お互いの間には怒り狂う天竜川があり、戦闘になりようが無かった。双方の殿部隊が、引き揚げたのはさらに3日後であった。