55 三郎信康、降伏する。
岡崎城から這々の体で、池田恒興は尾張清洲城にたどり着いた。退却しながらの戦いは織田軍に全く利のないもので、殿が破られ本隊に追い付かれてしまえば上杉軍による蹂躙戦であった。生命が有ったことを仏に感謝するばかりである。
清州城で鎧を脱ぎホッとすると様々なことが頭を駆け巡る。
一番に上様の顔が思い浮かび腋に汗をかいた。言い訳をどうするか?勝手に戦を始めた岡崎衆に責任を負ってもらおう、それしかないな。
それはそうと上杉軍は何処に居る。
まさか、ここまで追ってはくるまい?物見は何をしておる!
儂はどうすれば良いのじゃ?
勝頼は、高天神城周辺の砦を無効化すると、高天神城に入った。
城将である岡部元信は涙ながらに、
「御館様、お待ちしておりました。皆信じておりました。」
勝頼は元信の手を取り、
「待たせた、許せ。皆にも苦労をかけた。」
集まった城兵を睥睨し、
「補給路もしっかり確保した!安心せよ!」
勝頼は兵や金堀人足を使い高天神城、および徳川から奪った6つの砦の補強を行い、兵を入れ替えた。
掛川城では、開城の交渉が始まっていた。
その条件は、城将の信康と家老の石川数正が生命を差し出すこと。
明日、午の刻二人は追手門から出てくる。
城内では、若殿だけを死なせられないと、一緒に小田原で自決する。と数十人が騒いでいるという。
石川数正が宥めているが、なかなか収まらないという。
北条は、その者達の同行を許すことにした。その数36名という。信康がいかに慕われていたかという事実であった。
翌日、岡崎三郎信康、石川伯耆守数正と36人の侍は武装を解除され、北条の一隊に監視されながら小田原を目指した。
北条長順は、石川数正と馬を並べて進めながら、
「何とか巧く行きました。徳川殿のたっての頼みとあって彦五郎(氏規)殿が北条の皆を説得致しましてな。」
数正は長順に軽く頭を下げて、
「有難いことです。彦五郎様は某も殿様と駿府にいた時に面識がございます。早くお会いして御礼申し上げたい。」
うちの親父殿が
「乗り気になりまして上杉の三郎殿まで巻き込みました。それにしても岡崎城に残られた衆は生命を捨ててまで、この策に彩りを添えて下さった。」
数正は遠くを見ながら目頭を押さえ、
「若殿には何にも替えがたき侍どもでした。」
いかに慕われていたか。
「言うことを聞かぬ者どももお連れ下さり、まことにありがとうございます。」
なぁに、
「あのままにしておくと大変なことになったかも知れませんから。」
まあ、
「しばらくは小田原でゆっくりしてください。」
岡崎城では三郎景虎が、
「隼介、まだ帰っては行かんか?」
「織田軍をもう少し引きつけて置かねば、敦賀の方が上手く行きますまい。」
「お前は船の尻に敷かれているから帰りたくなかろうが、儂は2人に会いたい。膝枕でゆっくりしたい。」
勝手にほざいていろ、引き揚げると言ったら一番に反対するだろうに。
「喜兵衛を呼んでくれ。源次郎もな。」
??
「畏まりました。」
何をしようと・・
源次郎が畏まっている横に喜兵衛が来て座った。源次郎を一瞥もしなかった。
「お前たち、ホントに親子か?」
源次郎が
「私にはわかりません。」
思わず、吹き出してしまった。
「まぁ、よい。喜兵衛、勝頼殿の土産に長篠城を取って参れ。源次郎も一緒に行って親父殿の腕を見てこい。」
喜兵衛が淡々と
「畏まりました。早速行って参ります。」
二人が去った後で、
「長篠城は今、ほとんど空っぽでしょうから難しくはないでしょう。」
ところで
「この岡崎城はどうします?焼いてしまいますか?」
「ここは勝頼殿が欲しいと言えば譲るが、維持が難しいな?儂は綺麗に掃除して返してやろうと思うておる。三河まで来て領民の恨みを買うことはなかろう。」
岡崎城を押さえたので、浜松城の織田軍は浮き足だっているだろう、帰れなくなるからな。信長もそれを放って置くわけにもいかんだろう、そろそろ動くか?
ところで隼介、
「毛利はどうなっておる?」
さあ、
「状況は知らせておりますから、小早川様次第でしょう。この機会を逃せば三木城は救えますまい。」
そうか、
「毛利に織田が遠江に出陣したと教えてやれ。これで動かねば毛利もこれまでじゃな。」