4 韮山城
幻庵宗哲が率いる5百の軍勢は韮山城に入った。
韮山城は後北条氏創業の伊勢宗瑞が伊豆支配の本拠とした城である。今でも伊豆における北条家の主城である。
今の城主は3代氏康4男の助五郎氏規が務めている。
城の追手門で一行を出迎えた助五郎は
「宗哲様、この度の出陣ご苦労さまです。」と頭を下げた。
「うむ、今出せるだけの兵を集めてきた。明後日にも興国寺に向かって発とうと思う、いろいろ世話になる。それに今回は西堂丸を連れて来た。初陣させようと思うておる。」そう言うと傍らにいた西堂丸に向かい「この城で西堂丸を還俗させ、元服させる。」と告げた。
助五郎は「父上は承知なのでしょうか?」
「どちらかというと相模守(氏康)殿の要望じゃ。」
「では、早速準備いたしましょう。西堂丸、やっとお許しが出たな、よかったな。」と笑顔を向けた。
「兄上、色々とお世話になります。」
「ほう、あの西堂丸が一端の事を言うようになった。」と笑いながら宗哲と連れ去って城の中へ入っていった。
翌日、西堂丸は元服し、北条三郎氏英となった。
隼介は控えからその厳粛な儀式を見守った。
「隼介、ここからが始まりだ」
大広間に集まった皆を前に、宗哲は、「これが北条三郎である。皆、引き立ててやってくれ。」皆が平伏すると、三郎が立ち上がり「自分は武田を駿東から叩き出すために来た。皆も協力を頼む。」と頭を下げた。宗哲は目を細めて見つめていた。
駿東へは韮山城から宗哲3男の長順と朝比奈康栄が1千の兵を率いて宗哲の軍に加わることになった。
軍議の席で駿河の地図を拡げ、
「皆、思うところを言うてくれ。」宗哲が促すと
「武田は蒲原城を囲むであろう。薩埵峠を守る要衝である。ここが落ちると甲斐と駿河の連絡が容易になる、駿河が完全に武田のものになろう。何が何でもここを守り切る必要がある。」
「蒲原城は新三郎殿(宗哲の長男・氏信)が2千の兵で守っている、鉄砲も1百丁はあるはず。」
「難攻不落の城だ、よっぽどのことが無ければ落ちはしまい。」
「我らの援軍は1千5百、武田は万余、どう戦うか。」
「戦うというより追い返せばよい。」
「軽挙し城外で決戦とかにならなければ大丈夫だろう。」
など楽観論もあった。
「相手は武田、何を仕出かすかわからん。用心に越したことはない。」
「とにかく武田の乱取りは酷い、早く追い返さないと領民は迷惑だ。」
武田は昨年の第1次駿河侵攻の際、駿府を落としたが、街道を北条が押さえたため、甲斐に帰るに帰れなくなったということがあった。無様であった武田を馬鹿にしているものも多かった。結局、結論は出ず解散となった。
夕餉が終わり、宗哲の部屋に長順と三郎が来ていた。隼介は廊下に控えていたが、「隼介、そこは寒い、中に入れ。」と言われ部屋の隅に控えた。
「軍議では皆好きなことを言うだけで何の役にも立ちませんな。」三郎が言うと、宗哲は「好きなことを好きなだけ言わせることが大事なんじゃ。たまに使えることもある。」と言うと隼介に何かないかと促した。
隼介は「よろしいでしょうか?」と前置きし、「根拠のあることではございませんが、」と前置きをし「武田は三方ヶ原の時のように城兵を釣りだし撃滅するつもりでは。」
ほう、と宗哲が一呼吸置き、「三方ヶ原か?どこかわからんが隼介には何か見えたようだの。」それにしても「釣りだしか?」暫く考えてから、「城に見向きもせずに薩埵峠に向う振りをして、何処かで待ち構える。」このあたりかの、と地図を指す。
三郎が、あるいはと前置きし、「一度城を囲んで、暫くして抑えの兵を残し薩埵峠へと向う。城兵が追って来たところを隠していた兵で城を攻撃する。昨年は通り過ぎて失敗しております、今回、同じことをすれば怪しまれます。」
宗哲が「ふむっ、真田がおればそのくらいは考えるか。」
「では、どうする。」と隼介に問いかけた。
「隠れている軍を攻撃するため、我が軍も隠れましょう。」
軍議は夜明けまでかかり、最後に宗哲が
「長順、今のことを新三郎へ伝えよ。」
西堂丸の名前ですが、一般に北条氏秀と言われています。しかし、氏秀は別人との研究結果もあるようなので読みが同じ氏英としました。ご容赦ください。