48 御館の乱 中城
実城からの呼びかけを聞いた中城の諸将が動揺を始めている。
武田軍は我らの味方ではなかったのか?
ハッタリであろう。
我らは反逆者になったのか?
与六はどうしたのか?
逆に打って出てはどうか?などなど。
で、誰かが見てきたように、
「武田軍の中に『海東青』の旗印があった。」と拡めているものがいる。
ということは、与六は失敗し武田軍は敵ということ。
中城の広間では、諸将が沈黙していた。誰が喋るのか、お互いを牽制仕合っていた。
誰もがここから、いち早く脱け出すことを考えていた。
儂は最初から無理筋だと思っておったのだ。
誘われただけだ、儂は三郎様の銀で助けられたし、直江殿から田畝改善の手解きも受けていた、儂はここに居る理由がない。
誰かが廁に立つと次々と席を立った。
まばらに残った者たちの中から、笑い声が起こった。まだ、負けたと決まった訳では有るまい。
それにしても上田衆の結束もこの程度のものか?
そうだ、御中城様はどうしておられる?
景勝は居間で泉沢と話していた。
「与六は何と・・」
文には、
「急ぎ華様にお縋り下さい。」とだけ書かれております。
「負けた、ということか。」
「与六は、そうでございましょう。しかし、一戦して見ねば分かりません。坂戸城に戻り態勢を立て直しましょう。」
「勝てるのか?」
「分かりませんが、座して負けを認めるよりは・・」
で、誰が残っている?
「与六は帰って来ぬのか?」
「・・」
「与六を連れて参れ。」
「与六は帰って来ません。」
「与六は儂を見捨てたのか?」
沈黙が訪れた。
泉沢は意を決して、
「御中城様、これより二ノ曲輪に入ってまいります。」
景勝は躊躇したが、
「そうか、頼む・・」
泉沢は、中城を出ると二ノ曲輪への道と追手門への道の分かれ道で立ち止まり躊躇したが、重い足を無理やり二ノ曲輪に向けた。
二ノ曲輪の虎口で刀を取り上げられ、半刻も待たされた。
それでも、対面の間に通されたのは希望が持てた。庭でも仕方ないと思っていた。
対面の間で更に半刻待たされた。
高かった太陽が傾きかけた頃、華様がいらっしゃった。
「久しぶりじゃな。泉沢。」
頭を床に擦り付けながら、
「ご無沙汰しております。顔を出さず申し訳ございません。」
「それだけか?」
あっ、いえ、
「何とか三郎様におとりなしをお願い致したく参りました。」
華は冷たい視線で泉沢を睨み
「何のとりなしじゃ?」
「今回の三郎様と御中城様の争いにございます。」
ほう、
「我が夫と弟が何を争ったのか?」
「家督を・・」
泉沢、
「御実城様が御健在の折、越後は喜平次(景勝)、国外は三郎様、喜平次は三郎様を支え上洛せよ。と言われた。」
違うか?
「違いません。」
「では、なぜその様なことになった?」
・・
「喜平次がそうせよ。と言うたのか?」
「決してその様なことはございません。」
必死に続けて、
「御中城様は、ほとんど御存じありません。私と樋口与六で企んだことでございます。」
「では、ここに与六を呼びなさい。」
それが、
「逐電いたしました。」
「逐電?喜平次を捨ててか?」
「はい。」
かわいそうな喜平次。
「分かりました。三郎様にとりなして見ましょう。」
しかし、
「誰も責任を取らぬという訳にも・・な。」
わかっております。
それから、また待たされている。陽は暮れてしまい、辺りを闇が支配し始めている。
あの別れ道で違う方を選んでいたら、この首は繋がったのだろうか?
襖が開き若党が燭台を持って来た。
ぼんやりとした明かりの中で、どこで間違ったのだろうかと考えていた。
三郎様が入って来た。
思わず床に額を擦り付けていた。
「泉沢か?そのまま聞け!」
ははぁ、
「喜平次を林泉寺へ入れよ。」
泉沢は後の言葉を待った。自身の命に関わる言葉を。
「以上じゃ。」
えっ、
「それだけでございますか?」
「褒美でも欲しいのか?」
「い、いえ、承りました。」
三郎は懐に手をいれ、
「喜平次にこれを渡してくれ、華からじゃ。」と折鶴を一羽渡した。
「華が会いたがっておった。」
と伝えてくれ。
予想外の事に呆けていると、三郎様は部屋を出て行かれた。
翌日、中城を明け渡し、喜平次と泉沢は林泉寺へと向かった。華の会いたいという気持ちにはまだ、答えられなかった。