56 浜松城、籠城中
日本中が反織田に成ったかのようである。
その中で織田信長は、本願寺との和睦を第1とした。
朝廷に仲介を頼み、恥ずかしげも無く和睦を申し込んだ。
本願寺が出した和睦の条件は、
一つ、大坂本願寺を囲う砦を引き渡すこと。
二つ、瀬戸内海の自由通航。
三つ、三木城、有岡城の包囲を解くこと。
四つ、そして兵糧10万石である。
織田にとってはとても飲める条件ではなかった。
建設途中ではあるが完成した天主が聳え立つ安土城の居間で、信長は眼を閉じて静かに考えていた。
まさに袋の鼠とは儂の事じゃな、と苦笑いした。
だが、ものは考えようか?この条件受け入れるとどうなる?
大坂は相当に後退じゃ、中国も振り出しに戻るか?荒木はどう出る?
しかし、儂に使える兵力が5万出来る。これで武田に対抗できよう。武田、上杉を追い払えば北条は下がる。それから荒木と大坂のことを考えても良いか。
よし、和議じゃ!
織田が朝廷の仲介で本願寺と和議を行ったと聞いた隼介は、えっ、
あの条件に乗ったのか?それとも乗ったふりをしただけか?とも考えたが段蔵の調べでは、和議の証人として3男信孝と弟の信包を差し出したと聞いて、うぅ~ん。と唸った。
兎にも角にも目先の危機を乗り越えようとしているのは分かるが、ここまで引いてしまえば再度の攻撃は相当の困難を伴うはずだ。まさに常人離れした思考、行動だな。
しかし、わが方も好機だ。
段蔵、毛利の小早川様にこの事至急に耳に入れて欲しい。
5万もの新たな軍の相手などしておれんからな。
毛利は、毛利本国から三木城、有岡城そして石山本願寺を陸路で繋ぎたいはず、必ずや軍を動かす。そうなれば信長が手に入れた5万の軍は半減する。
その軍をこちら(三河、遠江方面)に引きつけておけば、敦賀から若狭方面の作戦は上手くいくはずだ。
全ては毛利にかかっている・・か。人任せな策だな、上手くいくと良いが。
上杉軍は、武田軍、北条軍との会盟のため浜松城を目指していた。岡崎城には隼介が3千の兵と残った。
上杉軍は、浜松城郊外の三方ヶ原に陣を敷いた。
浜松城は上へ下への大騒ぎになった。
二俣城の救援に出ようとしたところで目の前に唐突に上杉軍が現れた。兵だけでなく将たちも驚きを隠せなかった。
「何時、岡崎を出たんだ?」
特に織田軍の将兵は、「逃げよう、上杉軍に敵うわけない。岡崎に敵が居ないのなら尾張に帰れるんじゃないか?」
ばらばらと脱走する兵が出始めた。
織田軍を率いているのは明智日向守光秀である。
自ら兵の間を回り、
「大丈夫だ、すぐに上様が10万の兵を率いてやってくる!」と宥めて回っている。
信長がいつやってくるのか、自分が一番知りたかった。
そこへ、家康の小姓が光秀を見つけると小走りでやってきた。光秀の前で深々と頭を下げ、
「明智様、我が主がお会いしたい。」と申しております。
光秀はきたか!との思いで
「分かりました、これから伺いましょう。」
家康と光秀は対面の間の周囲の襖を全て外し2人きりで話していた。
「明智殿、兵はどのくらい減りましたか?」
さよう、
「2〜3百ほどかと。」
左様ですか、千はゆうに減ったであろうに。
「上杉軍の威圧の力は凄い。早く織田様に来ていただかねば、城に兵が居なくなります。」
まさにその通りだ、上様はどう考えておられるのだろう?
「間もなくと思います。既に本願寺との和睦が成ったと聞きました。5〜6万の兵を動かせるはずでございます。」
左様でしょうか?
「そう簡単では無いのではございませんか?」
それは?
「本願寺との和睦は吉兆でございましょうが、背後の毛利が動けば、その兵は此方には来れないのではございませんか?」
さらに言えば、
「毛利が片付くまで此処は我等で支えよ、ということではございませんか?何か知っておられるのなら、お洩らし頂けませんか?」
なるほど、
「徳川殿は常にそういう疑いをお持ちで武田とも通じておられたのかな?」
さすがの家康も目が泳いでしまった。
「何をおっしゃいますか?我等は織田様のため敵情を調べるために行なったまででございます。」
確かに二又を掛けたい徳川殿の気持ちも分かる、このままでは儂もただの捨て駒ではないか?
「左様ですか、失礼をしました。上様を信じてお待ち下さい。」
家康は、ボソッと「信じてですか?」
「失礼ですが、明智様はほんとに信じておられるのですか?このままでは我等は此処で見殺しでございます。」
こんな処で死んでなるものか!
「上様は家臣や同盟者を決して見捨てません!」
そう願いたいものです。
上様は、平気で家臣も同盟者も見捨てるであろう。所詮我等は
駒に過ぎないか・・