5 蒲原城攻防戦その1
武田典厩信豊を主将に武田軍が南下している。
武田軍は駿河に入ると乱取りをしながらゆっくりとやってきた。
武田軍が蒲原城を囲む前に北条長順は、わずかの兵を連れて蒲原城に入城した。
城下町の住民は家財道具を抱えて我先にと蒲原城に駆け込んだ。その数3千余、この街を知っている人はその数の多さに首を傾げたが・・
三郎と隼介は城の北側1里はあろうかという山の中に兵2百と潜んだ。
「予想通り、武田は城を囲みました。主将は典厩信豊のようですが真田が副将格のようです。」
「真田がおれば単純な城攻めはするまい。」
「どう出ますでしょうか?」
翌日、町民に身をやつした使番が
「典厩信豊、真田弾正忠共に囲いを解き薩埵峠を目指している模様。あとは真田弾正忠の嫡男信綱が大手前に陣取って、大声で北条家を罵っております。その数、およそ2千とのことです。」
我らと共にいる朝比奈が、「分かった、予定通りと城に伝えよ。」
「それにしても三郎様の見立て通りですな。北側の山に武田軍は1千ほどで隠れております。さあ、始まりますぞ。」
・・手が震えている、これが武者震いか、怖くない、怖くない。
蒲原城では、氏信が諸将を前に怒り狂っていた。
「武田め、我らを愚弄しおって許さぬ!我らが抑え部隊さえ怖がって出れぬなどと言うことがあるか、あのような小勢吹き飛ばしてくれる!」
「皆のもの、これより全軍2千で打って出る。武田の尻尾から食い潰してやる!」わざわざ軍勢の数を声高に怒鳴った。
長順はその横で静かに諸将の様子を見ていた。武田に通じている者が必ずいるはずだ。
「おぅ!」と皆が立ち上がった瞬間、そそくさと広間を出る男がいた。長順は思わず微笑んだ。
自室に帰った男は、部屋の隅に控える町人風の男に「間もなく全軍で打って出る。その数2千だ、城は女など足弱だけになる。」と独り言を言った。次の瞬間にはその男は部屋から消えていた。
鉄砲隊が一斉に発砲した。弾除けの盾が吹き飛ぶ、幾人かの兵が、うめき声をあげて倒れた。次には矢が一斉に飛んでくる、兵は弾除けの陰で身をすくめた。
3回目の斉射が終わると氏信は追手門を開き、「押し出せぇ!」と槍兵を先鋒に突出した。
その瞬間を待つように武田軍から鉄砲が斉射され、先頭を走る者が次々に倒れた。その死体を乗り越え敵陣に飛び込むと途端に乱戦になった。槍を振るいながら一歩一歩進んでいく。
「敵が下がり始めました。」「敵が我が軍の攻撃に耐えられず左右に割れました。」押しに押してイケイケの状態になっていた、その時
「殿、城から煙が出ております。」城を見ながら付いてこいと不思議な命令を受けていた伴の者が報告した。
その瞬間、氏信はニッと笑い
「よし、引き金を打て。」
「清水、笠原は殿をせよ。」
と言うと兵を纏めながら城に向かって走り出した。
一方、城内では搦手近くの小屋が燃えている。
その炎をみた途端、搦手門の近くに隠れていた武田軍1千が現れた。
やがて門が内側から開き、一人の男が門の前から武田軍に向かって合図を送った。
武田の将が、おもむろに采配を振るうと、武田兵が静かに搦手門から侵入を始めた。
抵抗もなく楽勝だと思われたが城内に入るとそこは、木柵、竹柵で応急に造作された桝形になっていて武田兵たちが右往左往と滞留した。「柵を壊せ」「乗り越えろ!」声が大きくなってくる。3百も入っただろうか、そこに隠れていた城兵が現れ「火蓋を切れ!」「構え!」「打て!」の合図で鉄砲隊が、続いて弓隊が一斉射した。
閉じ込められた上、四方八方から鉄砲隊、弓隊に斉射され一方的な虐殺となった。城から逃げようとする兵と城に入ろうとする兵が搦手門でぶつかり大混乱が起こった、その中で「裏切りだ!」という声が伝播していった。
武田の本陣では大将が、床几から立ち上がり「何が起こった!」「使番、見て来い!」と状況を把握しようとした。が、状況を把握する間もなく、敗残兵となった者たちが本陣にも入り込み「裏切りだ!」とパニックになって北に向かって逃げていく。
城から北条兵が向かってくるのが見えた
「甘利、下がって立て直そう。」と言うと甘利が「ここは某が支えます。御大将はお下がりください。」というと兜を被り、配下を連れて前へ出た。
「すまぬ。」そう言うと、「兵を集めよ。」「この旗の下に集まれ!」と下がる兵を収容しながら北に本陣を下げた。1百の兵も集まっただろうか、その時、進行方向に北条兵が陣取っているのが見えた。
「逃げ道が塞がれたぞ!」「もう駄目だ!」と兵達がパニックになっている。そして北条軍が武田軍に向かって鬨の声を揚げながら突撃を始めた。
大将は「槍を持て!」というや小性から槍を受け取り、「お前も逃げよ!」と言うと小姓は「殿とどこまでも御一緒致します。」と太刀を抜くと大将の前に出た。やがて北条軍が武田本陣を蹂躙した。