53 信長危機脱出を図る
岐阜城には各地の織田領から3万の兵が集まっていた。
御殿の広間には、織田家の重臣である滝川一益、明智光秀等が集まっていた。
光秀は独り言で、
「今、丹波を離れるのは辛い、せっかく積み上げたものがなくなってしまう。」
のう、日向守。
「ぶつくさ言っておると、また上様の雷が落ちるぞ。」
年長の滝川一益が諌めていた。
若党が、上様がおいでです。と呼ばわった。
集まっていた家臣が一斉に上座に向かって深い礼をした。
皆、聞け。
「我が盟友である徳川が援けを欲している。敵は武田、北条に上杉じゃ。正念場ぞ!」
日向守(明智光秀)、
「浜松城へ兵1万率いて行け。」
はっ、
「勝手に戦うな、儂が行くまで待っていよ!」
恒興(池田)、
「5千で岡崎城へ入れ。上杉軍の動向を見逃すな!」
急げ!
出陣を命じられた者たちが大広間を出ていくと、滝川一益が残されていた。
一益、
「三木城、越前に摂津はどんな具合だ?」
はっ、
「まず、三木城でございますが、毛利の援軍が来るとの噂が立っております。城兵達が沸き立っております。筑前(秀吉)殿が防備を厚くしております。
摂津有岡城は相変わらず隙を見せません。内応を誘っておりますが今少し時間が必要かと。
越前は出陣の準備中でございます。この半月の内に兵を興すものとみられます。兵力は2万は下らぬと思われます。金ヶ崎、天筒山城には新たに若狭の兵を丹羽殿が入れました。」
うぅむ、
「越前の一向衆を抑えねばならんか?近江に出てくるか?若狭に出るか?攻め込んだ方が早いか?」
少し考えて
「江北に1万配置するか?」
しかし、
「それでは上様手持ちの兵が無くなります。」
ではどうする。
「本願寺と休戦を朝廷にお願いしてみては、如何でございましょう?」
出過ぎたことを申すな!
「松永の時もその手を使った、朝廷にも足元を見られよう。」
うぅん、暫く唸ったあと
「しかし、それしかないか。さすれば、大坂と越前が片付く、兵が3万ほど使えるようになるか。」
京へ行く。準備をせよ。
京での信長の宿舎は、本能寺である。ただし今の場所ではなく二条城にほど近い場所にあり、寺というより小さな城といった趣きである。
信長が京に入った日、織田家の京都大使である村井貞勝は前関白を近衛邸に訪ねていた。
「近衛様、そこを何とかお願いします。この和睦は日の本の平穏のために是非必要でございます。」
ふん、と余所を見ながら
「何度同じ言い訳をするつもりじゃ。この度は上杉家が相手じゃから織田もどうにもならんかの。」
村井貞勝をじっと睨みながら、
「儂は上杉とは縁がある。朝廷も上杉には悪い思いがない。織田が上杉に代わるのは万々歳じゃ。」
村井貞勝は額を床に着けんばかりに平伏し、
「上杉景虎は上杉といいながら中身は北条でございます。関東の田舎侍が京に登り、その昔の木曽義仲のようにならんとは限りません。その点、織田は一切の狼藉を許しません。日の本の秩序は織田でなければ守れません。」
とも限るまい。
「上杉は織田と違うて朝廷を立ててくれる。我等公家も大事にしてくれるからの。」
お待ち下さい、お待ち下さい!
「この度は朝廷の御料として3万石、納めさせていただきます。それとは別にご当家には近江で1千石、黄金1百枚ご用意いたしました。」
前関白は、村井貞勝の方に向き直り、
「御上に耳に達するには少し足りぬと思わぬか?」
それでは、
「朝廷にはさらに黄金5百枚を献上いたします。」
「ほう、それは豪儀なこと。御上に図って見ようかの?」
どうかよろしくお願いいたします。
村井貞勝が帰った部屋に入ってきたのは、上杉家の神余親綱であった。
「近衛様、いかがでございましたか?」
お主の言うとおりであった。
「しかし、織田は吝い。お主は5万石に黄金1千枚。わが家には3千石に黄金3百枚と言うたが、全然少なかったぞ。」
神余親綱は笑いながら、
「少なくても貰っておいて損は有りますまい。」
ほう、
「良いのか、朝廷は飛び付くと思うぞ。」
「はい、宜しいかと。」
這々の体で屋敷に着いた村井貞勝は、信長が本能寺に入ったと聞くと、着替えもせずに本能寺へ向かった。
「上様、あの条件で何とか朝廷は動いてくれると思います。」
そうか
「よくやった。本願寺は朝廷の命には従うであろう。」
よし、これで息が継げる。見ていろ、武田、上杉。