幕間 3 イスパニア船、信繁、胡蝶
直江津の湊に初めてイスパニア船が入港した。
三郎がかねてより、要請していたものが念願が適った。
御館をイスパニア人が訪ねて来た。土産を披露し、
「御館様、是非とも金銀の取り引きをお願いいたします。」と慣れない言葉で、慣れない土下座で挨拶をした。
うむ、考えておこう。ところで
金と銀の交換比率はいかほどかな?
「それは、越後の通りで。」
いや、
「その方らが、大海を渡って持って行く先でだ。儂もその儲けの端に加えてもらおう。」
日本での金銀交換比率は1対5ほどだが、海外では1対15にもなると聞く。
それから、ガレオン船が欲しい。
それは、・・
では、船を見物するのはよいか?
露骨にほっとした表情で、
「それでしたら、いつでも。」
船大工達に見せてみるか。
その頃、城下の直江屋敷では、あちらこちらから、腕自慢が売り込みに来ていた。
隼介が帰宅すると必ず数人が門前で待っていた。その者達を無碍にすることはなく必ず対面した。
その中に、まだ幼さが残る子供が居た。門を潜ってからもその子の目が気になって仕方なかった。
玄関で船の顔を見ると、
「船、表に気になる子供が居る。」
分かりました。というと若侍を連れて門の方へ向った。
着替えをして、居間に入ると庭に年の頃11、2の少年と側付きの侍が片膝をついて待っていた。
「この者でしょう?」
そうだ。
「名を聞こうか?」
庭の少年は、顔を上げ、真っすぐこちらを見つめると
「信州上田城主、真田安房守の次男、源次郎信繁。」
ぷっ、
「喜兵衛の子か?なにしにまいった。」
父から、
「越後の御館様の処へ行け。」と言われやって来たが、「お城に行っても入れてもらえず、父から名を聞いていた直江様を訪ねてきました。」
それはよい判断だが、
「何ゆえに御館様の処へ来たのだ?」
ちょっと不貞腐れた様な表情を向けて、
「知りません。父の命令です。」
全く、親が親なら子も子だな。
「では、明日にでも御館様にお聞きしてみよう。明日のこの時間にまた来るがよい。」
全く動く気配を見せない2人に、城下には旅籠があると告げると、
「銭がありません。」
一文無しか、それで旅をしてきたのか?
「府中に着き、初めて海を見て、初めて海の幸を食べました。路銀全てここに入りました。」と腹を叩いた。
「路銀全てか?」
はい、
「路銀だけでは足りず、刀を差し出しました。」
横から船が、
「まぁ、刀まで。何処の店ですか?」
「確かぁ、『胡蝶』と書いてありました。」
船は隼介の顔を見ながら、笑いをこらえ、
「それは大変なお店に揚がられましたね。そのお店の隣に『ひで』というお店がありますから、これからはそこになさい。」
隼介も笑顔で
「いきなり府中一の料亭に揚がるとは、大物だな。美味かったろう?」
顔を輝かせながら、
「生まれて初めての味でした。ほんとに美味かっったです。」
帰りに店の女将から
「直江屋敷に行くなら、奥様に観月会楽しみにしています。」と伝えてくれと。
「そうですか、私も楽しみです。」
隼介は呆れ顔で、
「仕方がない、今日は泊まって行け。」
船、
「誰か刀を受け取りに行かせてくれ。」
三郎がイスパニア船からの土産を持って訪ねたのは、『胡蝶』と看板が出ている店である。
蝴蝶は三郎が資金を出し、お英が女将をしている。
お英は、坂井屋で商売の手解きを受けた。商売は楽しくその緊張感がたまらなく好きだったが、どうしても女子では難しい面があった。三郎と坂井屋と相談した結果、府中に腰を落ち着けられ、客に喜んでもらえる商売はと考えて料理屋を始めることにした。
店の名は、高級料亭『胡蝶』と一膳飯屋『ひで』である。
胡蝶は高級料亭であるが『ひで』は、ほぼ同じ料理が庶民でも食べられる様にした店でお英の、みんなに食べて貰いたい。という気持ちがこもった店である。
そのうえで今は又太郎から船を調達して、回船問屋を開く準備もしている。
直接船を出すことで各地の情報が入ってくる。三郎にとっても悪い話ではなかった。
店の奥で、
「はつ、これはイスパニアからの土産じゃ。」
まぁ、嬉しい。
「旦那様、今日面白いお客様がありました。」
刀を三郎に渡し、
「信州上田の真田様とおっしゃる前髪が取れたばかりのお侍様でした。料金の代わりにお預かりしました。」
ほう、やってきたか。
「預かっておこう。」